架空都市
街は、絵本のようにつくられた。
ひとも動植物も、生きているように見えるだけだ。
けれど、みんなが生きた心を持っている。
情熱を手に旅するもの、悲壮な恋に破れるひと、誰一人として同じ人間はない。
「ねえ、あなたはどこからきたの?」
ノートに街の鳥観図を取っていると、声をかけられた。
女の子は後ろ手を組んで、僕の様子を伺う。
「ここじゃないどこか、です」
「もっとくわしく!」
「僕は架空都市じゃない、本当の街から来ました」
沈黙。
だから、言いたくなかったんだ。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「いえいえ、僕のほうこそごめんなさい」
気まずい雰囲気が流れる前に、僕は言葉を放つ。
「あの、よかったらこの街を抜け出してみませんか?!」
「そんなの無理だよ。わたし、作り物だし」
「ぼくが何とかします。だから、一緒に来てください!」
風が一陣吹いた。
僕たちの間を縫ってかけめぐり、架空都市のすみずみまで。
できることなら、彼女みたいな優しい笑顔を、もっと守りたい。
初めてあったひとだけど、そう思った。
なにができるだろう。考えても、答えはでなかった。
「わたし、そう言ってくれるひとずっと待ってた。ありがとう」
白い彼女の肌にすうっと陽が落ちる。
街の鳥観図が完成した。もう、ここには戻らない。
もういちど帰るとすれば、僕たちが年老いたときだ。
現実世界で精いっぱい働いて、幸せな家庭を築く。
老後はきっと、僕たちの思い出に浸っていよう。