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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第一章 舞い降りた天使
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第18話 隻眼の魔女

 ずぶ濡れの僕達の姿と、焼けただれたユリシーズの顔を見て、デゼルは息をのんだ。

 だけど、デゼルはすぐに気を取り直すと、侍女にタオルや着替えを頼んでくれた。

 飲み物も運んでくれたんだけど、珍しく紅茶で。

 僕とデゼルで飲む時には、ココアとかジュースとか、もっと、甘いものなんだけど。

 きっと、ユリシーズとジャイロのために、砂糖で甘さを調節できる紅茶にしたんだね。


 泣き叫ぶユリシーズに、デゼルが癒術(ヒール)をかける。

 だけど、闇巫女様であるデゼルの癒術(ヒール)をもってしても、ユリシーズの火傷(やけど)は癒えなかった。

 なんとかしてあげたいと思ったんだね、デゼルが僕の知らない魔法をかける。

 たぶん、癒術(ヒール)より強力な回復魔法だと思うんだけど。

 それでも、ユリシーズの火傷は癒えなくて。

 デゼルなら、きっと、なんとかできると思ったんだけど。

 闇巫女様に癒せなかったら、もう、誰に頼んでも癒せないんじゃ――


 そんなこと、ないよね。

 闇巫女様とはいっても、デゼルはまだ七歳。

 神官長のマリベル様の方が癒術の腕前が上かもしれない。

 僕がマリベル様にも頼めないか聞こうとしたら、頼むまでもなく、ちょうど、マリベル様が駆けつけて来て下さった。

 

親父(おやじ)が、夕飯をつくってくれてた姉ちゃんを襲ったんだ。姉ちゃんが抵抗したら、あのケダモノ、姉ちゃんの顔をかまどの火に押しつけやがって……!」


 チクショウと、ジャイロが何度も、何度も、こぶしを床に打ちつける。


「……何か、方法がないか占ってみる」


 ユリシーズをマリベル様に託したデゼルが、寝室から持ってきたらしい、神秘的な水晶球に手をかざして、占い始めた。

 最近は教室でもよく占っていて、たまに先生に叱られてるけど、デゼルの占いはもう、占いなんてレベルじゃないんだ。一度も外したことがないもの。

 未来を占うわけじゃないから、確認はすぐにできるし。

 だって、占いで城下の地図を書き上げてしまったりするんだよ。


 ここまできたら、僕には何もできないから、デゼルの占いがどうなるか、マリベル様の癒術がどうなるか、固唾(かたず)をのんで見守ってた。

 暗かったデゼルの額に、何かいいことを占えたのか、明るさが戻って。

 僕もほっとした、その直後だった。

 絶望したような、狂ったようなユリシーズの叫び声が聞こえた。

 振り向けば、ユリシーズが短剣で胸を突いたみたいで、真っ赤な鮮血が、止めようとしたジャイロを朱に染めていた。


「ユリシーズ、待って! マリベル様、止血と神癒術リザレクションを!!」


 どうしてなの。

 初めて見た、視界を染め上げるほどの量の鮮血に、僕は、金縛りにあったように動けなくなって、声も出せなくなった。

 その間にも、椅子を蹴立ててユリシーズに駆け寄ったデゼルが、ユリシーズの手から短剣をもぎ取りながら叫んだのと、ジャイロが咆哮を上げたのは同時だった。


「許さねぇ、ゲイルゥラァアアア――!!!!」


 いったい、何が起きて――

 ユリシーズの血に染まったジャイロの全身から、衝撃波のようなかまいたちが放たれたんだ。

 まるで、血と闇が渦を巻くような、死と絶望がみんなを飲み込もうとしているかのような光景だった。


「サイファ、前に出ては駄目!!」


 ――デゼル!?


 デゼルが僕を背中に庇って両手を広げたから、僕は心臓が止まるかと思った。

 だって、そのデゼルの腕を、頬を、脚を、かまいたちが容赦なく切り裂いて、デゼルの衣装が見る間に鮮血の色に染まっていくのに、どうしてデゼルが僕を庇うのかわからないよ!

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