第5話 温泉宿
【現実】
剣道部の練習をスケッチが出来なくなった僕は仕方なくグラウンド脇のベンチに座って、陸上部のスケッチを始めた。
なんで陸上部かと言うと、今まで座っていた体育館の位置からかなり距離があって、それでも遠目に剣道部の姿を見ていられる。
たまにチラッとだけ先輩が見える事があるんだけど、我ながら往生際が悪い。
仕方なく、全然興味のない高跳びの様子をデッサンしていた。
興味が無いと絵のタッチにもそれが表れる。
線が死んでる。
オペラグラスでも持って来て、ここから剣道部を覗ければいいかなとか思ってた。
でもそれだと完璧にストーカーだと気付いて、自重。
今日の放課後はそうやって過ごしていた。
部活も終わる時間になって、みんな引き上げ始めてる。
遠目で小さくだけど、先輩の可憐な姿が見れたから良しとしよう。
そう思ってたら、体育館の出入り口から先輩が顔を出した。
そこはずっと僕が座っていた場所。
先輩は辺りをキョロキョロしている。
ずっと距離を置いてベンチに座っている僕を発見すると道着と袴姿にサンダルを引っ掛けて、こっちに歩いて来る。
やばい!きっとスケッチブックの事で文句を言いに来るんだ。
逃げよう。
僕は立ち上がり、足早にその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと、犬飼くん!」
先輩に呼ばれてる。
大きな声で呼ばれてる。
終わりだ。
さようなら、僕の初恋。
僕は更に走って自分の恥から遠ざかろうとした。
先輩はあのスケッチブックを見たんだ。
僕の事を変態ストーカーヤロウだと思ってるに違いない。
先輩はずっと僕を追いかけて来る。
僕が全力で走り始めたら先輩はサンダルを脱ぎ捨てて、裸足で走って追いかけて来た。
こ、怖い。
反則だよ。
いくら女子でも普段から鍛えてる人に駆けっこで勝てるワケない。
僕はとうとう先輩に腕を摑まれて、強制停止。
痛い、流石の握力。
校庭の隅で、僕も先輩も少し息を切らせていた。
「逃げるの、男らしく、ないんじゃない?」
あれ?怒ってるようには見えない。
怒ってないのかな。
「実は、犬飼くんに一枚、描いてもらいたい、イラストあるの」
まさか絵の依頼を受けるなんて思ってなかった。
描いてもらいたいって、まさか先輩の絵を描かせてもらえるとか?
「オカメインコのイラスト、なんだけど」
なんで僕の周りの女の子たちはオカメインコ好きが多いんだろう。
謎だ。
「鳥が好きだから。簡単なので小さくていいの。お願いできるかな」
「ええ、まあ」
モチーフに出来るオカメインコは隣の家で飼われてる。
「アクリル画でいいなら」
「うん、じゃあお願い」
先輩が嬉しそうに笑ってる。
天使みたいな笑顔だ。
「私、犬飼くんの絵って、線が綺麗だから好きよ」
絵の事だけど好きって先輩から言われた。
有頂天になる!落ち着け僕、舞い上がるな。
ダ、ダメだ。
もう限界!
「急いでるので失礼します」
僕は足早に先輩から離れた。
顔が真っ赤に成ってるのが自分でも分かる。
こんな顔を先輩に見られたら恥ずかしさのあまりに絶対自殺する。
その日の晩。
僕は小さめのオカメインコのイラストを丁寧に描いた。
【G・O・F】
オカメインコの平均スキルがLV8に成ったから今まで拠点にしていた西の田舎町を出て、この世界でもそこそこ大きい街『グラスハーバー』へやって来た。
鉱物資源が採取できる鉱山の街で、周辺では温泉が湧いてるから大抵の宿屋で入浴できる。
ファンタジーの世界観なのに、街のあちこちに和風温泉宿屋が在る。
開発元が日本の会社だから、この辺はデザイナーの趣味なのかもしれない。
お金には多少余裕があるし、少しだけいい感じの宿屋を見つけて二部屋とった。
宿の部屋は畳敷き。
世界観崩れるから僕は感心しないな。
「露天風呂だそうだ。せっかくだから晩飯前に入ろう」
エビさんに誘われた僕は部屋で板金鎧を脱ぐ。
戸棚を開けたら浴衣が入っていた。
郷に入ればなんとやら。
とりあえず着ておくか。
「どうした小十郎、風呂に入ろうぜ」
「オレはいい。ここにいる」
小十郎のヤツ、どれだけ誘っても風呂に入ろうとしない。
「入らないと体に汚れが溜まって病気にかかり易くなるぞ」
「ふーん。ゲームなのに病気になるのか」
「GOFでは再現されてるんだ。病気で能力値も下がるから気を付けた方がいいぞ」
「それでは食事の後に入る。先に入ってくれ」
男同士の裸の付き合いってのも、あると思うんだけどな。
まったく、どこまで恥ずかしがり屋なんだよ。
大浴場の入り口『男』と『女』のノレンがかかってる場所に来たら、通路で浴衣姿のメイビーがひっくり返ってて、同じく浴衣姿の凛が必死に抱き起こしてる。
「大丈夫メイビー? しっかりして!」
「どうしたんだ?」
メイビーが温泉の脱衣所に入った途端、鼻血を噴いてひっくり返って、凛がとりあえず部屋に運ぼうとしていたらしい。
「おっぱい。いっぱい……」
目をまわしながらブツブツ言ってる。なんなんだこいつは。
仕方ないからエビさんがメイビーをおんぶして、女子部屋まで運んだ。
「メイビーって、ちょっとヘンなんだよ」
「どんな風に?」
凛が言うには、脱衣所に入るなり「ウヒョー♪」とか言って興奮して。
でも自分はモジモジして脱ごうとしなかったそうだ。
なんか怪しい。
「この前、別の宿屋にいた時もね、おかしかったの」
メイビーは宿屋の部屋で素っ裸になって、手鏡を使って自分のお尻を見ながら「ス、スゲー。こんなんなってんだー」と、言っていたらしい。
畳の上で目を回したままひっくり返ってるメイビーを三人で見下ろす。
「メイビー。たぶん、主人格は男だ」
「僕もそう思います」
「ええええっ!」
凛が慌ててる。
ずっと一緒にいたんだから気付けよ。
鈍感だな。
「凛ちゃん、今までメイビーに何かされた事ってあるかい?」
凛は身長の割りに大きめな自分の胸を、浴衣の上から抑えた。
「寝てる時に胸を揉まれたけど。ふざけてるだけかと思ってた」
その話を聞いた僕はメイビーが大切にしている魔法の杖を叩き折って、更に本人を浴衣姿のままロープで縛りあげて、部屋の天井に吊るした。
「ドッグ、ロープワークの手際がいいな」
「斥候スキルでロープワークがあるんですよ」
「しかし、亀甲縛りとはな」
エビさんがナニを言ってるのか分からないけれど、とりあえず完成。
「ナニするんだ。降ろせよぉ!」
五分後にMPが回復したメイビーが目を覚ましたから、三人で小一時間尋問して、とうとう主人格は男だって白状させた。
「悪かったよぉ。ちょっと見てみたかっただけなんだよぉ」
なんでも北海道の田舎に住んでる中学生で、保護者フィルターのせいでネットのエッチ画像を見れないから、女性の裸見たさにGOFに参加したとの事だった。
もう凛にセクハラ行為をしない約束をさせてから降ろしてやる。
自分の体を見て興奮するのは、まぁ他人に迷惑かけないから許そう。
健康な男子として、ちょっと気持ちは分かるし。
でもメイビーはゲーム上あくまで女性キャラだから、風呂に入るのは女湯。
なんだか面倒な事になって来たな。
メイビーのせいですっかり風呂に入るのが遅くなった。
エビさんは腹が減ったから先に食事にするとのことだ。
僕は一人で大浴場へ来た。
露天風呂は好きだし、ちょっと嬉しい。
素っ裸になって湯煙の中を進んだら、小十郎が先に来てて風呂に漬かってる。
「さ、先に入ったんじゃなかったのっ!?」
「うん、ちょっとゴタゴタしてて。後で説明するよ」
恥かしがり屋の小十郎は僕が入って来て慌ててる。
男同士なんだから気にするなよな。
「うーっ……」
僕は爺さんみたいな声を出しながら湯に入る。
ちょっと熱めの湯加減が肌にピリピリして気持ちいい。
肩まで漬かった僕は、小十郎と一緒に星空を眺めた。
仮想現実だけど、綺麗だ。
「綺麗だな」
「え?」
「星がさ」
「あ、ああ。星か。そうだな」
小十郎とは未だお互いの話をしていないから、どんなヤツなのか詳しく知らない。
ましてや現実のこいつがどんな生活しているのかなんて見当もつかない。
でも僕は小十郎の事をなんとなく気に入っていた。
礼儀正しくて、戦い方も正々堂々としている。
いいヤツだなと思う。
なにより一緒にいると落ち着く。
人間的に波長が合う感じがする。
「剣道、好きなのか?」
珍しく小十郎から話しかけられた。
そういえばこいつはリアルで剣道マンだったな。
「剣道が、というより、剣道をしてる人が好きなんだよ」
「ふーん」
小十郎はいいヤツだと思うし、牛尾なんかよりよっぽど信頼出来る。
本名出さなきゃ身元バレもしないだろう。
「好きな人がいるんだ。その人が剣道やってる」
「ふ、ふーん…… すす、好きなのか」
「うん、学校の一コ上の先輩。あ、僕は現実では高校生。小十郎は?」
「オレも高校だ」
「そうか、同世代で良かったよ」
長湯してるからだろう。
小十郎の顔はかなり赤くなってる。
「い、いつから。そそ、そいつの事が好きなんだ?」
そこまで突っ込んで訊かれると思ってなかったけど、別にいいか。
正直に話そう。
「インターハイの時。ウチの学校で剣道の地区大会の試合があったんだけど。その人、決勝でギリギリ負けちゃって、でも他の女子部員たちも負けてたから、泣いてる子たちを励まして全然悔しそうにしてなかった」
「それは、女子部長の務めだったから…… じゃないのか?」
「そうだろうね。でもその人は後から、校舎裏の杉の木の陰でこっそり泣いてたよ」
「見てたの!?」
「うん、なんか気になって……。この人は本当に、真剣に剣道に打ち込んでるんだなって思った。凄くカッコイイと思ったんだ。好きになったのはたぶん、その時から」
僕が話終わる頃には小十郎は心配になるくらい顔を真っ赤にしていた。
「小十郎、そろそろ上がらないとのぼせちゃうぞ?」
「ああ、うん。ドッグが先に上がってくれ」
「僕はさっき入ったばっかりなんだけど」
「いいから先に上がってくれ。頼む」
小十郎はどうしても僕を先に上がらせたいらしい。
意地を張る気も無かったから僕はさっさと湯船から上がって脱衣所へ向かった。
脱衣所の隅に自販機があって、瓶入りのコーラとかイチゴ牛乳とかを売ってる。
もうこの街ではなんでもアリか。
ファンタジー設定完全無視だな。
でもイチゴ牛乳は好きだから飲んでたら、やっと小十郎も脱衣所に入って来た。
「小十郎、イチゴ牛乳お勧めだぞ」
僕は腰に手を当ててゴクゴクする。
「もおっ! 先に部屋に戻っててよ!」
叫びながら小十郎はまた浴場に引っ込んじゃった。
なんかオカマっぽかった。
ホント、ヘンなヤツだな。




