前編 セブン登録
目を開けて最初に見えた風景は、真っ暗で何も無い空間。
何度か瞬きをして、自分が確かに目を開いている事を確認した。
『ようこそ、My lucia Worldの世界へ』
正面に映し出される白抜きの文字と合成音声に、間違いなくゲームの世界に入れた事が分かり、私は一息ついた。
VR MMO。
ゲームにほとんど触れてこなかった私は聞いた事がある様な無い様な、程度の認識だったが、近年爆発的に進化し、普及したゲームシステムらしい。
“MMO”は『マッシンブリ・マルチプレイヤー・オンライン』の略で、自らの分身となるキャラを作り出し、オンラインで多人数が同時に同じ世界のRPGを楽しむゲーム。
“VR”は『バーチャル・リアリティ』の事で、専用端末を使用し、自らをバーチャルの世界にいるかの様に錯覚させるシステム。
と言っても、近年の技術の発達で、それは五感までもを再現するに至っているらしい。
そんなVRMMOの中で、今一番人気があると言っても過言では無いのが、この『My lucia World』というゲーム、略して『MLW』、もしくは『マルチ』と呼ばれる。
訳あってこのゲームを始める事になった私は、戸惑いながらも目の前に映し出される文字を追う。
『あなたの分身となるキャラを作ります。
性別の選択をしてください』
私は迷わず『女性』を選択し、続いて【種族】【身長】【体格】【髪型】【髪色】【目の色】…と選んで行く。
「えぇと、種族は【人族】で、身長は少し低めに…」
『このキャラでよろしいですか?』
目の前で私と向かい合う、VRの【私】は、銀髪をポニーテールにして、大きな青い瞳に小ぶりな唇で私に微笑みかけている。うん、色はともかく、結構似てる。
私は満足気に頷き、『Yes』を選択する。
『続いて、メインジョブとサブジョブを選んでください』
ジョブとは『職業』の事。
MLWのゲームは、魔法や魔物の出るファンタジーな世界で好きな様に暮らすのがメインだ。
強くなって魔物と戦うも良し。街の中で物作りに励むも良し。農業などに精を出すのも有りだとか。
そんな中、職業も無数に存在する。
初期で選べるジョブは戦闘職と生産職各5種類ずつで、その後レベルが上がったり、特別なスキルを手に入れたりすると、次のジョブが解放される。そしてそのジョブを手に入れるには、ジョブポイントというものが必要で、それはイベントやレベルアップで手に入るらしい。
セット出来るジョブは基本、メインとサブの2種。レベルアップ時にはその2つのジョブによってステータスが上昇する。また、ジョブの入れ替えは随時可能で、その他のジョブも控えとして持っておく事が出来る。
そしてそんな初期ジョブだが、
【戦闘職】
剣士・拳士・狩人・魔法使い・治癒士・盗賊・道化師
【生産職】
鍛冶師・薬師・石工・木工・料理人・羊飼い
以上の10種となる。
ここまでは、事前にネットなどで基礎知識を読んでいたから分かる。
特に決まったビジョンが無い場合は、最初は戦闘職と生産職を1つずつ取るのが良いと書いていた。
なので私は迷わず、【道化師】と【木工】を選ぶ。
「わっ」
途端に、目の前にずらっと数字が並んだ。
STR:8
VIT:8
INT:12
MND:10
AGI:8
DEX:12
LUK:15
「あ、ステータスか」
見慣れないアルファベットの羅列と数字だが、これもネットの基礎知識で見た。
確かSTRが筋力、VITが生命力、INTが知力、MNDが精神力、AGOが素早さ、DEXが器用さ、そしてLUKが運だった。
数字を見るに、『10』を基準値として、ジョブによって振り分けられてボーナス値が付いているって感じか。
【道化師】は運が良くて、器用で賢いタイプか。なるほど。
『初回ボーナスポイントの10Pを振り分けてください』
合成音声に促され、目の前の数字を触ると1P加算された。そうやって増やせという事らしい。
「う~ん、生命力ってHPとか防御力とかに関係したよな?これが無いとすぐ死ぬから、ここは多めに5Pと。あとは…」
『こちらのステータスでよろしいですか?』
性別:女 種族:人族
メインジョブ【道化師】 サブジョブ【木工】
STR:8+2
VIT:8+5
INT:12
MND:10
AGI:8+3
DEX:12
LUK:15
平均的なステータスになってしまったが、生きる為に最低限の準備はしておかないといけないから、こんなものか。
再び『Yes』を選択。
『それでは、名前の登録をお願いします』
名前。
ステータスの事ばかりで考えていなかった。確か身バレ防止の為に、本当の名前は入れちゃいけないんだっけ。
それならえっと、少しモジって…
『ユーザー名【セブン】。
登録を完了いたしました。
ようこそ、My lucia Worldへ。今日から貴方はこの世界の住人です』
合成音声の声の後、世界は光に包まれ、私は目を閉じた。
次に目を開いた私の視界に広がっていたのは、噴水を中心とした石畳の広場。
そこには複数の人が行き交い、その姿も性別や服装、年齢も様々で中には耳が尖っていたり、犬耳が生えている人もいる。
太陽は空高く、噴水広場には露店も立ち並んで活気にあふれている。
鼻孔をくすぐる複数の香りに、本当に五感が再現されていて、まるでテーマパークにでも迷い込んだ気分にさせてくれる。
「あ…っと、そんな所にいちゃジャマだよ」
肩口に衝撃があり、荷物を抱えた大男に促され、広場の隅に移動する。
「とと…っ」
歩きなれない石畳と靴で躓きかけ、なるほどこちらの自分の体に慣れる必要もあるのかと、妙なリアリティに感心した。
改めてステータス確認をしようと声を出した。
「ステータス」
目の前に並ぶ液晶画面にも驚いたが、自分の声にも驚いた。容姿に合った声が勝手に設定される様で、聞き慣れた自分の声とは違った。
「えっと…」
設定画面でも見たステータス数字の下に、スキルの表示があったので触ると次の文字が出た。
『スキル
【手品】【採取】【植物鑑定】』
【手品】は間違えなく【道化師】のスキルだろう。
【採取】と【植物鑑定】は【木工】か。確かに、何の植物か分かって取って来ないと作業自体が出来ない。この2つは読んで字のごとくの説明だった。
【手品】だが、『相手の死角からアイテムを取り出す』とある。うん…それは手品だな…。
準備をすればカードマジックや鳩を出す事が出来そうだ。あとでやってみよう。
あと設定画面ではなかったお金と時間の表示と、クエスト表示。
お金は初期配布金として1000G。
時間は今は13時だが、ゲームの中ではリアルの時間の5倍のスピードで進むんだとか。
そしてリアル時間で3時間に1回は休憩と取らなければ、強制ログアウトになるらしい。
オンラインゲームは掛けた時間が、そのまま反映されるからとゲーム浸りにならない様にとの配慮らしい。
私はこれから約1ヶ月はいつでもログイン出来るので、強制ログアウトに気を付けなきゃいけない人種だ。ちなみに強制ログアウトになると、4時間ログイン出来なくなるらしい。
次に、クエスト表示をタップ。
『チュートリアルクエスト
①ギルドに登録をしよう
②ギルドの任務を達成しよう
③装備品を変えよう』
①を選ぶと、地図画面と共に赤い丸が点滅し始めた。そこがギルドらしい。
何をすれば良いかさっぱり分からないので、指示されるがままに、そこに向かう事にした。
ガヤガヤとした街並みを歩くと、私と同じ様なプレイヤーと、NPCと呼ばれるゲームの住人と両方がいるのだと分かった。プレイヤーはジッと見ると、うっすらと頭上に名前が出るのだ。
それにしても、プレイヤーも住人も私から見るにさほど変わりが無い。ゲームの進化はすごいなと感心している内に、ギルドに着いた。
両開きの木の扉を開くと、長いカウンターと各所に職員らしき人が座っているのが見えた。銀行や市役所の様だ。
空いているカウンターに近付くと、あちらから話しかけてくれた。
「こんにちは。依頼ですか?」
「いや、登録に来ました」
そう答えると、心得たもので薄緑の髪の女性は頷き、ギルドの詳細と手続きを教えてくれた。
ここはいわゆる『冒険者ギルド』というやつで、ここに登録して依頼を受け、お金を稼ぐのがこのゲームの基本のシステムらしい。
「『採取』スキルをお持ちでしたら、こちらの『ラズール草の採取×10』の依頼はどうですか?」
これがチュートリアルクエストの一環の様なので、私は頷いて引き受けた。
期限はなしで、採取場所の地図までくれる親切ぶりだ。
ラズール草の採取出来る場所は、町を出てすぐの草原周辺で、強い魔物もいないらしい。私は軽い気持ちで、ひとまずこの任務を終えようと街を出た。
MMO知識自体ほとんどありませんが、書いてみたくなって短編のつもりで書き始めました。
前中後編で完結予定です。