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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第一章 舞い降りた天使
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第26話 悪役令嬢は魔法少女作戦で闇主覚醒を目指す

「あるこ~♪ あるこ~♪ 私は元気~♪」


 翌日、元気いっぱいに歌うデゼルと一緒に湖畔(こはん)を歩きながら、そんなデゼルが可愛くて、僕にできることがあるのが嬉しくて、僕はずっとにこにこしてた。


「ほんとに元気だね、デゼル。そこは真っ直ぐ」

「サイファ様、湖が綺麗だよっ」

「うん。でも、落ちないでね?」


 僕がそう言ったら、デゼルがきゅっと、僕の手を握ってくれた。

 握り返してあげたら、デゼルがすごく嬉しそうに笑ったんだ。

 可愛いなぁ、もう。

 デゼルが書いてくれた地図を僕が読みながら、時の神殿を目指しているところ。

 夏休みが始まってすぐ、昨日、死にかけてる女の子を助けてあげたばかりで、今日は神様に会いに行くんだって。

 こうして人や神様に会いに行くことが、公国の滅亡の阻止にどうつながるのか、具体的なことは僕にはわからない。

 だけど、意味はきっとある。その手応えがあるんだ。

 デゼル一人ではできないことを、僕が手伝えてるっていう手応えも。

 だってね。

 たとえば、デゼルって、自分で書いた地図を読めないんだよ。

 読めないのに、どうして書けるんだろう。すごく不思議。


 夏休みの間は、あんまり、家に帰らなくても大丈夫って、デゼルに言ってしまったけど。

 本当はわからない。

 母さん、どう思ってるのかな。

 だけど、僕が神殿に泊まって、一緒に寝てあげると、デゼルはすごく嬉しいみたいで、一日中、ご機嫌でいてくれるんだ。

 そんなデゼルの元気な笑顔を見てると、僕もすごく嬉しくて、幸せな気持ちになれた。デゼルには僕がいるんだって、それがすごく胸に甘い。


「ねぇ、デゼル」

「あうお~?」


 ふふ、へんなお返事。可愛い。

 ……。

 可愛いんだけど。


「デゼルは、その……公子様を断った意味、わかってるよね? クライス様と話してる時、すごかったし。クライス様みたいな立派な大人とあれだけ話せるデゼルが、子供だからわかってないとは、僕、思えなくて」


 おとなはみんな、デゼルは子供だからわかってないだけだって言うんだ。

 だけど、僕にはそう思えなくて。


「……うん。でも、いろんなこと、サイファ様はこれから知って、いつか、デゼルの闇主になったことを、後悔するかもしれないの」


 ほら。

 きっと、デゼルはわかってる。

 わかりすぎてて、何をどうしたらそうなるのか、デゼルの頭の中では僕が後悔することになっちゃうくらいに。

 だけど、それはデゼルの考えすぎ。


「――デゼルが頑張れないと、公国が滅ぶんだよね? じゃあ、僕は後悔することすらできない予定だ」


 デゼルが目をまん丸にして僕を見た。

 僕、あたりまえのことを言っただけだよね?

 デゼル、何に驚いたんだろう。


「デゼルは、好きな気持ちは変わらないと思う?」

「――わからない。でも、デゼルは今、サイファ様がデゼルを好きでいてくれるなら、傍にいたい。サイファ様がデゼルを好きでいてくれる気持ちが、変わるものだとしても、変わらないものだとしても」


 びっくりした。

 そう答えたデゼルの目から、ぽろぽろ、涙が(こぼ)れ落ちたから。


「どうしたの? デゼル」

「いつか、サイファ様がデゼルを好きじゃなくなったら、かなしい……」

「僕、デゼルを好きじゃなかったことないよ。これからも、デゼルを好きじゃなくなるなんて、想像もつかない。泣かせてごめんね。母さんに、気持ちは変わるものだって言われて――」


 ぽろぽろ、デゼルの涙が止まらない。

 デゼルがこんなにショックを受けるなんて、思いもよらなかったんだ。


「でも、デゼルは強いね。デゼルの答えを聞いて、もやもやしてた気持ちがスッキリした。僕も、デゼルの気持ちが変わるとしても、変わらないとしても、デゼルが僕を必要としてくれる限り、僕のすべてで、デゼルを傍で守るよ」


 デゼルの前に回って、デゼルの両手を僕の両手でそっと取って笑いかけたら。

 デゼルの涙が止まった。

 よかった。

 デゼルってやっぱり、僕が笑いかけてあげさえすれば、何があっても泣きやめるんだ。瞬きも忘れて声もなくして、すごいものを見てる顔で、僕を見詰めたまま固まっちゃうデゼルが、すごく可愛くて、すごく面白い。


「大切なことって、かんたんで美しいんだね」


 衣装の袖でぐしぐし涙を(ぬぐ)って、デゼルも僕に笑いかけてくれた。


「うんっ!」



  **――*――**



 時の神殿まで、馬車から降りた後、子供の足で歩くのは大変だったけど。

 湖のほとりに佇む白亜の神殿。

 中央には綺麗な噴水があって、十二の時を刻んでいた。

 デゼルが噴水に設置された台座に向かって祈りを捧げると、眩しい聖光が水面から溢れて、十二の時を神秘的に煌めかせた。


「夜になっちゃったね」

「大丈夫だよ、こうして、手をつないでね」


 てっきり、時の神殿で夜を明かすんだと思って、楽しみにしてたんだけど。


「サイファ様、星空が綺麗だよ」

「ほんとだ、天の川がくっきり見える」


 本当に綺麗なんだよ。

 急いで帰らなくても、いいような気がするんだけどな。

 僕、デゼルと手をつないで、天の川を眺めて眠りたかったな。

 なんなら、だっこでも。


 僕に微笑みかけてくれたデゼルが、時の神様から授かったばかりの魔法を使った。


時空(クロノス)【Lv1】」


 身体が宙に浮くような、急降下していくような、不思議な感覚の後。

 僕達は闇神殿の、デゼルの寝室に戻っていたんだ。



 デゼルはもうすぐ、時の魔法で一夜だけおとなになって、僕と契れるようになるって言ってた。

 そんなふうに僕と契って、デゼルは後悔しないのかな。

 いくら魔法でおとなになれたって、デゼルはまだ七歳なんだ。

 公国の滅亡まで、あと三年しかない。

 時間がないのは確かなんだけど、契らなくてもデゼルを守れるくらい、強くなりたい。あの嵐の夜のような思いは、二度としたくないから。

★☆ 次回予告 ☆★


第27話 生まれて初めて

https://www.alphapolis.co.jp/novel/153000069/781509349/episode/4861900


 デゼルの額に優しく、いつものおはようのキスをして、僕はなるべく音を立てないように起き出すと、パジャマを着替えた。

 デゼルが寝ている間に、母さんに会ってこようと思って。


※ 更新予定は活動報告に掲載しています。

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