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一話

 写真のスライドショーに映される映像のように、場面場面で切り替わる記録。止めどなく頭に流れてくるソレは誰かの記憶に近い。

 移り変わる景色。周囲。

 平穏に生き、何も為さず、何も望まなかった凡人である1人の男の生の証。



 色褪せたソレは次第に、異なる色と混ざり合う。

 絵の具のパレットに乗せられた色のようにぐちゃぐちゃに。

 そして、傲慢に生きた1人の少年の記憶とが交錯し、ひとつとなって溶け込んでいく。



 少年の記憶を土台として、青年の記憶がそれを上書き。

 自我を確立したのは後者。

 その事を自覚すると共に、直前の記憶が次第に蘇り始める。



 直前の記憶は特に印象深く、思い出そうと試みるや否、すぐにパッと頭に浮かんだ。

 確か、まるで親の仇でも見るかのように領民だろう少女に鋭い眼光で睨め付けられたと思いきや、罵倒を吐かれながらデカイ石を頭に投げつけられていた筈。



 そのせいで俺は倒れこみ、薄れ行く意識の中、突然の異常事態に慌てふためきながらも、従者の手によって慌てて自室に運び込まれたところまでは何とか記憶してる。



 …。

 ……。

 …………。



 ムクリと上体を起こし、辺りに人がいない事を確認。

 そしてゆっくりと。

 俺は頭を抱えた。



「うそ、だろオイッ!?」



 石を投げつけられたということに対し、腹が立っていなかったといえば嘘となる。が、鮮明に思い出せる記憶が苛立ちを罪悪感で上塗りしてくれていた。

 今までよくも刺されなかったというか。

 もう呆れしか感情が出てこない。




 最近の出来事を挙げるならば、二公一民にあたる年貢の取り立ての最中。領民から凶作の年にもそれはひど過ぎる。などと意見を多く頂戴した事から、ならば石高制をやめ、貫高制にと。

 つまり、作物ではなく銭を差し出せと。



 言葉巧みに領民を上手く騙し、領主さまこと親父さまは更に搾り取る事に成功しましたとさ。めでたくないめでたくない。

 という事もあり、抑えきれない憎悪が遂に俺に向いたらしい。



 なるべくしてなった。といったところだろう。

 どう考えても親父さまが悪かった。

 一方的に。弁明の余地すらなく。



「これは、まずいぞ……」



 餓死者に加え、流行病の治療すら受ける事が十分に叶わない生活を強いられる毎日。親父さまは領民は草木のように勝手に生えてくるなどと思っており、私腹を肥やす事を止めようとしない。



 使用人は口答えをすれば懲罰が与えられるので下手に反論も出来ず、様々な行為に目を瞑る日々。

 加えて暴君過ぎる領主に中身が瓜二つの暴君ジュニアであった俺こと『ナガレ』の機嫌も伺わねば、『ちちうえに言いつけてやる』という必殺技が炸裂する始末。

 どこからどう見てもブラックであった。



(……焦っても仕方がない。だからひとまず落ち着こう。落ち着け俺……!)



 転生初日から死に掛け。

 この身体の元の持ち主には恨み言の1つや2つ言ってやりたかったが、矛先を向けるべき人間は既に居ない。



 幸い、親父さまは社交界の付き合いというやつで母上さまと一緒に家を留守にしていると記憶している。

 帰ってくるまであと確か10日ほどは少なく見積もっても猶予があった筈。

 『ナガレ』として生きてきた10年間をたった10日で挽回出来るなどとは微塵も思っちゃいないが、それでも何かしらの事は出来るはずだ。



 一番ハッピーな方法は俺が何かしらの手を打ち、親父さまの機嫌を損ねる事なく、領民の苦しい暮らしを救う事。

 つまり、領民が親父さまに十分な年貢を納めてなお、領民が豊かに暮らせるように策を練るという事だ。



 親父さまの浪費癖というか。

 実に貴族らしい悪癖である見栄を張ったお買い物などを今更自重出来るとは到底思えない。

 それは母上さまも同様で、今更質素な暮らしを試みようとすれば3日程で死んでしまうんじゃなかろうか。



 しかし、だ。

 俺が親父さま達に何かしらの手段を献策したところで親父さまの私腹が更に肥える事になるだけである。



 収入が増えた。

 よし、余裕ができたから領民の暮らしを良くしよう!

 んな考えが出来ていれば今頃俺はベッドの上には居ない。



 親父さまの性格的に、領民の不満を無くすためには秘密裏に俺が行動し、豊かな暮らしへ変えて行く事。

 もしくはどうにかして親父さまを言いくるめる。

 この2択しか有り得なかった。



(詰みすぎだろ、これ……)



 諦念を込め、堪らずため息を吐く。

 この身体は10歳のか弱い少年。

 もちろん、特別な力はどこにも備わってはいやしない。



 どんな事だろうと理不尽なまでに覆す事を可能とする力や未来視など、馬鹿げた力の1つや2つあればまた違っただろうが、記憶を漁る限り、そんな都合のいい記憶に心当たりは一切なかった。

 


 どんな無理ゲーだよ。夢なら覚めてくれ。

 そんな思いで俺は天井を仰いだ。



「——失礼します」



 コンコンとドア越しにノックと、男性の声が響く。

 この声に、俺は心当たりがあった。



 ゆっくりと5秒程間を空けてから、ドアノブが捻られ押し開けられる。



「ッ、お目覚めになられてましたか」



 一瞬、顔を顰めるも、平常通りに振る舞う老練な執事。

 確か名は——ヴェイン。

 代々この家、ハーヴェン子爵家に仕えている一族であり、親父さまの父親の代より尽くしてきた忠臣であると記憶に残っている。



 先程、顔を顰めた事が全てを偽りなく物語っていたが、ヴェインは親父さまを筆頭に俺すらも嫌っていた。

 ハーヴェン子爵家の良心と呼べる常識人の彼だ。

 領民に対し、ひど過ぎる仕打ちをする子爵家を許せないんだろう。石をぶつけられた拍子に、前世のような記憶を思い出したからこそ言えるが、ヴェインの気持ちは痛いほどわかる。具体的にいうなら石をぶつけられた痛みくらい。

 それでも仕え続けているのは一族としての使命。

 加えて、意地ゆえか。



「……少し前、にな」



 必死に記憶を模索して本来のこの身体の持ち主——『ナガレ』らしい口調を演じる。

 少し不自然な間はあったが、目が覚めたばかりで頭が上手く回っていないからと勝手に解釈をしてもらおう。



 仮に、だ。

 仮に俺が頭を打った影響で、人格が変わり比較的綺麗な『ナガレ』に生まれ変わったという頭のおかしい選択肢も無きにしも非ずではあったが——。



 俺がヴェインの立場であれば、んなバカな話があるかと一刀両断し、何か企みでもあるんじゃないか。

 そう判断して警戒心を高めるに違いない。という結論に至ったがゆえに、俺は本来の『ナガレ』を演じる事にしていた。



「……坊ちゃんに対し、無礼を働いた者の沙汰は如何致しましょう。まだ病み上がりでしょうし、お手を煩わせるわけにはいきません。よろしければ私めが相応の罰を与えておきましょうか?」




 ご機嫌を伺うように尋ねてくるヴェインの考えが手に取るようにわかる。というかモロバレだ。

 風の噂じゃ、ヴェインが夕餉の残りモノを領民に渡していた。という話なんてものも聞いた事がある。

 子供が怒りのままに打ち首だ!!なんていう事を恐れたんだろう。俺だってヴェインの立場ならそうしてるし、たかが子供と見くびるのは決して間違いではない。今までの『ナガレ』相手なら、という前提条件つきではあるが。



 これは、チャンスである。

 領民に慕われているヴェインの前で良いところを見せておけば、この先の死亡フラグが折れやすくなるやもしれない。

 そうでなくとも、なんらかの便宜を図ってもらえる可能性だって生まれてくる。



 頭にぐるぐると巻かれた包帯に手を当て、この状況に感謝しつつ、ヴェインにとっては無情にも彼の意見に意を唱えた。




「いいや。()が直々に沙汰を下す。四半刻経ったのちに、下手人の下へ案内しろ。妙な真似はするなよ? したら父上に言いつけてやるからな」




 必殺技炸裂。こうかはばつぐんだ。

 ギリッと僅かに歯ぎしりしながら、物憂げな表情で項垂れるひとりの執事。



「わかり、ました……」



 そういって、引き下がって行く。


 

 彼の性格からして、今からでも逃げろと説得でもするのだろうか。であれば、僅かな時間でも惜しい筈だ。

 下手に俺を説得しようとして時間を失うわけにもいかないのだろう。

 ここはすんなりとヴェインは引き下がった。



「……失礼、しました」



 物言いたげな面持ちで、部屋を後にしていく。

 罪悪感のようなものが胃をキリキリと苦しめる原因となっていたが、こうでもしないと次はベッドの上ではなく土の下で永眠する羽目になるので今回ばかりは目を瞑る。

 これで再び、一人だけの空間となった。



「とりあえず、目指す目標は『ちゃんと話せば分かってくれる次期領主』ってとこだよな」



 もう少しお金持ちであったり、爵位が高ければ家で引き篭もる選択肢もあったのに。

 せんなき事をぼやく10歳児がそこにいたとかいなかったとか。

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