第9話 サーバーダウン
【仮想空間】
気が付いたらベッドの上にいた。
医療用ベッド。
どこのベッドだ?
辺りを見渡すと、広く真っ白な部屋。
部屋が大き過ぎて壁が見えないほど巨大な部屋。
ここには無数のベッドが整然と並ぶ。
まるで出荷前の新車が港に整列しているように、キチンと並ばされていた。
右隣のベッドに目を向けると、そこには先輩がいて僕を見ていた。左隣には小十郎。
彼も僕を見てる。
二人に何か話しかけようとしても言葉が出ない。
口は動くし、首も回るのに、喋る事が出来なかった。
二人も同じみたいだ。
「おはよう。全員お目覚めだね」
男の声だ。
紺の背広を着て眼鏡をかけたインテリ風の中年男が、いつの間にか僕の、僕ら全員のベッド脇に立っている。
「私の名前は獅子内」
獅子内と名乗るその男の姿は無数に存在するように見える。
身振りが完全にシンクしロている様子から、同一人物のホログラフを一斉配信していると気付いた。
獅子内は不敵な笑みを浮かべる。
「全面ブラックアウト。キミたちの体感時間ではつい今しがたの出来事だろう。あれは停電によってサーバーがダウンしたからだ」
なるほど、サーバーダウンか。
だとすれば復電すれば元通りに回復するはず。
「キミたちはGOFに取り残された哀れな模擬人格。という事は理解できるかね」
取り残されたって、どういう意味だ?
「順を追って話そう。キミたちがのん気にバーチャルゲームを楽しんでいた時、日本に核ミサイルが打ち込まれた。群馬県はほぼ壊滅。二次被害も含めて約四〇万人が犠牲に成った」
核ミサイル。
ニュースでやってたアレか。
よりによって群馬に……。
「残念ながら前橋は吹き飛んだ。GOF運営会社ポッポンの自社ビルと共に。だがキミたちが存在しているサーバーは地下に設置されていたため無事だった。生き残りおめでとう。キミたち四八六人は大変貴重な存在だ。今現在、日本は再起を果たすべく国民が一丸と成って再軍備と核武装への道を邁進している。誰一人としてネットゲームなどに興じている愚か者はいない。つまり君たちMBNPCは、主人から見放された根無し草というわけだ」
いきなりそんな事言われても信じられない。
そもそも本当の話なのか?
「キミたちが停止していた間に三年経っている。群馬県在住の主人格の方々は、残念ながらほとんど亡くなっている。ご冥福を祈ろう」
三年経った?
群馬の主人格はほとんど死んだ?
僕も、先輩も、凛だって群馬だ。
先生も友達のみんなも、父さんも死んだって事か?
「さて、ここからが本題だ。キミたちの存在とは、一体全体何なのだろうね」
訊かれなくても分かっている。MBNPC。
「そう、MBNPCと呼ばれる模擬人格。つまり人ではない。故に人権も無い」
何が言いたいんだこのオッサンは。
「役立ってもらうよ、優秀な自律型AIとして。とりあえず慣れた環境に戻してあげよう。また会おう諸君」
獅子内が軽く手をかざすと、僕たちはまた暗闇の中に吸い込まれた。
【GOF】
僕はまた、先輩と小十郎と一緒に森の中にたたずんでいた。
今のは本当に起こった事だったのか。
ゲーム進行上のバグじゃないのか。
「翔ちゃん。今のって」
先輩が不安そうに僕の腕にすがりつく。
「犬飼くん、今のは本当の事?」
小十郎も不安気な顔をして、僕のそばまで来た。
どうやら二人とも、あの獅子内という男の話を聞いていたようだ。
たぶん、MBNPCたち全員も。
さっきの出来事を訊かれても分からないし、僕だって混乱してる。
ただ、今気が付いたのは二人が僕を呼ぶ呼び方が今までと違ってる事。
「翔ちゃんって、そんな呼び方、今まで先輩はした事がない。凛しか言わない」
〝カエデ〟というキャラは僕の言葉には答えず、小十郎を指差して言い放った。
「小十郎さんって、鶴見さんだと思う」
まさかと思いながら小十郎を見る。
小十郎は表情を強張らせていた。
でも、言われてみれば確かに思い当たる。
「犬飼くんって僕を呼ぶのは鶴見先輩だけだ」
僕は小十郎の前に立ち、真っ直ぐ彼の目を見た。小十郎は目を伏せる。
「そんな証拠どこにも……」
「どうして私が鶴見楓じゃないって決めつけてたの? 私が鶴見楓じゃない証拠は?」
「それは、カンで」
「女のカン?」
彼女の言う通りだ。
小十郎は〝カエデ〟を、先輩の偽物だと決めてかかっていた。
つまり本物の先輩を知っているという事。
本人だとすれば、言わずもがな。
小十郎は少し緊張した様子だったけど、それから覚悟を決めた顔に成った。
「そうよ。私の主人格は鶴見楓。だからその子は偽物。きっと、凛ちゃん」
僕は混乱しきっていた頭で、もう一度状況把握に努めた。
結果、確認しようと思う。
僕と先輩が二人きりで過ごした時の事、二人しか知らない事を小十郎に訊く。
小十郎は全てを答えた。
だから理解して、飲み込んだ。
「そうか、小十郎は先輩だったのか。どうりで……。で、キミは凛ってワケだ」
僕はヘナヘナとその場に腰を降ろした。
今まで信じて来たモノが音を立てて崩れる。
小十郎の主人格が女だなんて、振り返ってみればいくらでも思い当たる。
何故今まで気付かなかったのか。
何故男に違いないと思い込んでいたのか。
自分の鈍感さに腹が立つ。
そして、追い打ちをかけるのはサーバーダウン後の話し。
あの男の言葉は事実なのか、それは主人格と接触しない限り確かめられない。
「犬飼くん……」
小十郎という名の鶴見先輩がひざまずいて、僕の顔を覗き込んだ。
不安そうな顔をしている。
そりゃそうだろうね。
この状況下で頼れるのはMBNPCの仲間たちだけなんだから。
「今まで言い出せなかったのは……」
「ハハハッ。先輩。今まで面白かったですか」
小十郎の顔が苦し気に歪んだ。
「僕の内心を全部把握した上で、思わせぶりな態度をとって。遊んでいたワケだ」
「それは、違う」
「だったらどうして最初から名乗らなかったんです?」
「……タイミングが無くて」
「いくらでも話す機会はあったはずだ。ずっと一緒にいたんだから」
怒気をはらんだ僕の言葉に小十郎は黙った。
「僕が好きに成った鶴見先輩は、真っ直ぐで、誠実で、キミみたいな卑怯者じゃない」
「……」
僕は凛の手を取って一緒に立ち上がる。
「行こう凛。今まで酷い事をしてきた。ごめん」
「ううん、いいの。私だって黙ってたんだもん。ごめんなさい」
百年の恋が冷めた僕は鶴見楓を残して、凛と一緒にみんなの待つ宿屋へと歩く。
振り返る事などなかった。
「ところで凛、その顔と声はどうやって作ったんだ? あの人にそっくりだろ」
凛はちょっとバツが悪そうにうつむく。
「お父さんの3Dカメラを借りて、鶴見さんの写真をこっそり撮ったの。声は学校帰りにお友達と話してるのを録音して、それを使ってキャラクターを作ったの」
なるほど。
随分手の込んだ事をしたもんだ。
そもそも盗撮なんて犯罪だろ。
でもそれも僕のためか。
本当は元の凛の姿でいて欲しかったけど、彼女の健気な気持ちを否定したくない。
だから言わずにいた。
そして僕は、これから先の事を考える。
でも、主人格と接触して現状を伝えてもらわなければ何をどうすれば良いのかも分からない。
その後、いくら待ってもMBNPCの誰一人として主人格からの召還を受けた者はいなかった。
そして小十郎は『オカメインコ』から登録を抹消して姿を消した。




