第3話 闇巫女の予言
奇跡が起きたのは、五日後のことだった。
「サイファ!」
いつもの公園に夕飯のおかずを採りに行ったら、満面の笑顔で手をふりながら、デゼルが大きな声で僕を呼んだんだ。
「おとなになったら、デゼルを迎えて下さるって、デゼルは意味がわかりました! でも、今すぐに迎えてほしいの」
「デゼル?」
その日に会ったデゼルは、まるで、五日前とは別人みたいで――
ううん、デゼルはデゼルなんだ。
目を閉じてもわかる、その存在感。
デゼルがまとうオーラはとても澄んでいて、綺麗で、少しだけ冷たい。
まるで、雪みたいに。
他にいない、その優しいオーラは間違いなくデゼルのもので。
ただ、なんだか急におとなになってしまったみたいに、デゼルはまだ七歳なのに、あどけなさがどこかへ行ってしまって。
これって、デゼルが言ってた洗礼の影響なのかな。
三日前、デゼルは闇巫女として覚醒するための洗礼を受けたんだ。
――そうか、まだ話していなかったっけ。
ここは、闇の神を信仰する小さくて平和なオプスキュリテ公国。
闇の神オプスキュリテは死と安らぎを司る女神様で、公国の闇神殿を統べるのが、闇の神の依り代となって、闇の神をその身に降ろすこともできる闇巫女様。それが、僕のデゼルなんだ。
闇の神から『安らぎ』を司る力を授けられた聖女様なんだって。
闇の神の御使いにはもう一人、闇幽鬼と呼ばれる鬼女様がいるんだけど、こちらは闇の神から『死』を司る力を授けられ、罪を重ねる者に死の裁きを下す審判様なんだって。
今はいないって聞いてるけど、闇幽鬼様も、闇の神の片翼として、公国を守って下さる尊い方なんだ。
闇幽鬼様を恐れるのは、悪い子だけだって、小学校で習ったよ。
闇の神に顔向けできないようなことをしていないなら、闇幽鬼様を恐れる必要はないんだって。
「サイファ、デゼルは洗礼を受けて闇巫女としての魔力が目覚めたの。それで、この国が滅ぼされる未来を知ってしまったの」
「えぇ!?」
今、なんて!?
「デゼルは公国を救いたい。サイファにも助けて欲しいの。だけど、私達はまだ子供だから、無理かもしれない。どうしよう、サイファはどう思う? 二人で逃げた方がいいのかな」
えっ。
えっ。
僕はとにかく、デゼルを公園の芝生に座らせた。
デゼルに詳しい話を聞いてみると、三年後、海の向こうの大きな国から軍隊が攻め込んできて、僕たちの公国はあっという間に滅ぼされてしまうんだって。
デゼルはその大きな国の皇帝や皇太子の名前も知っていた。
三年後じゃ、僕、生きていても十三歳だ。
明日の見えない僕が、三年後の心配をしても仕方ないんだけど。
「三年後じゃ、僕はまだデゼルを守れない。だから、デゼルのためには、一緒に逃げるのがいいんだと思う――」
僕は優しくデゼルの手を取って、でもねと続けた。
「きっと、うまく行かないと思うけど、それでも、デゼルが命を懸けてもいいと思ってくれるなら――僕はデゼルと一緒に、公国を救う努力をしてみたい」
だって、僕もデゼルも、公国のみんなも、まだ、生きてるんだ。
こんな、できっこないこと言ったんじゃ、デゼルにも嫌われてしまうかもしれないけど――
僕は死にたくないし、デゼルのことも、誰のことも死なせたくない。
この命が尽きるその時まで、諦めたくないんだ。
「ありがとう、サイファ様」
「サイファ様って」
デゼルの瞳がキラキラと輝いて、僕、すごく驚いた。
なんで様がついたんだろう?
だけど、途惑う僕にデゼルがぎゅっと抱きついてきて、もっと、驚いたんだ。
ふわっと、甘くて優しい花のような香り。
やわらかくて華奢なデゼルの体が僕の腕の中に飛び込んできて、僕の視界を、夢のように綺麗な銀の綾が流れた。
「そうだ、サイファ様、デゼルの家庭教師になって頂けませんか?」
「えっ」
僕、こんな時なのに、期待に胸が高鳴ってしまって。
闇神殿からもらえる仕事って、その、お給金が高めなんだ。
聖職者の人達だから、子供を殴ったり蹴ったりなんてなさらないし。
休学していた頃、午前中は闇神殿の近くの広い公園のゴミ拾いと水やり、草むしりをずっと任せてもらえていて。
その仕事が、朝8時から正午までの4時間で銀貨2枚。
子供でもできる仕事の中では、一番、割がよかったんだ。
――三年後には公国が滅んでしまうかもしれない話をしている時に、明日の銀貨1枚が気になる僕って、あさましくてカッコ悪いのかな。
「それと――」
意を決したようなデゼルの瞳が、僕の目を真っ直ぐに見詰めた。
蒼穹を映す湖のように、綺麗に澄んだ蒼の瞳が、僕の魂を貫くかと思ったんだ。