青写真
子供の頃の夢は、お花屋さんと、幼稚園の卒園アルバムに書いてあったのを、覚えている。
特に花が好きではなかったが、ただ何となくそう、担任の先生に答えた気がした。
やりたい事、思い描く希望。自発的に、自分がそれに対して叶った事は、あっただろうか。
大園との結婚も、親同士が決めたものだった。
それだけではない。
当日着る服、学校、友達、習い事、就職先。
全ては両親が決めていた。
母の好みで、いつも紺色のワンピースや、襟にフリルの付いたブラウス、黒いローファーばかりだった。街中で見かけた子供が履いていた、アニメキャラの靴は、ピンク色でまるでドレスのような衣服をまとった、可愛らしい少女が描かれていた。
「お母さん、私もあんなお靴、履いてみたい」
子供の頃に、母親にせがんだけれど、それは拒まれた。
愁子は、幼少期から一貫校に入学した。
ピアノ、お茶、お華、書道、スイミングを習い、塾には行かず家庭教師を付けられた。
アルバイトで来ていた女子大学生だったが、父の知り合いの娘さんとの事だった。清楚で、品のある、おとなし目のお姉さんだった。
雑談を、愁子がしようものなら、彼女は静かに首を振り、
「お勉強に、集中しましょうね」
と、ニコリと笑みを見せて、言った。
しかし、言って直ぐに彼女が、ノートの隅に鉛筆で、
“愁子ちゃんのお母さんに、無駄話は禁止と言われているの。ゴメンね。だから、紙に書いてお話ししましょう”
と、提案してくれたので愁子は勉強をしながらも、彼女との静かな会話を楽しんだ。
同じ大学に、恋人がいる事。原宿で食べたクレープが美味しかった事。流行りの、アイドル歌手の事。彼女の母親の作るハンバーグには、チーズが入っている事。
“大きくなったら、自分の思うように何でもできる?”
愁子は、不安と期待を込めながらそう書いて、彼女を見つめた。
“私は、20歳だけど、まだ学生だから。半分半分かな”
力なく笑んだ彼女をみて、愁子はガッカリした。
20歳になっても、まだ自由にはなれない事を知り、中学生の頃の愁子は、心の奥で愕然としたのだった。
大学を卒業し、父親の知り合いと言う、不動産会社で事務に就いた。
愁子は元々、大人しい性格で、協調性はあまりない方だった。職場の同僚との飲みの席にも殆ど出ずに、職場と家を往復するだけの日々だった。
30歳で、父の知り合いに勧められ、見合いをした。
大園とは、そこで初めて出会った。
愁子よりも20も年が離れていた。
第一印象は、物静か。仲人が質問し、それに各々が答えると言う、目の前に相手がいるのに間接的な、コミュニケーションだった。
色が白く、肩幅のある筋肉質な体格。一重で髪が年の割に薄く、短髪でそれを隠している様にも思えた。
「ご職業がお医者さんと、大学病院勤務と聞きましたが。夜間など、急に呼ばれる事もあるのですか?」
愁子の言葉に、大園は、コホンと咳払いを一つして、薄い唇を開いた。
「いいえ。私は、臨床医ではないので、それはないです。けれど、研究会もあるので、その時はしばらく家を開ける事もあります」
仕事の話をきっかけに、大園はしばらく自身の研究の話をしはじめた。 これまでの態度とは打って変わって、饒舌になったが、話の内容は、愁子や同席していた仲人、そして愁子の両親も理解に追いつけづにいた。
愁子としては、見合いでの大園の印象は、可もなく、不可もなくだった。しかし、既に愁子の両親は本人の意思を無視して縁談の話は水面下で進められていたのだった。
2度目に会ったのは、結納の時だった。
愁子にしてみれば、迷う間も与えられずに、結婚までこじつけられた。もはや、愁子の両親の青写真通りの人生に、2人は満足していた。
お読み頂き、ありがとうございました。
9月に入り、涼しくなるかと思いきや、まだまだ暑い日があるみたいですね。
お話は、まだまだ続きます。どうぞ宜しくお願いします。