第8話 カエデ
【現実】
週末。
僕は先輩をデートに誘った。
先輩は二つ返事でOKしてくれた。
待ち合わせ場所に冬服姿の可愛らしい先輩が現れた。
その姿をを見ただけで、僕は萌え狂って倒れそうになった。
それでもなんとか体裁を取り繕って、何日も前から立てていた予定を実行する。
お互い学生だしバイトもしてないから、場所は近所の城跡公園。
緑が茂る勾配を二人でゆっくり歩いて、園内の鐘撞堂まで来た。
「犬飼くんって、戦国武将は誰が好き?」
「真田幸村でしょうか」
この場所でその質問されると、こう答えるしかない。
「ふーん。やっぱそうなるか」
先輩はちょっとつまらなそうにしてる。
でもこの辺で一番人気のある武将なんて幸村だ。
どう答えたら正解だったんだろう。
「私は、伊達がいいな」
伊達政宗か。
東北の人気武将なのは僕も知ってる。
傾奇者で、お洒落で、片目で、ゲームでも活躍してる。
先輩ちょっとミーハーだな。
「伊達の家臣の、片倉景綱が好き」
日本史で戦国時代は習ったけど、片倉ってどんな人かな。
僕はそこまで詳しくない。
「景綱はね、正宗が子供の頃から仕えてて、剣術の師匠だったの。正宗の目が腐った時に抉り取ったのも景綱」
「そうですか」
「正宗から一番信頼されてた家臣でね。自分の部下からも凄く慕われてたの」
夢中で片倉景綱の話をする先輩に僕は押され気味。
先輩って歴女ですか……。
彼女の口は喜々として片倉景綱の活躍や逸話をネット情報無しで紡ぎ出す。
片倉景綱か。
悪いけど、僕は彼を好きに成れそうにない。
それから夕方までに先輩を家の近くまで送った。
緊張してたから全然会話も出来なかったし、先輩からもあまり話しかけて来なかったけど。
僕はただ一緒にいられただけで幸せだった。
「犬飼くん、今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「相変わらず敬語だね」
「ええ、まあ」
「緊張してる?」
「いえ。……はい」
先輩は楽しそうにしてる。
男の純情がもてあそばれてる気がする。
ちょっと悔しい。
「デートして、その後は?」
先輩が何を言いたいのか分からない。
「じゃあとりあえず、ハイ」
先輩は僕の手を取って握手してきた。
すごく柔らかい手のひらの中に、ちょっとだけ竹刀ダコを感じる。
先輩らしい、可憐さの中に強さを感じる手だった。
「う……」
ダメだ、今日一日こらえてたのに。
顔も耳も、何もかも真っ赤になる。
ああっ!何かが噴火するっ!
「ふふ。犬飼くんのこんな顔見れるのって、私だけだよね」
天使みたいに、小悪魔みたいに、彼女は微笑んでる。
恋愛は惚れた者の負けって聞いた事がある。
だから僕の負けだ。
完敗だ。
「それじゃ、またね」
先輩はまるで試合に勝った時の小十郎みたいな笑顔を浮かべた。
【G・O・F】
街の宿屋で僕は七転八倒していた。
彼女の事で頭がいっぱいで勉強も手に着かない。
このままだと成績も下がる。
大学受験も失敗しそうだ。
せっかくリア充街道を進み始めたのに。
ベッドの上でよがり苦しむ僕を見ながら小十郎が笑う。
「良かったじゃないか。デートしたんだろ? 手もつないだんだろ?」
「うん。もうあの思い出をハンスウしながら僕は永遠に生きていける」
「欲の無いヤツだな。キスするんだとか、言ってなかったか?」
「無理だよ緊張し過ぎて。キスだなんて夢のまた夢だ」
「ハハハ。先は長い。焦らない事だな」
小十郎は上から目線で落ち着き払ってる。
相変らず他人事だと思ってるな。
チクショウめ。
それから僕らオカメインコは西の街に引き返して、凛が抜けた穴埋めをするためにギルドを訪れた。
「誰かシングルのMBNPCはいないかな?」
ギルドカウンターでエビさんが訪ねている時、彼女は現れた。
「今日初めてGOFに来たんですけど。仲間に入れてもらえますか?」
僕は声をかけてきたその人を見て、絶句して、立ち上がって、喜んだ。
「先輩!」
どこからどう見ても彼女は鶴見先輩だ。
顔も、声も、髪型も、瞳の色も、身長も。
「先輩? なんの事かな? ドッグ……それとも犬飼くん?」
最初から僕の本名を知ってる!
「エビさん、彼女はその……」
「ああ、ドッグの彼女か。綺麗な子だな。よろしく、俺はエビオ。キミの名前は?」
彼女は人懐っこい笑顔で名乗る。
「カエデです」
決まりだ。
鶴見楓先輩だ。
ワザワザ僕の趣味に付き合ってくれてるんだ。
正直、感動してる。
「なんだぁ。ドッグの彼女かぁ。せっかく可愛いキャラだと思ったのに。やっぱりボクこのパーティ抜けよっかな」
「まあまあ、そう言うなって。こないだ知り合ったパーティに可愛い子いただろ」
またメイビーがエビさんに諭されてる。
いつもの調子だ。
でも、小十郎の様子がなんだかおかしい。
顔が青ざめてる。
「ちょっと待てドッグ。こいつは何者だ」
小十郎は眉間にシワを寄せて訊いて来る。
僕は周りに聞かれないように、部屋の隅で小十郎と肩を組んだ。
「あの人は僕が好きだって言ってた人だ。間違いない。たぶん外見はフルスキャン」
「フルスキャンってなんだ?」
「本人の外見と声を忠実に再現したMBNPCだ」
「本人だって?」
小十郎はジロリと、殺気のこもった視線で先輩を睨んだ。
「お前、どういうつもりだ?」
「えっ、どうって言われても……」
先輩が焦ってる。
「小十郎なに怒ってるんだ。初心者なんだから優しくしてあげろよ」
「いや、しかし……」
「僕が案内します。なんでも訊いてください。こいつの事は気にしないで」
僕はムッツリ顔の小十郎の頭を抑えつけて脇にどかし、先輩に微笑んだ。
「勝手にしろ!」
小十郎は僕の手を乱暴に振りほどいて、腹を立てながらギルドから出て行った。
さては小十郎のヤツ、彼女持ちの僕が羨ましいんだな。
しょうがないヤツだ。
小十郎は不在だけど、僕らは先輩の取得技能を確認する。
「初期スキルは何を選んだんですか?」
「お料理とか、お掃除とか」
ちょっと意外だった。
先輩なら当然、剣士を選択すると思ってたから。
「ダメ?」
「いえ、そんな事はありません。でも何故ですか?」
「しょ……ドッグ君に、ご飯を作ってあげたかったから」
父さん、僕は今モーレツに感動している!
先輩は僕に手料理を作るために戦闘系スキルを選ばなかったんだ。
やっぱり両想いに成れてたんだ!
「まるで凛ちゃんが帰って来たみたいなパーティ構成だな」
エビさんも喜んでる。
「また戦闘は実質四人かぁ」
メイビーは文句を言うけど、それほど嫌がってる感じもない。
戦闘後の美味しい食事はこのパーティの楽しみの一つだったからな。
「よろしくお願いします」
僕が頭を下げたら、なんと先輩が僕に抱き着いて来た。
頬と頬が重なり合う。
「うん、これからもずーっと、一緒だよ」
せっ、先輩!なんて大胆な!ああ、目が回る。
「見せつけてくれるなぁ」
「二人だけの時にやってよ」
エビさんもメイビーも苦笑い。
MPに衝撃を受けた僕は鼻血を流して昏倒した。
目を覚ましたら、僕はベッドの上、知ってる天井。宿屋の天井。
「気が付いた?」
先輩が僕の顔を心配そうに覗き込んでる。
か、顔が近い!
「だ、だだ、大丈夫です! もうこの通り!」
起き上がった僕はブンブン腕を振って見せた。
「GOFでも気絶ってするんだね」
先輩は楽しそうに笑う。
「MPが無くなれば気絶しますよ」
僕も一緒に笑った。
「ねえドッグ。私、森まで山菜を採りに行きたい。今晩のオカズ用に」
まるで凛みたいに家庭的な事を言う。
でも先輩の手料理が食べられるなんて夢みたいだ。
森の中を二人きりで歩いた。
先輩は山菜を入れるためのバスケットを持って、ピンク色のレザーブーツ。
日焼け防止の麦わら帽を被ってる。
可愛い。
死ぬほど可愛い。
木漏れ日の中を歩く彼女は、まるで森の妖精のように思えた。
「自然の中を歩くのも、いいかも知れませんね」
「そうだね♪」
先輩も楽しそうだ。
「次のデート。吹割渓谷はどうでしょうか」
「次のデート?」
先輩はキョトンとした顔でとぼけてる。
「忘れたんですか? この前デートしたばかりじゃないですか」
急に黙り込んだ先輩はバスケットを持ったまま僕のそばに寄り添い、唇を噛んだ。
「デート、したんだ……」
またとぼけてる。
さては先輩も今になって照れくさくなってるんだな。
「ははは、だって沼田公園に行って、その後、手をつないで……」
信じられなかった。
先輩が急に泣き出していたから。
「私たち、本当に付き合ってるんだね」
「え、ええ。まあ」
こぼれ落ちる涙に驚く僕の首に、先輩は手を回してきた。
「先……」
言いかけた僕の唇を彼女の唇が塞いだ。
先輩は何度もそれを繰り返す。
驚いたし、ファーストキスは現実でしたかったけど、でも先輩もずっと僕の事を想ってくれていたんだと分かって嬉しかった。
「ずっとだよ。ずっと一緒にいてよ。約束だよ」
何故こんなに泣きながら、不安そうな顔で言うのか分からない。
「ええ、ずっと一緒にいますよ」
そう答えて、今度は僕の方から先輩に顔を寄せた。
ずっと目の前の先輩を見ていたから、近くに小十郎が来ていると気付くのに時間がかかった。
「小十郎、見てたのか」
なんて間の悪いヤツだ。
こういうのは見て見ぬフリをするのが友達ってものだろう。
「二人だけで出かけたみたいだから、心配になってな」
相変わらず小十郎はムスッとした表情だ。
一体全体、こいつは先輩の何が気に食わないんだろう。
「おい、カエデって名乗ってるそこのヤツ」
小十郎は刀を抜き、事もあろうに先輩に向かって切っ先を突き付けた。
「主人格が誰なのか察しはついてる。女々しいヤツだな」
何て事するんだ。先輩が怖がって震えてるじゃないか。
「やめろ! 何を言ってるんだ小十郎!」
気色ばむ僕を見つめながら、小十郎は刀をクルリと回して鞘に収めた。
「この身体にも不自由さを感じてたし。そろそろ潮時だな」
小十郎の様子がおかしい。何を言いたいのか分からない。
「私はGOFから抜ける。また会おうドッグ、凛ちゃん」
「凛ちゃん?」
湧き上がって来る疑問を小十郎に投げかけようとしたその時、それは起こった。
辺りが急に暗くなる。何も見えない。誰も見えない。
「なに!?」
「翔ちゃん!」
「犬飼くん!」
先輩と小十郎の不安そうな声が聞こえ、やがてそれも聞こえなくなった。




