追憶 目の前の死
そして閉じられていた扉の先である、地下に降りた。転移魔法を自分に使えるように練習した甲斐があったというもの。事故防止のためワンフロア降りただけだけど。
魔法で明かりをつけて、先に進む。
念のため、魔法を一つ使っておく。
倉庫らしき部屋、牢屋らしき部屋など様々だが、共通してありとあらゆる扉が砕かれている。
そして、閉じられた扉の魔法に思い至る。そういえば、あの魔法は聖と邪と空間、それらが組み合わされていた。
その厳重な扉を考えているとき、それを見つけた。
[ぐるるる!!」
その白い虎もまた、こちらを見つけていた。
その毛皮はとても美しく、銀色に光る牙は鋭利で咥えてた骨を切った。青紫の瞳が鋭く煌めき、唸り声は心臓を貫く。
[っー!」
激流がそれの足下から吹き出た。
「まずい!?氷よ!せき止めよ!」
とっさの判断で凍らせて止めたものの、それはたいした意味を持たない。今なお溢れかえりそうなほどに湧き出ている。
そして、その膠着は一方的に不利である。
[がー!」
闇の魔法が展開される。その魔法は、少しシャリアから離れていたため、うまく逃げられたが、氷の魔法の制御を手放してしまった。
そこに飛びかかる虎。
「正義よ、退けよ!」
聖の魔法を使った。が、その虎は魔法をはじいてしまった。周りの水を湯気にしたが、虎自身は大して意に介することもなく、シャリアを噛み千切ろうと紅い口腔を晒す。
「心よ、かき乱せ」
しかし、それに意味はなかった。
噛み千切ろうとしたその時、それを見てしまった。
[………み゛ゃあ?」
湯気の中急にくっきり映った、裸のシャリア。上気した頬。柔らかそうな肌。物欲しそうな目。それに対して恥ずかしげに隠す震えた腕。くっきりと目に映るその姿と魔法での発情は、虎が人の子に対して情欲を得るほどであった。
後ろに回り込んで無理矢理押し倒す。そして乱暴に……。
「心よ、奪われよ―――動きを止めろ」
始めようとしたところで気がつく。裸に見えたのも、上気していたのも、幻覚であったことに。押し倒してはいるものの、白い毛皮を赤く包む火の鞭が動きを止め、体を焼いている。
「念のため、分身の術をやっておいてよかった」
作戦の一つとして実行していたが、失敗した結果の産物である分身術を試していたのもある。
「だな、大分疲れたぜ…」
分身はコーキが動かしていた。思考自体は本体にあるままで、本来一人で二人分の動作をするのを二人に分けて一人ずつ操作している形である。
そして虎に上に乗られた分身はかき消える。
「光よ!焼き尽くせ!」
頭の上部を消し飛ばす。
「牙、取れたー!」
とれた牙で、毛皮をシャリア二人がかりでとる。
加えて、なんかすごそうな爪をいくつか取った。
「で、どうやって持って帰るの?」
「……考えてなかったぜ?」
ゲームや小説の定番である素材入手をしてみたはいいものの、持って帰る手段までは考えてなかった。
「ええ……後これ疲れたから帰って?」
「そうだな……」
もう一度作った分身を消す。
そうして帰ろうと振り返った時、物音が後ろからした。
「え?」
振り返ったとき、その男の子と目が合った。
フードをかぶった、ローブ姿の男の子。紺青色の瞳に、若竹色の毒々しい髪。そしてシャリアは初めて見る茶色の肌。首には白い痣があった。
そして、血走った瞳の奥から感じる明確な殺気。
「…………ずるいんだ」
その一言を残して去って行った。
それだけ。それだけなのに、シャリアは冷や汗が止まらなかった。
まるで見てはいけないものを見たように。それが己を疵付けたかのように。
「帰ろ?こわい……」
(「……………」)
コーキは、一方で別のより強い感情に囚われていた。
「…………ずるいんだ」
それはまるで、過去の俺を見ているようだった。
その男の子は、まるで嫌いな世界を一人の少女に集約させたような目で見ていた。そう………。
(親父が雉鍋を恨んだ時のようなのだろう)
見てはいないが、仮にも親で、性格が単純。見てきたようにわかる。
そいつとまた会うことはないと思うが、もし合うならろくなことになるまいな、と言うようなことを考える。
いつか、彼のことだ。
ろくではない光景を見ても、絶望することはないだろう。こちらを恨むのみだ。
気が遠くなりながらも、その姿を記憶に刻みつけた。
「帰ろ?こわい……」
(「……………」)
少し反応できなかったのは動揺のせいか否か。
(「だな」)
それでも、追う意味はないと判断した。
もう………帰ろう。
誤字報告について
魔物など、欠落のある生物の鍵かっこを[」とし、正常な生物と区別しています。
意図的なものと明記していなかったことを謝罪申し上げます。
また、報告いただき心から感謝しております。




