仕事は知性ある限り苦痛を伴う…?
いつもの転移と違う。酷く重い感情が押しつけられている。使命感、というのだろうか?それにしても、重い。
魔龍。それは王。今や未来のものとさえ言えるほど精緻な文明機器の溢れる栄えた都市を一望できる塔、その最上階に封印された妙齢の女。
に見えるだろう……か。老婆には見えないと思うが、いかんせん鏡もなければ価値観も足りない。
「これとは悠久の付き合いになるだろう、だが慣れぬものは慣れぬ」
妾に名前はつかない。王の名を冠することのない最上位の魔龍。
父は轟吞。母は烈明。その娘の名は無く、それこそが魔力の神を封じる者。
無銘王。いつか、そう呼ぶ人が現れることだろう。神を死ぬまでその身に封印した、恐ろしき魔龍として。うまく事が運べば、だが。
「永劫、神に悟られてはならぬ」
己が主を身に宿すため、口を閉じ瞑想などしていては自我ごと飲まれる恐れもある。
そもそも主は異常に強いが、それは魔力の強さだ。
「魔力を持たぬ肉体ばかりの魔龍である我こそが、この神を封じることができる」
この鱗が魔を吸い、輝きと引き換えて散らす。だから私に魔力はないようなものなのだ。神が奪える魔も少なく、そもそも少ない魔を奪うための魔も与えられておらぬ。
故に魂で攻められているわけだが…
「はて、そろそろ時が来るか?」
彼女が来るときも近いだろう。
「我が前に新たなる混沌が現れるとき、すべてを始める引き金になる」
「今のは…?」
(「すごい話だったね」)
どこかで干渉が起きたらしい。いつかに聞いていた轟呑王の娘、魔力の神の封印者。
「さて、怒られるよなぁ」
(うん、ごめんね?)
(「別にいいさ。それより、今の…」)
(私には見えてないけど、でも干渉の原因はわかってる。話しておきな、収穫としては無視できない)
頭を抱えさせる真似は避けた方がいいと思うんだが…。
「オルタナティブ」
「お、やっとか。急ぎなよ~」
一瞬顔をしかめたあたり、彼女にも思うところがありそうだ。
「そうする」
物陰で交代する。
「気が重いなぁ」
(「口だけだろ、シャリア」)
「まぁね」
エレベーターで15階へ向かう。
「そろそろ急に出張るのを辞めてくださいませんか!?」
そしてこうなる。
はい。わかりやすい説教が始まったのでハザクの用意した椅子に座ることにしたらしい。
「ごめんなさい。でも、今回は割と私のせいな魔物被害があったし、変な収穫もあったからその話をさせて」
「収穫?」
「無名の王、魔力の神を封印している龍と交信した。混沌の神が自分の前に現れたとき、すべてが始まる引き金となる」
「………………………」
頭抱えて机に伏した。そりゃ、そうなるだろうよ。
(「さて、こっからどうする気だ?」)
(「疲れたから、寝よう……?」)
そう来たか…。じゃあとりあえず俺も寝るか。
半分寝落ちしかけたところで、落ち着いたらしい。
「寝ますか…」
「いや、まだ寝てないし、もういいよ?で、いない間に何かあった?」
「特に。それより、自分のせい、というところを詳しく聞きたいのですが」
あ、そうだった。その話してなかったね。
それにしても、かなり不安そう。その不安が敵注するんだよねぇ…。
「…………幻影の花から避難したとき、治療魔法の実験をアトヒナントカ?なんか、オークみたいなあいつらで実験したんですよ。そいつが聖癒を使って暴れ回るキメラになってました」
「えー………あー………あー………………?」
一時的に知能レベルが低下してる?
「誰もこれを監督不行き届きとは思わないですよね。とはいえ、混沌の神は…」
「彼女もなんか無意識的に一枚かんでた感じ。というか彼女からキメラになったの聞いてたんだけど他も巡ってるうちに忘れちゃってさ…」
「はいはい、もうわかりました。これ以上情報出されると精神的につらいのでやめにしましょう」
そうだね……辛そう。
「うん、最低限これは必要かなって。この情報手に入ったのも想定外だし」
「そういうところだよ~っ、あれ?」
素が出た?周りも本人も驚いてる。
「……………………………母親になってから、初めて出た。出せた。戻った」
「…」
出せた、って出せなくなってた?なんかあるんだねぇ。聞いても答えてくれないだろうから聞かないけど、とても気になる。
「ところで、これからは…?」
「動き出すという発言があるとはいえ、すでに何か起こっている公算は高いです。魔龍の王たちと連携し、本格的な眷属同士の戦争を起こすでしょう」
戻った。そしていつの間にか隣にジェスターレイがいる。
魔法で伝達してるね。そして紙をクラシェさんに渡す。
「ロザリオ集合、戦争開始、ってことかな?」
「恐らくは。ふむ、なるほど?まずは王たちに会ってきていただきます。普段なら護衛が必要でしょうけど…」
ただ手放したように渡された書類に目を流すと、この前確認した地図、この国がある大きな大陸の中央やや右下に、魔龍の王都があり、そこに向かい異変に対処するように、とある。
どうしようか…。
周りからは不安そうな目で見つめられてる。
(「集団渡されても逃げづらいだけだよな」)
「確かにね?ねね、誰かロザリオ一人手配してくれない?」
「そうね、レイ?あなたやリーナはどう?」
「俺は時空属性が使えないぞ?後リーナはさすがにやめとくべきだ。今回はデックじいさんを振り回すので良さそうだぜ?」
「予定知ってるんだ?」
詳しくつついてみると、どうも情報部に予定なしの予定が渡されているらしい。逆に予定はくれないのだとも。何してるのかは知らないけどなんか考えなくても問題ない気がする。
「あのじいさん律儀なんだよな、孫にもある程度引き継いで欲しかったぜ」
「これでも律儀に報告書も始末書も書きますが~?」
あ、ナティだ。鎧つけてる。
「うちのイヒカが暴れたので行ってくる」
「おう、気をつけろよ」
「帰還は義務です」
「任せて!」
小言を言い切る暇はなかったらしかった。苦笑をこぼした二人を横目に、話を聞いていたらしいナティがわざと落とした通信機を拾い、起動する。
『誰だ?』
「シャリアです」
「俺もいるぜ、じいさん」
『ふむ……?』
何か頼み事があることだけはもう理解した様子。
「戦争のために龍王に会いに行くの。足手まといにならない護衛が一人欲しい。護衛と案内をお願いします」
『わかった。しかし護衛一人とは…』
「いやまずバッサリ切りすぎだろ嬢ちゃん」
えへ。
『では、そうだな。今すぐ向かうか?』
「その方針だ」
『なら今通信機越しに彼女を迎えるとしよう。空よ、聖邪混極をこの場に招け』
「また行ってきます!」
とりあえずゴー!
ついた。で、どこ?目の前の扉が気になる。
「……これは?」
「この扉の先には魂の生まれる12の地が一つがある。つまりこれはその封印というわけだ」
明らかに聖なる力を感じるね。というか見える。教皇やら聖人やらが一枚噛んでたりするんだろうか?
「彼の都市の中では魔法の使用は大きく規制される。いつでも魔法で帰れる今までとは大きく異なるのだ。注意するのだぞ」
その扉を眺めて何をしていたんでしょうか、この執事のようなおじいさん。
「神の魔力の作成と鎖の作成は許される?」
この人は、どこか冷たい視線を私に向けている。でも、なんとなく悪い気はしない。強いていうなら、あまりにも上位者に感じる。下手をすれば、ムラナより。
「問題ないぞ、むしろそうして魔力を減らしてくれ」
「うん、わかった。行こう」
手の甲を上に向けて、手を取れといわんばかりに差し出す。
「天羅よ、混沌よ、始めよう……王都で、また会おう」
不思議な魔力で、転移する。
「え…」
それは機械仕掛けの町だった。一つの機械なのだ、ビル一つ一つが。中空を通すレールがビル同士をつなぎものを運び、大きなガラス筒が各所から伸び、レールと衝突せずに大空へ舞えるように導いている。
未来都市という言葉がふさわしい異様な町に住む者たちも、また異様。
なんせ魔龍だからね…?
「この町に転移することができる場所もそう多くない。そのうち一つがあの場所というわけだな」
ひたすら転移しないように伝えてきてる気がする。
「自分で転移しないようにってことだね?それにしてもすごい大都市だね」
「あら嬢ちゃん、話がわかるじゃないの」
ふっつーに話しかけられた!?黄色の鱗を持ち緑の宝石の装飾品を大量につけた……セレブ魔龍?
「ふぇ!?こ、こんにちは!」
「ええ、こんにちは。そろそろ夕方になる頃ね。夕日が楽しみでたまりませんわ。ところで人間お二方、何のご用でしょう?」
「王に会いたいから来た。天羅と混沌、その系譜の人間が面会を求める意味もわかるだろう?」
「それも、そうね。もののついでに伝えてみるとしましょう。今の調子ですぐ届くとも思えないけれど」
「どうせ行く場所も多い。時間がかかるのは念頭の上だから安心してくれ。あと、謁見前に一度は帰る」
「相も変わらず自由ねぇ」
あ、この二人(?)は知り合いなのか。話の意味ばっかり考えてたわ。
「とりあえず、そ……?危ないぞ!」
「ふぇ?あ、魔物!」
人型のめっちゃぷっくーした女の子。サキュバスですかね?鎖でばちこんと頭をたたいた。あっさり気絶。
「本当に護衛の意味が薄い」
「もう私は強いの。お兄ちゃんのおかげだけどね」
本当にこの鎖が、というか鎖として保管された魔力が私のすべて。
「改めて、あっちに行くぞ」
「うん、わかった」
示したその先にあるのは……いろいろだな?とりあえずトレーニング場が目を引く。
歩き出すデックについて行く。むしろ、ついて行かないでどうするのかと。




