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泡沫 UTAKATA  作者: 未月かなた
7/22

大園からの電話

食事の後、晴海は愁子の身体を求めてきた。このままでは良くないと、脳裏では理解していたものの、愁子は晴海の求めに答え、ベッドに入った。

服を脱いだ晴海は、細身ではあるが、腕や腹部にはしっかりと筋肉が付いた、引き締まった身体をしていた。肌と肌が重なり、晴海の体温が身体中に伝わっていた。

「明かり…消して欲しい」

気恥ずかしそうに愁子が言うと、晴海は小さく横に首を振っていた。

「愁子さんの身体、綺麗だから、ちゃんと見ていたい」

乳房を隠していた愁子の腕を、晴海はゆっくり解いた。

「愁子さん、綺麗だよ」

晴海はそう言うと、愁子の身体に触れていった。

気恥ずかしさはあったが、次第に快楽の波にのまれると、互いに身体を求め合った。

愁子と晴海は、共に果て、2人でベッドで横になっていたが、疲労感からか、愁子はそのまま寝入ってしまっていた。


愁子が目覚めた時には、晴海はシャワーを浴びていた。

テーブルに置いてあった晴海の腕時計を見ると、22時を過ぎていた。

むくりと起き、ぼんやりとする頭のまま、下着姿でただベッドの上に座っていた。

すると、愁子のカバンの方から、スマートフォンの着信であろう振動音が聞こえ、愁子は目が覚めた。慌ててベッドから降り、床に置いてあったカバンの中を見ると、スマートフォンの画面が光を放ち、振動していた。

恐る恐る手に取り、画面を見るとそこには、大園からの着信が表示されていた。愁子は、小さく息を吸い、電話に出た。

「もしもし…」

「お前、今、何処にいるんだ?」

大園の声は、普段のように落ち着き、淡々とした口調だった。

「どこでもいいでしょう」

「昼間、母親から連絡があった。昨日から、部屋が締め切られていたから、中に入ったら、離婚届を置いて出て行ったと、言われた。どう言う事だ?」

「合鍵、お義母さん、持っていたんですか? 勝手に入って…」

「俺の親なんだ。別にいいだろう。それより、何なんだ、離婚届だなんて、馬鹿げた真似して」

大園は、軽くあしらうような態度で話していた。愁子は、込み上がる怒りをぐっと堪えた。

「あなたの浮気は、前から気づいていました」

「なんだ、浮気くらいでお前は、離婚しようと思っているのか? はははは」

大園は、愁子を馬鹿にするように、笑っていた。

「無駄だ。お前は、大園の家に嫁いだんだ。離婚などあり得ない」

断言した大園の言葉に、愁子は一瞬怯んだが、冷静な判断ができるよう、小さく深呼吸をした。

「それなら、弁護士の方に間に入っていただきます」

「はーっ…。そんな手間と、金をかけるまでもないだろう。お前が、家に戻ってくる。それで事は、解決するんだ」

「あなたの家のルールには、縛られません。私は、もう、あなたとの夫婦関係を、おしまいにしたい。だから、二度と家には戻りません!」

短い沈黙が、愁子にはとても長く感じていた。

「もう遅い。俺は今夜も職場に泊まる。明日、家で話をしよう」

「本当に、職場なのかしら? それに、私は、家には戻りません。お話をするなら、外で。どこか場所を決めて話しましょう」

「ったく、手のかかる…」

大園は、大きな溜息交じりに言葉を吐いた。

「仕方ない。じゃぁ、明日の13時に俺の勤め先の駅までこい。場所は明日連絡する」

「分かりました」

愁子が返事をするとすぐ、大園は電話を切った。大園の動じない態度に、愁子は唇を噛み微かに怒りを抱いていた。

「誰かと、話してたの?」

シャワーを浴び終えた晴海が、愁子に声をかけた。

「うん。夫。明日、会う約束したの」

愁子の言葉を聞き、晴海は直ぐに愁子に身を寄せると、力を込めて抱きしめた。

「晴海くん…?」

「行かないで欲しいって、言ったら、どうする?」

晴海は、愁子を自分の腕の中に埋めたまま言った。温かい晴海の地肌に触れ、ボディーソープの爽やかな香りが漂っていた。

愁子が顔を上げ、晴海の顔を見た。曇らせた顔からは、不安そうな印象すら感じられていた。

「困ります。何も言わずに、離婚届だけ置いて来たから。ちゃんと、話し合いはしたいです」

「旦那さんの所に行って、話し合いがダメになったら、元の暮らしに戻るの?」

晴海は、愁子の視線を捉えそして見つめた。子犬が、親や飼い主を待ちわびるような、淋しげな目をしていた。

愁子は、横に小さく首を振りそれを否定した。そうして、自分自身もそんな事はしたくないと、頑なに思っていた。

「俺、愁子さんと会ったばっかだけど。愁子さんさえ良ければ、一緒にいて欲しい。だから、もし、明日、旦那さんの所に行って話をしてきても、また、俺の所に戻って来て欲しい」

晴海は、愁子を腕に収めたまま、話した。真っ直ぐに見つめる晴海の視線を捉えきれず、愁子は自分の気持ちを逸らすかのように、視線を落とした。

「愁子さん…」

愁子の沈黙を打ち消すかのように、晴海が小さく名を呼んだ。

愁子は、晴海に対しての事を、一つ一つ整理していた。そうして、ゆっくり顔を上げると、晴海と視線を重ねた。

「私は、自分の気持ちに、追いついていないです。夫がいながら、晴海くんと出会ってすぐ、身体の関係持ってしまって。実を言えば、私は夫とは見合い結婚だったので、男女の関係と言うか、恋愛とか、そう言うのが経験なくて。だから、晴海くんに対する気持ちは、まだ、自分でもよく分かっていなくて…。けど。晴海くんが、私に居場所を作ってくれた気持ちは、とても嬉しく思いました。それとは別に、夫とは、きちんと話をしてきたいので。明日は、夫と会って来ます」

愁子は、それ以上の事が言えずに、言葉を飲み込んでいた。晴海の元に再び戻る事が、最前だとは思えなかったからだ。出来ることなら、一夜の過ちであって欲しいとさえ、思っていたからだ。

口を噤んだ愁子を見つめたまま、晴海は愁子の言葉を待つように、不安げな表情をしたまま、じっと見つめていた。そうして、晴海の薄い唇が小さく開くと、掠れるような声が聞こえた。

「…戻ってきて欲しい」

力なく晴海は言うと、再び愁子を両手で抱きしめられ、愁子は晴海の胸に顔を埋めた。

愁子は、黙ったままでいたが、晴海に気づかれない程、とても小さく溜め息を漏らしていた。

「じゃぁ、愁子さんの好きにしていいから、これ、テーブルの上に置いておく。明日俺、朝早いから、愁子さんが出かける時に、これで鍵を閉めた後、持っていくか、ドアのポケットに放り込むか、どちらかにして」

晴海が、愁子から身を引き離すと、床に置いたカバンの中から、アパートの合鍵を出してテーブルに置いた。

「さっき、用事のついでに、作ってきたんだ」

「でも…私…」

困った顔をした愁子を見て、晴海はもう一度自分の身に愁子を寄せ、左腕を愁子の頭に回すと、大きな掌で軽く頭を撫でた。

「明日、出かけるまでに決めておいて。俺は、愁子さんが戻ってきてると思って、連絡先とか聞かずにおく。じゃないと、俺も気持ちに、踏ん切りつかないから」

「晴海くん…」

力なく笑んだ晴海の顔が、愁子の胸の奥を締め付けた。けれど、それは、一過性のものであって、時が経てば消えてしまうものなのだと、浅はかに愁子は思っていた。


眠るまで、愁子も晴海も口数が少なかった。晴海は、愁子を両手で抱きしめるように身を寄せ、寝息をたてて眠った。愁子は、自分自身がどうしたいのか、晴海の腕の中で寝付けずに考え込んでいた。








お読み頂き、有難うございました。


知り合いの家に行った時、クヌギのどんぐりや、ハロウィンの置物をみて、季節を感じてきました。


お話は、まだまだ続きます。次回もどうぞ、よろしくお願いいたします。


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