第35話 町人Sは誕生日の贈り物をもらう
「これ……」
「遅くなったけど、闇主の正装。あのね、ここに」
デゼルから僕への、誕生日の贈り物として手渡されたのは、闇主の正装だった。
袖口に入った銀糸の刺繍は『デゼルより永遠の愛を込めて』っていう意味の外国語なんだって。
わぁ、どうしよう。
僕、こんなにいい服は生まれて初めて。
これまで、闇主として動く時には、神殿の侍従のローブを貸与されていて、普段着にいたっては、近所の人にもらった、くたびれたお古だったんだ。
それなのに。
デゼル、あんなに素敵なガゼル様がいるのに、迷わないんだ。
嬉しい。
「ありがとう」
デゼルに優しくキスして微笑みかけたら、嬉しそうに、澄んだ蒼の瞳をキラキラさせて、デゼルも微笑み返してくれた。
デゼルの瞳って、透明感があって、深く澄み渡っていて、まるで、蒼穹を映す湖のよう。僕、こんなに綺麗なものって、きっと、他に知らない。
「サイファ様、今日は公邸にうかがう予定なの。だから、正装で――ガゼル様が会って下さるから」
少し驚いて、緊張にからだが硬くなったみたい。
そう――
僕への『永遠の愛の証』として贈られた闇主の正装を身にまとうなら、それはもう、ガゼル様にお返事をするっていうことなんだ。
ガゼル様は夏休み明けまで待つと言ってくれたけど、ご厚意に甘えて待たせていたら、それだけ、ガゼル様の時間が無駄になるよね。
僕たちが運命を変えられなかったら、ガゼル様に残された時間だって、あとわずかしかないのに。
僕たちの心が決まってるなら、待たせない方がいいに決まってる。
そして、デゼルの心は決まってるんだ。
あとは、僕が覚悟を決めて、決断するだけ――
デゼルの蒼の瞳を見詰めて、闇主の正装の刺繍を見詰めて、デゼルと違う道を行く未来のことも、真剣に想像してみた。
今ここで、この贈り物を受け取らなかったら。
デゼルがつらい時、傍にいてあげるのは、僕じゃなくてガゼル様になるんだ。
その方がデゼルは幸せなんじゃないかって――
迷ってしまう気持ちは、どうしても、僕の中にあるけど。
だって、ガゼル様があんまり立派で素敵な方だったから。
僕にでも、ガゼル様ほど上手にデゼルを支えてあげることができるのかな。
僕が闇主で、デゼルを不幸にしてしまわないのかな。
一人だと、そんなことを考えずにはいられないけど。
デゼルの蒼の瞳を見詰めて手を取ると、そんな物思いはみんな杞憂なんだって、今、デゼルが僕を大好きでいてくれて、信じてくれているのに、迷ったら駄目だって思えた。
だって、デゼルもガゼル様も他人のために頑張りすぎるんだ。二人を守る守護者が必要で、それが、闇主なんだ。
平和だったこれまでは、公子様が闇主を兼任してきたけど、三年後にオプスキュリテ公国滅亡の運命が迫る今――
闇巫女様と公子様だけでは守り切れない危機が迫って、いないことの多い闇幽鬼様も覚醒した今、一人よりも二人、二人よりも三人。
僕たちの公国は、僕たちが守るしかないんだ。
闇の神様がそうして下さっているように、僕も、僕の力のすべてでデゼルを守りたい。運命を変えることができるとしても、できないとしても。
なぜって、闇の神様とデゼルがその力のすべてで、僕たちを守ろうとしてくれるのが、僕は、嬉しいから。
袖を通した真新しい闇主の正装は、精緻な銀の刺繍も、肩の羽飾りも、最高級の意匠を凝らしたものだった。
僕、あんまり黒って好きじゃないのに、闇主の正装は不思議としっくりきて、身にまとうと落ち着いた気持ちになれた。
服地そのものも、僕の普段着とは比べ物にならないみたい。
サラっとした肌触りで風通しがよくて、動きやすいのに型崩れしない。
どうやったらこんな衣装を仕立てられるのか、想像もつかないけど、きっと、公国屈指の職人さん達が総がかりで仕立ててくれたんだね。
闇主って、本来なら公子様がなるものなんだって、改めて、身が引き締まる思いだった。
これが、ガゼル様にかかる圧力――
大切なみんなの期待。
公国のみんながガゼル様に期待して、その人に贈れる一番いいものを、丹誠込めた最高級のものを、ガゼル様に贈ってくれるんだ。
生まれた途端、物心つく前から期待されて、それなのに、応えられなかったら、どんなにガッカリされるんだろう。
だから、ガゼル様はあんなに張り詰めて、懸命な努力を重ねてきたんだ。
それは、デゼルも同じで。
そうか、だから――
デゼルにはその圧力がつらくて、僕がいないと小学校にすら通えなかったんだ。
でも、僕がいれば通えるんだ。
たった一着の闇主の正装でさえ、羽のように軽くて、すごく動きやすい装束なのに、こんなにも重いなんて。
仕立ててくれた人達の想い。
豊かではない暮らしをしながら、仕立てに必要なお金を少しずつ負担してくれた、みんなの思い。
今日から、僕も背負うんだ。
頑張ろう、少しでも、デゼルとガゼル様の負担を減らせるように。
僕たちの公国を滅亡の運命から守れるように。







