エレピテルの杯、遙かなる大地を夢見て
なんか長くなってしまいました。
ところで途中の所に、半角スペースが混じってますが、どこかの設定と干渉してるらしくルビをふった状態となるのを防ぐためのものです。
気にしないでください。
エレピテルの杯、遙かなる大地を見据えて。
彼は歌う。聖なる空に向かって。
目指すは天空の町。
そこで姫が涙をこぼす。彼の思いは、姫の元に。
エレピテルの杯、遙かなる大地を駈け行き。
彼は軋む。母たる大地に抱かれて。
見失う天空の町。
そこは空の向こう佇む。彼の願いは、空の果てに。
その歌は、教会の中から響き渡っていた。
それを聞き流しながら、教会の庭で遊ぶ三人の幼子。一人は修道服を着ており、教会の者であることが分かる。
その少女の名はシャリア。
「歌もそろそろ終わるね」
「すげぇ!歌覚えてるの!?」
「うん、だけどね、歌が下手なの」
少女は初めて歌ったとき、ほとんどの人から意識を奪ったのであった。親代わりとなっているここのただ一人の大人、セリーナだけが無事であった。ついでに、「よく覚えたね、偉いよ、でもこうなっては困るねぇ、だからもう大きな声では歌わないでおくれ」といったそうな。
そりゃあそうである。そのうち人を殺しかねないほどであった。
幸い、今はド下手、程度で済んでいるが人によっては苦しいかもしれない。
どちらにせよ、歌わないでください本当に。
「じゃあねー!」
「うん!じゃあね!」
「また、ね」
「うん!またね!」
とにかく終わったので、二人は出てきた親とともに帰って行った。
二人と別れてすぐ、勝手口から教会へ入る。
「シャリアちゃん、今日もたくさんだよー」
「おおー、さすがー」
脳天気に話すショートヘアの二人。シャリアとアリカである。アリカは7才の脳天気な歌好き少女。
「ソルト?」
「あたまいたいです」
ソルトとメルシャンの病弱組も話す。
ソルトは生まれつき頭に持病があり、闇夜属性が強い者が近くに居るほど悪化する傾向がある。この世界は、生まれつき特定の魔力に反応する持病が多いようだ。ここなら闇適性の強い者ですらほとんど居ない。が、先ほど礼拝に来た者の中にその適正を生かしている者が居たのだろう。因みに彼は4才だが、彼は少し育ちが早く、シャリアより明らかに背が高い。
あとは比較的年長者のエリシア・アンノン、最年長の13才であるとともに魔力の持たない捨て子であったチューン・アルコル、最年少のリブがいるが、リブはそもそも夜行性の種族なので寝ており、チューンは今風邪を引いていて、エリシアが看病している。
寄付金は彼ら彼女らが生活するに足る物であるため、こんなでも生活に困ってはいなかった。
エレピテルの杯、遙かなる大地に離れて。
天へ行く。大いなる大樹に手をかけ。
その上の天空の町。
千載一遇たる好機。彼の努力よ、町へ届け。
エレピテルの杯、遙かなる大地へ戻りて。
空は蒼。町を乗せる白は見えない。
悲しみさえ其処には無い。
命は未だあるのだから。彼の望みは、大きくなる。
「エリ姉、上で歌ってるね」
「そうだね」
アリカに言われてシャリアはふと何かを思い出す。
―――あるところに、とても優しい王子様がいました。あるときは腰を痛めた薬売りのおじさんのために配達をして、あるときは迷子の女の子の親を捜し回ったりしました。人は皆優しい王子様が大好きでした。
ある日、彼は―――
「シャリアちゃん?」
「はぁーい」
アリカに呼ばれて、反射的に手を上げる。
「どうしたのー、ぼーっとして?」
「なんか思い出したの、絵本読んでもらったの」
「むむ?それは例の『お兄ちゃん』に?」
例のお兄ちゃん。
彼女がちょくちょく話していた、絵本を読んでもらった相手、一緒に魔法を学んだ人、そして親から離れることにしたときに一緒に居て助けてくれた家族。
他でもない、彼女の…。
「お昼寝する?」
「うん!」
意に介せず、昼寝用の部屋 (いわゆるシエスタルーム)へゆく。
「お休みー」
「お休みー」
そして、アリカは2秒で眠りについた。
「……お兄ちゃん」
(「なんだ?」)
「私に最初に読んでくれた絵本とあの歌ってさ、同じだよね」
(「確かに元は同じだったようだな」)
そして寝るまで兄と語り合う。
「……すぅ」
眠りについたところで、彼も寝ることにした。
しかし。
(「雲の上で幸せになれたのか……かぁ」)
答えはNoだ。なんせ今聞こえている続きがそれを示している。
エレピテルの杯、遙かなる大地を潰して。
ただ歩く。全てを懸けて進みゆく。
彼はもう空しか見ない。
神がそこへ導くのだ。彼は従う、神の声に。
エレピテルの杯、遙かなる大地の果て着き。
希う。天空の町へ行くこと。
彼の願いは叶いても。
そこには笑顔でただ眠る。姫は起きない、悲しみ故。
エレピテルの杯、遙かなる大地を夢見て。
思い出す。家族との幸せを今。
もう会うことは叶わない。
全てを失いて得たか。答えは否、何も得れず。
………彼は人を助けることを生きがいとしていた。しかし、彼は姫を助けることはない。彼女はもう笑って(死んで)居たのだ。ただ死にたい。彼が町を目指している間にそれを叶えてしまった。そして彼はそこから帰る手段を失っていた。そもそも彼は目的を見失っていて、心を痛めていた。癒やしてくれる者が居れば、まだ良かったのだろうが、彼を支え、慕ってくれた者たちは、大地の上にいた。彼は絶望とともに、天空の町に佇んだ。彼の最後の言葉は。
「どこで誤ったのだろうか」
である。
「コーキ」
うん?
(「どうしたんだ?メルシャン」)
「……4割に満たないとはいえ侵食が三割を大きく超えてしまったようだ。大丈夫だろうか?」
侵食、とは魂の侵食のことである。メルシャンは魂の侵食に苛まれている。それを止めるためには、聖癒属性の魔力を浴び続ける必要がある。常に浴びるには限界があるが、幸いというか何というか、侵食はだんだん弱くなっている。
(「そのままである限り大丈夫だと断言できる」)
「…ほう?」
はっきりと言える理由は簡単だ。
(「俺もシャリアにそのぐらい侵食しているからな」)
「そうか、これからは一層気をつけねばな」
そう、気をつけるべきなのだ。
侵食の限界は近いのだから。




