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泡沫 UTAKATA  作者: 未月かなた
15/22

2人の笑顔

愁子の回想からお話は入ります。

昔憧れた恋は、中学生の時。

1学年上の、陸上部で、短距離をしていた先輩。

文武両道で、生徒会長していて、憧れる同級生の女子も少なくなかった。

学年も、部活も違う、何の接点もない状況だったけれど、ただただ、いつも、先輩への憧れ混じりの、淡い恋心を胸に抱いていた。

叶うはずのない、片想いが、愁子の初恋だった。


そんな最中、クラスで隣の席だった男子に、友達の恋仲を手伝い、相談に乗っていた。

でも、愁子は知っていた。

その友達には、他に好きな男の子がいた事を。

そうして、それが、隣の席の男子の、仲の良い友達だったと言う事は、口にしなかった。


春になって、クラス替えで別れた後、同級生の女の子2人から、あの隣の席だった男子からだと、ラブレターを手渡された。

愁子は、困惑した。


あの子は、私の友達の事が、好きだったのでは?

と。


突然届いた、あの男子からの想いに、困惑するだけでなく、片想いではなく、相手から思われる、恋愛と言う出来事に、愁子は正直、とても違和感を感じてた。


返事を手紙に書くと、あの子が頼んだ同級生の女の子達に、愁子も同じように橋渡しを依頼した。


“ごめんなさい”


たった一言。

それ以上は、何も書かず返事をした。


その後は、話す機会も無く、クラスの合同体育で、たまたまペアになった事があったけれど、気不味い空気が漂う中、お互い何も言わないまま過ごした。


憧れだった先輩が、卒業する時に勇気を振り絞って、もらった学生服のボタン。

恋愛とか、交際とか、そう言う事は少女漫画や、ドラマの世界で夢見るばかりで、自分が求めているのかと思えば、そうではないように思えた。


あとあと思えば、少しずつ経験していく、大人の階段とか言う物を登る事に対して、抵抗感があったのかもしれない。

初潮が来た時とか、胸が少しずつ膨んできた時の身体の変化もそんな、抵抗感があったのを思い出していた。

芸能人や、社会に出て出会う人達や、さっき知り合った、紳士的でスマートな対応をした二階堂とか、誰かを素敵だなと、思う事はあっても、これまでずっと、恋い焦がれる事はなかった。


大園にも、抱いたことのない感情。


晴海とは、アバンチュールにも事足りない、一過性の出来事に過ぎないと思っていた。

溜め込んだペットボトルや、不器用な箸の持ち方とか、晴海らしさがある所は、愁子の中で世話の焼けるような存在だと思っていた。

それでも、何処かでまた会えたらと思う気持ちが、心の片隅に潜んでいる事に、愁子は気づいていた。

だから、こうして、出会った場所へ足を運ぼうとしているのだった。


ふわふわとした足取りだったが、やがて緊張し始めていた。

campanulaの前まで来ると、愁子は中を覗いてみた。

土曜ともあってか、客が席を埋めていた。入れないかなと、諦めかけた時…。

カウンター席に座る、晴海の横顔を見つけると、胸の奥が大きく鼓動を響かせ、思わず愁子の表情が瞬時に明るくなった。

しかし、晴海は隣に座る、ニット帽を被ったロングヘアの可愛らしい雰囲気の女性と談笑しているのを見た愁子は、その瞬間、スーッと表情が曇り始めた。

息苦しさすら感じる胸の感覚に、愁子は条件反射でくるりと店に背を向け、ゆっくりと歩き始めていた。


晴海くんの、恋人かしら…。仲よさそうだったわ。晴海くんと、同じくらいの子かしら? 楽しげに話してた。


愁子の脳裏に、さっき見た晴海の笑顔と、その隣で笑う女性の姿がチラつくと、愁子の口から小さな溜め息が漏れた。

足取りは重く、疲労感すら感じていた。

頭の中が、晴海と女性の事で埋め尽くされ、大きな溜め息が漏れた。

愁子は、自分がショックを受けているのだと言う事を、そしてそれは、自分の心の中に、晴海が存在しているのではないかと言う事に、気づき始めた。

「…こさん! 愁子さんっ!!」

背後から聞こえた声に呼ばれ、振り返るとそこには、肩で息をしていた晴海の姿があった。

「晴海くん。どうして?」

目の前に現れた晴海を見て、一気に胸が高鳴りをあげ、愁子は喜びつつも、さっきの女性の存在が引っかかり、ぎこちない笑顔を見せていた。

「桐崎さんが、店の外で立っていた愁子さんを、中から見かけたって教えてくれて」

「あっ、あの。私…。あの時は、ごめんなさい。鍵を返して出てしまって。あの後、夫と離婚して、私、今、この街で暮らしてて。その節は、大変お世話になりました。その…えっと…。また、あのお店に行ってみようかなって、思ったんです。晴海くんにまた、お会いできるかなって…」

戸惑いながら話す愁子に、晴海は呼吸を整えながら、話を聞いていた。

「中に入ってくれば良かったのに?」

小さく首を傾げた晴海と視線が重なったが、愁子はさっとそれを逸らした。

「それは…」

仲睦まじく笑顔を交わしていた光景を見て、その場に割り込む勇気などは、さらさらなかったとは言えず、言葉を詰まらせていると、俯いた愁子の視線にわざと入り込むように、晴海は身を屈めて愁子の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

晴海と視線が重なり、愁子の胸の奥が小さく締め付けられた。

「あの、お隣にいた方は、良かったんですか?」

愁子は勇気を振り絞る思いで、晴海に尋ねた。短い間ではあったが、愁子は晴海の答えを聞くまで、俯き自分のサンダルの爪先を見つめていた。

「隣…あぁ。あの子は、桐崎さんの所の常連さんだよ。たまたま、隣にすわったから、話してただけだけど? 愁子さん、気にしてくれたんだ」

徐に顔を上げると、晴海はふわりと柔らかな笑みを見せていた。それまで、息苦しささえ感じていた胸の中が、じわじわと消えてゆき、穏やかな心地よさすら感じてくるほどだった。

「私なんかが、そんな事、すみません…ご迷惑ですよね」

緩んだ気持ちを再び自分自身で、ぎゅっと締め付けた。

すると、晴海は言葉を伝える前に、両腕を伸ばして愁子の身体を抱き寄せた。愁子は、晴海の温もりと、早いリズムで打ち付ける鼓動を聞きいていた。

「迷惑なんかじゃないよ。すげーうれしい。愁子さんは、俺の所に戻ってきてくれたんだから」

耳元で聞こえる晴海の言葉に、愁子は気恥ずかしさで顔を上げられずに、晴海の胸に顔を埋めていた。微かに力を込め、晴海が愁子の身体を抱きしめたあと、晴海は腕を解き少しだけ身を離して、愁子の顎先に手を添えると、愁子と視線を重ねた。

そして、晴海は愁子と唇を重ねてキスをした。晴海の唇が離れた後、微かに香るウイスキーの余韻が漂っていた。


お読み頂き、有難うございました。

学生時代の淡い恋、憧れや片想いは、甘酸っぱい思い出のように、愁子が回想してました。

晴海と再開した愁子。

お話は、まだまだ続きます。


年が明けました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

次回の方も、よろしくお願いいたします。

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