第13話 伝説のゴリラ
「サイファ、ジャイロが納得するまで殴って」
やっぱり、殴らないと駄目なのかな。
気が進まないな。
「サイファ、おまえが今まで、誰も殴れなかったから、今のは油断してたんだかんな! オレが本気出したら、おまえなんかに殴られねぇ!」
あ。
ジャイロがそう言うのを聞いたら、初めて、殴れるか殴れないか、試してみたいと思って。
殴っちゃった。
殴れるみたい。
ジャイロ、がっかりしたかと思ったけど、オレはまだ本気出してないって、すごく嬉しそう。
ジャイロが楽しそうだから、僕も、訓練の成果を試すのが、なんだか楽しくなってきたみたい。
誰かに喜んでもらえることがあるのって、殴り合いでも、胸が高鳴るんだ。知らなかった。
そっか、ジャイロは殴り合いの、この高揚感が好きなんだね。
「おまえの攻撃なんざ、軽いんだよ! そんな、へなちょこパンチでオレを倒せるもんか! よけんな、この!」
「サイファ、思いっきりいって。サイファのへなちょこパンチじゃ、打ちどころが悪くてもジャイロが死んじゃったりしないから」
わ、デゼル!
笑わせないでよ、今、真面目にケンカしてるのに!
――あ、よかった。
ジャイロも肩を震わせてて、殴られなかった。
僕のパンチって、そんなにへなちょこなのかな。
ジャイロとデゼルが二人ともそう言うならそうなのかな。
じゃあ、思いっきりいってみる?
そうだよね、デゼルに殴られても、全然、痛くなさそうだし。
僕のパンチもあんなものなのかも。
思いっきりいったら、完璧に入って、ガッて、結構、重い音がした。
これ、ほんとに痛くないのかな。
信じられないって顔でジャイロが僕を見た。
「マジかよ……」
「ジャイロ、十発殴られっぱなしで、まだ、負けを認めないとか見苦しい」
「チッ、クショ」
最初に座っていた木箱をジャイロが蹴り飛ばしたから、念のため、デゼルを庇ったんだ。
デゼルを守るのは、闇主になった僕の役目だからね。デゼル、僕のことカッコいいと思ってくれたかな。
僕だって、デゼルにはカッコいいと思われたいから。
ジャイロ、悔しかったろうな。
ジャイロだって、デゼルを可愛いと思って、好きだからプレゼントしたはずなのに、怒られて、泣かせて、嫌われて。
あげく、枝を折ったのがデゼルのせいになったんじゃ、つらいよね。
「じゃあ、サイファが勝ったから聞くけど、ジャイロ、たまに怪我をして学校に来るよね。誰にやられてるの」
「あぁ!? 知るか!」
「それで、クラスの弱い子に八つ当たりせずにいられないんだから吐きなさいよ! どうせ、家族の誰かでしょう」
「~! ゴリラだよ!」
「わかった。じゃあ、今度、ゴリラにやられそうになったら、サイファの家に逃げてきていいから。クラスで暴れるのはやめて」
えぇ!?
よく、わからない。
ジャイロの家の近くに野生のゴリラがいて、ジャイロでさえ敵わないとしたら、僕の家に逃げてこられて、母さんが襲われたら困るな。
「そんなの、サイファなんかに倒せるようなゴリラなら、オレだって黙ってやられてねぇ!!」
そうだよね。
数えてなかったけど、デゼルが数えてたみたいで十発殴ったらしいのに、ジャイロ、全然、平気そうなんだ。
やっぱり、ジャイロは強いよ。
「ゴリラの相手をサイファにさせたりしないよ。マリベル様に頼んで、きちんとした護衛を派遣してもらうから」
「マジかよ……」
そっか、そうなんだ。
それなら安心かな。
だけど、ジャイロは激しく首を横に振った。
「オレが逃げたら姉ちゃんが酷い目に遭わされるんだよ!」
「お姉さんも一緒に逃げてきていいよ」
ジャイロも大変なんだね。どこに住んでるんだろう。
公国の首都に野生のゴリラが出る危険地帯があるなんて、僕、知らなかった。
「お姉さん、なんていうの?」
「――ユリシーズ」
「え、あれ!? ジャイロってカーペンターだっけ!? お姉さん、ユリシーズ・カーペンター!?」
「? だったら、なんだよ」
「えぇ、じゃあ、ゴリラってゲイル・カーペンター!?」
――えっ!!?
「なんで、デゼルが親父の名前知って……」
――えぇえっ!!?
あれ、ジャイロのお父さんが、野生のゴリラなの!?
スニールがジャイロに殴られてたの、ジャイロのことゴリラって言ったからなんだ。ジャイロのお父さんがゴリラだなんて、僕は知らなかったけど、スニールは知ってた??
どういうことなんだろう、ジャイロ、人間にしか見えない……。
お父さんがゴリラでも、お母さんが人間なら、ちゃんと人間に生まれてくるものなのかな……。
ジャイロが自分で、お父さんが野生のゴリラだなんて嘘をつく必要はないよね。
デゼルも、ジャイロが野生のゴリラに襲われてるのはわかってたみたいな言い方してたし、名前の方に驚いてるみたいだったよね。
えぇと、つまり。
ゲイル・カーペンターって、人間と結婚したことで有名な野生のゴリラなのかな?







