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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第一章 舞い降りた天使
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第19話 闇幽鬼と死鬼

「デゼル!」


 気がついたら、僕は絶叫してた。

 デゼルが死んじゃう!

 いやだ、デゼルが死んじゃうのはいやだ!


 だけど、デゼルには僕の声が聞こえないのか、デゼルは衣装を血に染めながらジャイロに駆け寄ると、その頬を渾身の力で平手打ちしたんだ。

 血まみれの手で。


「ジャイロ! 正気にかえって!! あなたがゲイルに返り討ちにされたら、誰がユリシーズを守るの!? 私が守ると思わないで! 私なんて簡単に死ぬ、見なさいよ、簡単に死ぬんだから!!」


 やめて! そんなこと言わないで!!

 デゼルが死ぬなんて、デゼルが死んじゃうなんていやだ!!


 ケダモノのような唸り声を上げながら、ジャイロがデゼルを見た。

 闇の中、ジャイロの瞳が猫の瞳みたいな金色に光っていて。

 あんなのもう、正気じゃないんだ。


「……殺す……ゲイル、殺してやる!!」

「ジャイロ!」


 また、ジャイロの全身から衝撃波が放たれた。


「デゼル!!」


 至近距離から切り裂かれたデゼルは悲鳴を上げたのに、僕が庇おうとするのを許さなかった。


「サイファが前に出ては駄目!」

「なんで!!」


「うぉおあぁああああああ」


 デゼルが二度目の闇魔法をジャイロに放つ。

 そうだ、押し問答してる場合じゃない。

 僕は涙を拭うと、乱れる気持ちと呼吸を懸命に整えて、癒術(ヒール)の詠唱に入った。


「ジャイロ、ユリシーズ、聞いて! ユリシーズの火傷(やけど)は癒せる、私が!!」


 ジャイロの目に、ほんの少し、正気の色が戻った気がした。


「ユリシーズの火傷は癒せる、私が!!」


 もう一度、デゼルが声を張り上げた。

 ユリシーズの頬から涙が落ちた。


癒術(ヒール)!」


 僕はすごく動揺していたから、闇魔法を発動できないんじゃないかと心配だったけど、無事に、優しい翠の光がデゼルを包んだ。


「…デゼル……?」


 ジャイロがようやく、自分がどこにいるのかに気がついたように、いくらかの正気が戻った目をしてデゼルを見た。


「ユリシーズの火傷(やけど)は癒せる、私が。はやまらないで」


 デゼルがもう一度、ゆっくり言った。


「でも、マリベル様が、癒せないって……」


 ユリシーズが泣きながら顔を覆った。


「……闇巫女には生涯のうちに三度だけ、どんな病も怪我もたちどころに癒す奥義があるの。私がその奥義を使い切る前に、トランスサタニアン帝国の帝位に第二皇子ネプチューンが就いた時には、ユリシーズ、あなたの火傷を癒せる」

「いつだ、それ?」

「三年後に、ゲイルがネプチューンの命を受けて皇帝と皇太子の首を取るはずよ。今のジャイロじゃ、まだ、ゲイルには勝てない。倒すことより、償わせることを考えて」

「ゲイルはユリシーズに償うようなタマじゃねぇよ!」

「償いの意思は問わない。ゲイルは帝国での栄達のために、第二皇子を助ける。それでいいの」


 その場にどっかと座り込んだジャイロが、デゼルを見た。

 デゼルはジャイロとユリシーズを見ていて、僕を見ない。

 僕の声を聞こうとしない。


「デゼル、わりぃ。それ、オレがやったのか」

「そうね。サイファが殺されなかったから、別にいいよ」

「よかねーだろ」


 ――よくないよ!!


 血だまりになってんぞと、ジャイロが床をじっと見詰めた後、顔を覆った。


「オレは、何したんだ……? 何が起きたんだ」

「ユリシーズの血を浴びて、『死鬼』の力を得たのよ。闇巫女の闇主みたいなもの。闇幽鬼(スペクター)狂戦士(バーサーカー)を死鬼と呼ぶの」

「闇幽鬼って……ユリシーズがその、闇幽鬼とかなのか?」

「うん。ジャイロ、今は我慢して。ユリシーズを守っていれば、ユリシーズは必ず、ゲイルなんて足元にも及ばない魔力と地位を手に入れる」

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