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泡沫 UTAKATA  作者: 未月かなた
6/22

紺色の空

食事を済ませると、駅前のスーパーに立ち寄った。

愁子は、泊めてもらったお礼にと、何か夕食を作る提案をしたが、

「俺んち、調理器具とか、調味料とか一切ないよ…」

と、苦い表情を浮かべて晴海は言った。

言われてみればと、晴海の部屋を思い返し愁子は、納得し食事作りの案を諦めた。

「じゃぁ、お掃除。それならいいかしら?」

晴海は買い物カゴを片手に、もう片方の手は愁子の手を握り、並んで歩きながら話を聞いていた。

「掃除。うーん。いいけど。なんか、返って申し訳ない気がする」

「ありがとう」

愁子のその笑顔を見て、晴海は少しだけ力を込めて、手を握り返した。愁子には分からなかったが、晴海はその笑顔を見て、愁子を愛おしいと感じていたのだった。

「愁子さん用のシャンプーとか、あった方がいいよね? 歯ブラシは、愁子さん持って来てたけど。あとは、何がいるかな?」

「えっ。でも、私…。今夜は、ビジネスホテルに泊まろうと思うから」

「俺は、大丈夫だよ。愁子さんが居てくれたら嬉しいから。今夜も、一緒にいて欲しい」

「……でも」

「いいの。宿泊代だってどのくらい泊まるか知らないけど、連泊すればそれなりにかかるでしょ。ね。今夜も泊まってって」

目を細めて笑みを見せ、晴海は愁子に念を押すよう言った。

「……ありがとう」

愁子は、晴海に礼を言ったが、気持ちに迷いがあった。

晴海は気づかなかったが、愁子は少し顔を曇らせていた。 晴海の好意を、愁子は素直に受け止めきれないでいた。

大園の浮気を機に、離婚届を置いて家を出て来たとは言え、大園との事は、まだ、きちんと方をつけてはいない。自分自身も10歳も年下の男との所に転がり込み、居座っているなどと知られたら、余計に話がややこしくなるに違いないと、考えていた。

それに、今ならまだ、自分の中に浮上した晴海への好意を、深める事を止められるとさえ、察していたのだった。


日用品や掃除用品を買い、部屋に戻ると、部屋の窓を開け空気を入れ替えた。愁子は早速、掃除をしようと準備をしていると、晴海が誰かと電話で話しているのに気がついた。

「はい…。じゃぁ、今から向かいます」

愁子は手を止め、晴海の顔を見た。

「どこか、出かけるの?」

「うん。ちょっと、知り合いの頼まれごと。すぐ済むから。お掃除、ホントにお願いしてもいいのかな?」

「はい。泊めて頂いているので。分かりました。お掃除しながら、お留守番してます」

愁子が言うと、晴海が顔を近づけ、軽くキスをした。唇を離すと、口角を上げながらも恥ずかし気に俯き、

「じゃぁ、行ってきます」

と、言って部屋を後にした。

ふわふわした感覚が、余韻に残っていたが、愁子は我に返り小さく息を吐いた。

「晴海くん、いい子だけど…」

自分の立場を弁え、身を引き締めるように、愁子は両手で頬をパチンと叩いた。そうして、床に置いてある物を集めるように片付けながら、掃除を始めた。スタンド式のクリーナーは、大活躍していたが、可動して10分程でバッテリーが切れ、充電する為に作業が止まってしまった。

晴海の部屋は、必要最低限の家具、家電があるだけで、後は使った衣服や生活用品が所々に散らばり、飲んだ後のペットボトルやコンビニの弁当の容器、アルコールの空き缶などが、キッチンの床を埋め尽くしていたのだった。

ベランダの柵を吹き、布団を干した後は、水回りをやっつけようと、意気込んだ。

ユニットバス式のお風呂には、トイレも併設していたのだったが、トイレも浴槽も埃や水垢、カビなどの汚れが酷く目についていた。

今朝、シャワーを借りたのだったが、愁子にとっては身体を洗うよりも、掃除の方が先と言う気持ちで、居心地悪かった。

塩素系のスプレーをユニットバスに撒き散らし、洗浄液をトイレの便座に流し込んで、しばらく放置する為に、愁子はそこから出た。

キッチンのゴミは、何となく纏まっている様だったが、空き缶やペットボトルが床にも散乱していたのを見て、それらをまず袋へ分別して片付けた。

掃除をしている間、大園や晴海、これからの事など考える事なく、無心になっていた事が愁子には、とても楽に思えたのだった。

キッチンの水回りも、排水口も徹底して掃除をし、再びユニットバスへ向かい、撒いた塩素系の液体を洗い流すと、とてもさっぱりした気分だった。

掃除機が、半分程度充電されている事を確認し、再び部屋の中をかけまわした。

1時間程度過ぎただろうか。時計の針は15時近くになっていた。部屋の中もさっぱりと片付けられ、愁子は干していた布団を取り込みに、ベランダへ出た。日光が当たり、ふかふかになった布団からは、日干しされた香りがふわりと漂っていた。

する事もなくなり、愁子は冷蔵庫に入れたペットボトルのお茶を手に取ると、それに口を付けて飲んだ。


不意に、この先どうするかと、愁子は考えると、重く大きなため息を吐き、両膝を抱え、スカートに顔を埋めた。

その瞬間、これまで費やしてきた大園との生活や義母との関係、生活環境、それだけではなく、自分自身の人生そのものに、酷い疲労感が、ズッシリとのしかかった気がしていた。

考える事は、他にもあった。

これから、待ち構えるであろう、大園との離婚問題。2人だけではなく、両親もきっと巻き込み、愁子は孤立無援の状況に追い込まれるに違いないと。

大園の浮気は、愁子にとっては、本当はどうでもよかった。自分自身の中でも、夫を愛してはない事を自覚していたからだ。ただ、この夫婦関係を終わらせる為の、良いきっかけを貰えたと思っていた。

協議離婚ですむならば、いいのだが。そうでなければ、弁護士を頼むべきだろうかと、模索したりもしていた。


そうして、これからの自分自身の事。

これまでは、親が全て指図してきたが、これからは自分で決め、自分自身で切り開いて行かないと行けない事が、不安もあったが、何処かで叶わぬ願いとずっと思っていたそれが、叶いかけている喜びも、心の奥底にうずいていた。

働いていた頃に貯めたお金は、使わずそのままになっている。生活するための資金は十分にあるが、部屋を借りる為には、仕事を見つけなくてはと、言う事。

頭の中が、フリーズしそうなくらい、考えるべき問題が山の様にあった。

「やっぱり、そろそろ、お暇しないと…。晴海くん、いつ帰ってくるかしら」

昨日知り合ったばかりの、晴海の部屋は、愁子には居心地の悪く、落ち着かなかった。今夜は、駅前のビジネスホテルに泊まる決意をし、愁子はただただ、晴海の帰宅を待っていた。


18時も回り、陽も沈みかけて、部屋の中が薄暗くなっていた。愁子は、窓の外から見える空を眺めていた。

雲のない澄んだ空は、紺色のグラデーションのように広がっていた。この時間の空の色が、愁子は好きだった。

こうして、ゆっくりと夕方の空を見ていると、中学生の頃に家庭教師のお姉さんを、そっと2階の部屋の窓の外から見送ったのを、思い出した。帰ってしまう寂しさと、また翌週には会える楽しみが入り混ざった、複雑な気持ちを思い出していた。


晴海の部屋から、辺りの建物がシルエットの様に暗く映り、時期に夜が来る空を愁子が眺めていると、ガチャリとドアの開く音が聞こえ、振り向いた。

「遅くなってごめんね。どうしたの? 灯りもつけないで」

暗い部屋に佇んでいた愁子を見て、晴海は驚いていた。

「おかえりなさい。外の景色見てたの」

晴海が部屋の明かりをつけ、辺りを見渡すと、すっかり片付けられた部屋を見て再び驚いた。

「すごい! 部屋が綺麗になってる!! ありがとう、愁子さん」

晴海は、手に下げていたコンビニの袋をテーブルに置き、愁子の前にぺたんと座り、視線を合わせた。にこにこと笑んでいる晴海に対して、愁子は少し表情を曇らせていた。そうして、小さく息を吸うと、愁子は口を開いた。

「晴海くん。私、やっぱり、これでお暇しようと思うの」

愁子の言葉に、晴海の明るい表情が、ストンと落ちた。

「え? どうして?」

晴海の視線が、愁子を捉えようとするが、愁子はそれを避けるように、床に視線を落とした。

「私、家を出ただけで、何も片づいてない。そんな状況なのに、他の男の人の所に、いつまでも居られない…。晴海くんにも、迷惑がかかるから…」

「だから、俺は、めーわくしてないって!!」

晴海の強い口調に、愁子の身体がビクッとした。怖がっている愁子を見て、晴海は小さく溜息を漏らした。

「ごめん。大きな声出して…。でも、まだ、ここにいて欲しい…」

晴海はそう言いながら、愁子を両腕で包んだ。愁子は、ただただ晴海の腕に包まれたまま、この場をどうしようかと考えながら、黙ったままでいた。

「そうだ、夕飯、買ってきたんだ。コンビニのだけど」

晴海が愁子の答えを待つ間も無く、愁子から身を離すと、テーブルに置いたコンビニの袋を手に取り、中からコンビニの弁当を取り出した。

「俺の、オススメなんだけどさ」

そう言いながら、晴海はテーブルの上に弁当を並べ、他にもサラダや、唐揚げ、メンマなどのつまみに、アルコールの缶を並べていた。

「親子丼。美味しそうね」

愁子は、目の前に置かれたチルド用の弁当を眺め、にこりと言った。今、話をぶり返しても、険悪な状況になるのだろうと、不安に思っていたからだ。明日には、晴海も仕事へでかけるだろう。そこにあわせて一緒に、部屋を出ようかと浅はかながら、考えていた。

「温めるから、ちょっと待ってね」

晴海は弁当を手に取り、電子レンジの中に、1つずつ入れて温め始めた。










お読み頂き、有難うございました。


日没がだんだん早くなってきて、夕暮れから夜になる空の風景とか、仕事帰りに月が見えるのが、嬉しい作者です。

お話は、まだまだ続きます。

次回もどうぞ宜しくお願い致します。

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