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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第一章 舞い降りた天使
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第20話 町人Sは悪役令嬢を守りたい

「デゼル、どうして、僕に前に出るなと言ったの」


 マリベル様がユリシーズとジャイロを休ませるため、別室に連れて行った後。

 僕は、声が怒りに震えそうになるのを懸命に抑えて聞いた。


「ジャイロに殺されると思ったの」

「デゼルは!」

「私は闇巫女だから、魔法には強いよ。――サイファ様、本来なら死鬼と互角の闇主であるあなたが、ジャイロに敵わないのは、私と契っていないから。サイファ様はまだ、闇主になりきれていないの。サイファ様を闇主にする私の力が足りないの」


 僕が、死鬼と互角――?

 デゼルと契っていたら、デゼルを守れた?


 強く、逃げられないようにデゼルの肩をつかんで、僕はデゼルを壁に押しつけると、真っ直ぐにデゼルの瞳を見詰めた。

 意志の強い瞳。

 デゼルも真っ直ぐに僕を見詰めて、たぶん、何をされるかわかったんだと思う。デゼルの身体が少し、硬くなったけど、構わず、感じるために目を伏せて口づけた。


「…ん……」


 デゼルの甘い声が聞こえた。

 苦しそうに、僕の腕をつかむデゼルの指に力が込められた。

 デゼルもきっと、感じてるけど――

 押しつける腕が震えて、僕は泣きながら、デゼルの肩に顔を埋めた。

 契るって、どうしたらいいの。

 わからないんだ。契り方も、デゼルの守り方も。


「――ごめん、こんな……でも、肝心な時にデゼルを守れない闇主なんて!」

「そんなこと、ないよ」

「今! デゼルがジャイロに切り刻まれるのを、黙って見てるしかできなかった!」


 こんなに、自分の弱さが許せなかったことは初めて。

 今夜、デゼルが殺されてもおかしくなかった時に、僕はデゼルの闇主なのに、何にも、できなかったんだ。

 デゼルを守ることも、ジャイロを止めることも、何にもできずに、デゼルがジャイロの正気を取り戻した頃に、初級の回復魔法(ヒール)で止血しただけ。

 僕じゃなくても、ヒールくらい、デゼルだってマリベル様だってできるんだ。

 いったい僕は、何のための闇主なの。


「サイファ様は、サイファ様がいなかったら、私がどうなるか知らないから、つらいんだね」

「え……?」

「私、たたかえないよ。サイファ様が知っているデゼルは、サイファ様に支えられたデゼルなの。私は、サイファ様がいなかったら、学校にさえ行けないもの。行かなかったんじゃない、怖くて、行けなかったの」

「……」


 そんなこと、信じられないよ。

 ああ、もう。

 すごく、いやだ。デゼルを疑う僕の弱さが。

 悔しい。デゼルを信じてあげることさえできないなんて。

 なんて、無力――


「ねぇ、サイファ様。デゼルと一緒に『時の神殿』を探しに行こう?」

「時の神殿?」


 うなずいたデゼルが、きゅっと、僕の袖をつかんだ。


「サイファ様、今夜は嵐だし、泊まっていく?」

「――そうだね」


 ようやく、気がついた。

 デゼルがつらそうに震えていることに。

 あたりまえだよ、血だまりができるほど血を流したんだよ。

 狂気に侵されたジャイロとユリシーズを正気に戻すなんて凄いこと、デゼルは一人でやり切ったんだ。

 僕、見ていたつもりだったのに、デゼルが見えていなかったんだ。

 命懸けで闘って、こんなに弱ってしまったデゼルを、神殿に一人残して帰れない。

 せめて今夜だけは、僕がついててあげないと――

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