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サイファ ~少年と舞い降りた天使~  作者: 冴條玲
第一章 舞い降りた天使
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第1話 舞い降りた天使 ~たとえ、明日が見えなくても~

★ 悪役令嬢と十三霊の神々 ★

https://velvet-kazakiri.ssl-lolipop.jp/kaza/dezel/


デゼル編とサイファ編を中心に、ご感想、ファンアート、挿絵、表紙、コミカライズ、テーマ曲、オープニングムービー、宣伝等、手伝いたいことを手伝ってくれる方を有償で募ります。

総予算は100万円超になる見込みです。

本格的な募集はサイファ編を仕上げてからの予定ですが、

ご興味のある方がいらしたら、お気軽にお問い合わせ下さい。


◆ 応募資格 ◆

『悪役令嬢と十三霊の神々』シリーズのデゼル編とサイファ編が心に響く方。

挿絵(By みてみん)

【扉絵】カゴ様




 八歳の時に、母さんが病気になって、その翌月、父さんが家に帰ってこなくなった。

 母さんは言った。

 父さんは、僕と母さんのことがいらなくなって逃げたんだって。

 家にお金はなくて、病気の母さんは働けない。


 僕が休学して、働くようになった。


 だけど、八歳の子供にもできる仕事はなかなかなくて、僕ができないからなんだけど、銅貨の一枚ももらえずに、殴られたり蹴られたりするだけのことも多かった。

 食事は野原や川原で野草を摘んで、川で獲れたら魚を獲ったけど、そんなだから、家賃と母さんの薬代が払えなくて。


 ――こうりがしに、お金を借りた。


 ほかには、子供に貸してくれる人なんていなかったから。

 借りたのは、半年で金貨三十枚くらい。


 半年後には、母さんが起きられるようになって、働き始めたんだけど。

 母さんが働いただけじゃ足りないから、結局、丸一年休学して、僕も働いた。


 借金は金貨百枚に増えてしまっていた。

 どうして増えるのか、僕にはわからなかった。

 僕も母さんも一生懸命に働いて、贅沢(ぜいたく)だってしていなくて、借りたのは金貨で三十枚だけなのに。


 漠然とした不安を抱えたまま、僕は翌年からまた、小学校に通うようになったんだけど。

 去年まで同じクラスだった友達はみんな四年生になっていて。

 廊下や昇降口ですれ違った時に、「どうしてサイファはまだ三年生なの?」って聞かれると、どうしてだろう、僕は、とても悲しい気持ちになったんだ。

 なんて、答えたらいいのかわからなかった。


 新しい三年生のクラスメイトとも、僕はうまく友達になれなかった。

 僕が通っていた小学校は2クラスだけで、他の子はみんな、去年までの友達が何人も同じクラスにいるのに、僕だけいない。

 それに、学校には戻ったけど、働かなくてよくなったわけじゃないから、せっかく、一緒に遊ぼうって誘ってもらえても、断らないといけなかった。


 そんな、ある日のこと。


 クラスメイトのスニールっていう子を、クラスで一番大柄で力のあるジャイロっていう子が、ひどく殴ったり蹴ったりしていて、僕はびっくりして止めに入ったんだ。

 そうしたら、ジャイロの怒りの矛先が僕に向いて。

 いやな笑い方をしたジャイロが、スニールに言ったんだ。

 サイファを押さえてろって。

 サイファを五、六発殴ったら、おまえは許してやるよって。

 スニールが泣きながら僕に組みついてきて、でも、スニールは小柄で力の弱い子だから、ふり払おうと思えばふり払えたと思う。

 思うけど――

 そうしたら、こんなに泣いてるスニールがまた、ジャイロに殴られたり蹴られたりすることになる。

 スニールの顔はアザとコブと涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、――僕には、そんなスニールをふり払えなかった。


 五、六発って言ったのに、ジャイロはもっと、僕を殴ったと思う。

 スニールを一発殴ったら許してやるって言われたけど、できないよ、そんなこと。


 僕は気絶するまで殴られたみたいで、気がついたら、教室には誰もいなかった。


「痛っ……」


 体のあちこちが痛くて、何か所かすりむけて血が(にじ)んでいた。

 僕は一人で、学校の手洗い場で傷を洗った。


 傷口に水が染みて、痛かった。


 薬も包帯も買えないから、せめて、ドクダミを摘もうと思って、闇神殿の近くの公園に行って、摘んでいたら、涙がぱたぱた、手の上に落ちた。

 学校では、泣かなかったのに。


 父さんは、本当に僕がいらなくなったのかな。

 ジャイロに殴られてる僕を、誰も助けてくれなかったのは、ジャイロが怖かったから?

 それとも、みんなも、僕がいらないから?


 このまま借金が増えたら、どうなるんだろう。


 怖くて、痛くて、不安で――

 ――寂しくて、悲しかった。


 公園の片隅にうずくまって、眠ってしまいたかった。

 もう、目を覚まさなくて、いいんだ。


 ――だめだよね。


 僕がいなくなったら、母さんが一人になる。

 僕と母さんの夕飯、僕が支度(したく)してあげなくちゃ――


 家には、笑顔で帰ってあげなくちゃ、母さんが心配する。

 笑おうとしたら、もっと、つらくなって、涙が止まらなかった。

 

「どうしたの?」


 いつからいたのか、鈴をふるような女の子の声が聞こえて、僕はどきっとして、涙を手の(こう)(ぬぐ)った。


「けが、いたい?」


 六つか七つくらいの女の子が僕をのぞき込んでいて、その子があんまり綺麗で、僕は息をのんだんだ。

 生きてるつもりだったけど、殴られすぎて、死んじゃったんだっけ?

 だって、月の光が零れたような銀の髪も、澄んだ蒼の瞳も、絵本の天使そのものみたいで。


 女の子が透きとおる声で祝詞を紡ぐと、優しい空色の光が僕を包んで、体中にあった青あざが消えていった。


「なおった?」


 女の子があどけなく、花が(ほころ)ぶように笑った。


 わぁ。


 すごく、可愛い。

 胸がとくんと跳ねた。

 こんなに可愛い子を見たのは、初めて。

 なんて、綺麗なんだろう。


「うん、すごいね。もう、痛くない」

「ねぇ、なにしてるの? デゼルとあそんで」

「えっと……」


 野草を採って、魚を獲って、夕飯の支度(したく)をするんだよって教えてみたら、女の子が嬉しそうに笑った。


「デゼルにもとれるかなっ」

「これ、同じのわかる?」


 魚は無理だと思うけど、野草なら採れるかな?


「これっ?」


 女の子が似たのを()んで、僕にそう聞いた。

 そんな仕種(しぐさ)のひとつひとつまで、すごく、可愛い。


「うん、それ」


 僕が笑いかけてあげると、すごいものを見た顔で、女の子が僕をじっと見た。


「えと、なに?」

「おなまえは?」


 あ、そうか。


「サイファ」

「さいふぁ、きれいなおなまえ! デゼル、さいふぁがすき」

「えっ……」


 わ、わ、胸がとくとく、とくとく、忙しく打って、すごく不思議な高揚感。


「あの、ありがとう。僕も――」


 わ。


“ デゼルが好きだよ ”


 どうしてなのか、そんな、かんたんな言葉が言えなくて。

 デゼルはあっさり、言ってくれたのに。


「さいふぁも?」

「あ、その……デゼルのこと、僕も――」


 どうして、言えないんだろう。


 ――なんで!?


「これ?」


 僕がもたもたしていたら、デゼルが僕が集めていた野草をもう一つ見つけて、得意そうにそう聞いてきた。

 ふふ、ドヤ顔も可愛いなぁ。


「うん、それ」

「デゼル、さいふぁがすき」


 わぁ。


 えっと、どうしよう。

 どう、答えたらいいんだろう。


 ううん、答えはわかってるんだ。

 僕もデゼルが好きだよって、答えたらいいのに。

 すごく可愛くて、嬉しくて、好きに決まってるのに、好きって言えない。

 なんだろう、こんなことはじめて。


 遊んでって言われたのに、夕飯のための野草集めにつき合わせていていいのかな。

 でも、日が暮れる前に集めないと今夜の僕と母さんの夕飯がないから、集めないといけなくて。


「これ?」

「えっと、それは似てるけど違うんだよ。毒があって食べられないんだ」

「どく……」


 さっき、摘んだ野草としきりに見比べて、ほっぺを軽くふくらませたデゼルが言った。


「デゼル、さいふぁがきらい」


 えっ、理不尽。

 おかしくて、笑っちゃった。


「えぇー、デゼル、僕のこときらいになったの?」

「うん、なったの。デゼル、さいふぁがきらい。さいふぁかなしい? さいふぁなく?」


 なに、この子可愛い。おかしい。


「やだな、僕、デゼルに嫌われたら悲しいよ? 泣くよ?」


 わぁいと、デゼルがごきげんに笑った。


「じゃあ、すき」

「よかった」


 こんなに楽しいのって、初めて。

 道が悪いところはだっこしてあげたりして、デゼルの手を引いて夕飯の食材を集めるうちに、あっという間に夕方になってしまって。


「楽しかったね」

「うん! またあそぼうね、デゼルかえるね」

「送るよ、デゼルのおうちはどこ?」

「ええとね、やみのかみさまのしんでん」


 僕は軽く目を見張った。

 この子、やっぱり、天使だったんだ。

 すごく身なりがいいし、最初に、僕の怪我(けが)を治してくれた時から、闇神殿の巫女(みこ)様かなとは思ってたから、驚きはしなかったけど。


「ねぇ、デゼル。僕のこと、好き?」

「うん、すき」


 すごく、幸せな気持ち。

 うれしいな。


 僕、どうしてデゼルに好きって言えないのかわかったんだ。

 僕のこの気持ちは『好き』じゃない。


 だって、僕はみんな好きなんだ。

 母さんも、クラスのみんなも、僕を殴ったジャイロだってスニールだって、僕はそれでも好きなんだ。


 その『好き』と、デゼルを『好き』な気持ちは同じじゃない。

 デゼルを特別に好きだと思う、この気持ちの名前を、僕は知らなくて。


 それにね。

 僕、家族じゃない人から好きって言ってもらうのは初めてで、なんだか、すごく嬉しかった。

 デゼルが僕にあっさり好きって言えるのは、きっと、僕がみんなを『好き』なのと同じ『好き』だから。

 特別な『好き』じゃないからなんだ。


 それでも、すごく嬉しかった。


「さいふぁ、またあそんでね!」


 神殿まで送ると、心配していた様子の大人の人が、デゼルを抱き上げて奥に連れて行った。

 お互いの姿が見えなくなるまで、デゼルが可愛い笑顔で手をふってくれた。


 僕もふり返したら、デゼルがすごく嬉しそうに笑ってくれたことが、なによりも、嬉しかったんだ。




 この気持ちを『初恋』って呼ぶんだと僕が知るのは、ずっと、後のこと。

 この時はただ、父さんがいなくなった後、灰色に感じていた世界が優しい(いろどり)を取り戻して、甘くて幸せな気持ちが胸を占めて、心地好かった。




 たとえ、明日が見えなくても。

 生きていこうと思った。

 だって、生きていれば、もう一度、君に会えるかもしれないから――

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