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泡沫 UTAKATA  作者: 未月かなた
11/22

仕事探し

朝、目が覚めて見覚えのある部屋に、愁子は実家にいる事を思い出していた。住み慣れた、自分の部屋なはずなのに、どうして居心地が悪いのだろうかと、ここ数年の年月で自分の居場所となっていた、大園との家が落ち着く場所なのかと疑問に思った。

そうして、昨日まで不慣れな、晴海の部屋で過ごしたせいもあり、愁子は一体、自分は何処に落ち着くのだろうと、昨日父に言われたこれからの自分に、不安を抱いていた。


1階に降りると、母がキッチンに立ち朝食の支度をしていた。

「おはよう。もう少し、ゆっくり寝てても良かったんじゃない?」

朝食の味噌汁を作る、片手鍋に味噌を溶きながら母は言った。母の味噌汁は、いつも白味噌だった。

「お父さんは?」

「近くの歩道で、登校する小学生の、立ち当番してるのよ」

定年後、父は地域活動を同年代の人達と取り組み、愁子の母校である小学校の児童を見守ったり、夕方には地域を歩いてパトロールをしていると、母は話してくれた。

「そうなんだ」

父の姿がない事に、愁子はなぜかホッとしていた。

「…あのね、愁子」

母は鍋に蓋をし、くるりと体を愁子と向き合わせると、曇った表情を見せた。

「なに?」

「お仕事の事だけど…。父さんが、口利きはするなって。自分の力で見つけるようにって言われて。でも、お母さん、知り合いの人に相談してみようか?」

母は、愁子を心配し言ったが、愁子はそれを聞いて小さく横に首を振って見せた。

「私も、頑張って探してみるから、大丈夫だよ」

本音は、不安でいっぱいだったが、母に迷惑もかかる事を考えると、愁子は小さく笑みをも見せた。母に不安を見透かされないよう、愁子は洗面所へ向かった。髪をヘアゴムで束ねると、ジャバジャバと水道水で顔を洗い流した。タオルで顔の水を拭い、鏡に映った自分の顔と向き合った。この上ない、不安げな表情が顔から滲み出ている。小さな溜息すら、何度も漏れる。


これから、どうしよう…。でも、自分で何とかしていかないと…。

私だって、これまで、父さんや母さんの言い成りで生きてきたから…。

けど、大園との離婚が、私の人生の再スタートになる。だから、ちゃんと、自分で考えて、生きていかないと…。


曇った表情が少しずつ、気迫を取り戻し、唇をキュッと力を入れて合わせた。



父と入れ違いで、愁子は朝食を済ませて出かけた。最寄りのバス停から、駅まで向かうと地下鉄に乗り、職業安定所のある駅で降りた。

ちょうど、愁子が当時仕事をしていた最寄り駅で、愁子は懐かしさを感じながら、街並みを歩いていた。

オフィスビルが多く、飲食店や、スポーツ、イベント事の施設などもあり、人が多く行き交う。

微かな懐かしさを感じながら、愁子は街を歩いた。

愁子が務めていたのは、土地や戸建てを主に扱っていた不動産だった。日々慌ただしく、仕事の内容も多かった。日常、大きな金額を取り扱うが故に、実生活で見る3桁や4桁の金額がとても少額に思える程だった。

小さな会社だったが、人はとても良く、父の知り合いともあり愁子は、孫のようにとても可愛がられた。

そんな会社にまた出会えるだろうかと、微かな期待を胸に、愁子は職業安定所へと辿り着いた。


職業ごとに分別された求人シートは、行儀よく並ばれていて、整理整頓をきちんとしている愁子にとっては、胸がときめいた。

しかし、いざ仕事を探すとなると、自分は一体どんな仕事をしたいのだろうかと、不意に迷い始めた。特に突き詰めて将来に向けて勉強してきたわけではなく、父の知り合いの所でたまたま事務として勤められただけだった。

改めて立ち止まると、愁子は求人の棚の前で身動きが取れなくなっていた。

それでも、何となくこれまで事務をしてきた事もあり、自然と事務職の棚方へと足が動いていた。

別に好きな仕事ではなく、愁子は事務の仕事なら出来る事を自分で理解していた。下手に新たな仕事に手を出しても、それはそれで軌道に乗り、自分に合っていれば成功かもしれないが、愁子にとっては大きな博打のようなものだった。リスクを冒してまで、新たな職種にチャレンジする気は無かった。

膨大な量の事務の求人に、愁子はどうやって選べばいいのか、戸惑っていた。すると、館内に立っていた女性職員が愁子に近づき、声をかけた。

「事務のお仕事をお探しですか?」

「はい…」

小さな顔に、黒縁のメガネがとても印象強い職員が、窓口を手で指した。

「窓口の方でも、希望の条件などお伝え頂ければ、ご提案もできます」

「ありがとうございます」

愁子は礼を言って、窓口の方へと向かった。

窓口職員の中年の女性に、離職票は無いのか、雇用保険はなど質問されたが、自分が専業主婦であり、以前就労していた時期からは、年月が経っている事を説明した。職員は、眼鏡越しにジロジロと愁子の顔をみると、

「お子さんは?」

と、更に聞かれ、愁子は横に首を振りながら、いないと答えた。

勤務地の希望を問われ、愁子は少し戸惑った。何処へでも行けるはずなのだが、それはそれで不安が大きかった。咄嗟に、晴海が居た街を思い出し、

「小田急線線沿いで…」

と、少し言葉を濁した。

「事務だけならねぇ、少しは検索出てくるけど。不動産業となるとねぇ…」

渋々という態度を、あからさまに出しながら、職員はパソコンでデータを検索していた。

「あー…。大手さんの営業とか、窓口とかなら2件くらいあるけど…」

愁子は、職員の言葉を聞きながら、この人は私の希望する職種を、仕事としてきちんと探してくれるのだろうかと、不安が胸の中に漂った。

「不動産の事務は、なさそうね。中小企業の事務なら、多少出てきますけど?」

職員は、愁子の顔を見てクスリと笑んだ。笑みを浮かべた理由は、定かでないが、愁子はその職員に対して、嫌な印象が強く残った。

職員の態度と、自分の希望する不動産業の事務が無かった期待外れに、愁子は始め居心地が悪かったが、それでもこれから自分1人で生活していかなければならない現実が、差し迫っているのだからと、愁子は職員の話を耳にすることにした。

5件ほどリサーチし、雇用条件など記載のある書面を机の上に並べた。賃金はばらつきがあるが、以前勤めていた給料に比べると、少ない金額だった。

書面をじっくり読んでいると、最後の1枚に目を止めた。

それは、晴海と過ごした街から、比較的近い駅だった。愁子の脳裏にふわりと晴海との出来事が過ぎり、胸がきゅっと締め付けられるような、感覚が残った。

「あの…こちらの一般事務の応募なんですが」

愁子が職員に尋ね、書面を指差した。

「そちらね。先週から募集かけているから、まだ大丈夫かもしれませんね。連絡してみますか?」

「はい…。お願いします」

おずおずと、愁子は職員に頼んだ。職員は、デスクの前で愁子が希望した会社へ電話をかけた。

「はい。こちらはハローワークです。そちらの一般事務の募集をご覧になった、就職希望者が窓口に来られています…」

電話のやりとりを聞きながら、愁子は少し緊張していた。職員が、愁子の年齢、経歴などを伝えると、相手側の話を、メモ取りながら聞いていた。

「面接をして下さるそうです。都合ですが、今週の金曜もしくは、来週の水曜はどうですか?」

職員に聞かれ、愁子は水曜に面接日を希望して、職業安定所を後にした。



お読み頂き有難うございます。


余談ですが、今回の仮タイトルは、ハローワークでした。


お話は、まだまだ続きます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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