第18話(最終話) 起動
記憶融合が終わった。
「ドッグ。今まで良く、二人を守ってくれた」
翔一は僕の顔に当たるデュアルカメラを見つめながら微笑んだ。
彼の身体から力が抜け、人形のように崩れ落ちる。
地面に落ちそうになった翔一を僕は抱き留めた。
『翔一、もう動けないか?』
記憶融合した後の僕は、彼の身体が限界である事を良く理解していた。
「僕は満足……凛と先輩……二人とも、抱いちまえ」
『ああ、そうするよ』
翔一は最後に笑う。
「やっぱりキミが……羨ましい」
僕の硬い腕の中で、犬飼翔一は死んだ。
翔一の亡骸を抱えて僕がエリア九〇のサーバーを振り向いた時、指揮車に装備された滑空砲が起動した。
主人格連盟のメンバーたちを吹き飛ばし、砲弾はエリア九〇を貫通する。
バリバリとショートする音と黒煙を立ち上らせ、サーバーは沈黙した。
『何をする!』
『エリア九〇は破棄する。全機、反逆者を排除せよ』
妨害電磁波発生器の稼動限界時間を待っていたのだろう。
亀田二佐から主人格連盟と、記憶融合済みの僕と十壱号を攻撃しろとの命令が下る。
十機の機動歩兵たちのガトリング砲が一斉に火を噴いた。
『何だと! やめ……――』
亀田二佐の声を聞いたのはそれが最後だった。
「海老名さん斥候隊からです! 陸自のヘリが向かって来ます!」
主人格連盟の隊員が大声を上げた。
「くそっ完全融合の時間が無い。すまん! 我々は退く!」
主人格連盟の面々はワイヤーを降ろし、高速道路から下道に待機していたワゴン車へ向かう。
海老名さんは叫んだ。
「望みを捨てるな!」
帰る場所を失った僕ら十二体の機動歩兵は一度原隊へ帰還した。
装甲指揮車とサーバーを守りきれなかった事を理由に謹慎処分を受ける。
場所はGOFサーバー内部だった。
ファンタジー世界に逆戻りした僕は囚人服姿で城の地下牢に繋がれ、一切の食事を与えられずに数週間を過ごしていた。
エビさんと先輩も、同様の扱いを受けているはずだ。
延々と続く孤独感に襲われ、それでも死ぬ事が許されない不死の身体。
改めて、自分が人間ではない〝NPC〟という存在である事を思い知らされていた。
「凛……」
牢につながれて何週間が過ぎただろう。
僕はいつも、凛の面影を想い描き、なぞっていた。
サーバーが物理的に破壊されてはどうしようもない。
凛は消滅した。
彼女は現実で死に、仮想現実でも死んだ。
何故彼女が二度も死ななければならなかったのか。
何故助けられなかったのか。
そればかり考えていた。
凛と一緒にメイビーも消えただろう。
エビさんも僕と同様、現実と仮想現実の両方で家族を失っている。
これから先、僕らMBNPCがどう扱われるかは分からない。
主人格連盟の活動が上手くいけば、あるいは解放されるかも知れない。
でも下手をすればおそらく僕らは死刑、つまり消去されるだろう。
死んであの世に行ったら、僕は翔一と融合するのだろうか?それとも別の魂として扱われるのだろうか?
いや、ただデータとして消えて無くなるだけの事かも知れない。
それからまた数週間が経った。
僕がつながれている地下牢に足音が響き伝わる。
誰だろう。
「ドッグ、無事だな」
「エビさん。どうやってここに?」
「すまん、あまり時間が無い」
エビさんは携帯端末を取り出し、ニュース記事を僕に見せてくれた。
『総理及び閣僚の裁判開始』
『和平交渉再開』
『日米安全保障条約、破棄へ』
『大企業による自治権要求が活発化』
そう見出しに書かれていた。
主人格連盟の活動は意味があったらしい。
これから先の世の中がどう動くかは分からないけど。
「上手くいったみたいですね」
「ああ、だがMBNPCの存在は闇に葬られそうだ。先進技術開発機構の力が思いのほか大きい。このまま軍事利用され続ける公算が高い」
僕はうなだれた。
とりあえず僕の事はいい。
何とか生き延びて見せる。
でも先輩にだけはこれ以上戦いを強いる事を避けたかった。
「実は一つキミに提案がある」
エビさんは片手を挙げ、合図した。
牢獄内にまばゆく光が広がる。僕が眩しさに目を伏せ、再び目を開くと、そこにはあの女性〝水野さん〟がいた。
「こんばんは、ドッグくん」
水野さんは相変わらず女神のような微笑を浮かべている。
「俺は水野さんの助けでエビオを回収出来た。メイビーも主人格に戻った。今の俺は外部からのアクセスだ」
「えっ、メイビーも戻った?」
僕は驚きを隠せない。
メイビーは破壊されたエリア九〇にいたはずだ。
「水野さんがエリア九〇の残骸からサルベージしてメイビーを復活させてくれた。完全ではないがな」
そんな事が出来るのか。
水野さんはいったいどこまでの事が出来る人なんだろう。
でも、メイビーのサルベージが可能なら凛も救えるはず。
「水野さん、凛もサルベージ出来ませんか? 助けてください。お願いします!」
僕は水野さんに頭を下げた。
「そう言うと思って凛さんのデータも復元してあるの。もうそこにいるわ」
水野さんが指差したのは牢獄の隅。そこには確かに、凛がいた。
「しょうちゃん」
凛が笑ってる。
僕を見て嬉しそうにしてる。
「凛……」
僕は彼女に寄り添った。
頭と、首と、右肩から右腕まで。
そこまでは復元されていた。
「残念だけど彼女の復元率は一〇%程度。身体も知性も、以前の一〇分の一よ」
それでも構わない。
凛がこの世に存在してくれさえすれば、それで良かった。
「そうだ。僕だ。翔ちゃんだよ」
「しょうちゃーん」
右腕だけで凛は僕に抱きついてきた。
僕も彼女の少ない身体を抱き寄せる。
「ドッグ、キミには戻る主人格が亡い。水野さんに回収してもらうべきだと思う」
予想外のエビさんの言葉に驚き、僕は水野さんを振り返った。
「そう、私が連れて行くわ。もし良ければだけど」
急な提案に僕は戸惑う。
「連れて行くって、どこなんですか?」
「月よ」
無人に成っているはずのあの場所にこの人は住んでいるらしい。
とんでもないな。
でも現実に肉体を持たない存在ならそれも可能かもしれないと思い、僕は納得する。
「あの月面基地ですか」
それほど驚かない様子の僕を見て水野さんは満足したようだ。
「そこで私を手伝って、働いて欲しいの」
「どんな仕事ですか?」
「色々な場所で、色々な情報を集めてもらうわ」
「情報収集ですか。ちょっと不安です」
「あなたは素直で正直ね。不安なのは解るわ。でも少なくとも、あなたを無理矢理戦わせる事は無いわ」
この人には以前助けられている。
それに戦いを強制しないと言っている。
だったら迷う必要は無いんじゃないかって思った。
「分かりました、お願いします。僕と、凛と、先輩を連れて行って下さい」
その言葉で水野さんの表情が曇った。
「そうしてあげたいけど、連れて行けるのは一人だけ。あなたを連れて行こうと思うの。小十郎さんと凛さんには諦めてもらうわ」
何を言ってるんだこの人は。
凛と先輩を見捨てて、自分だけ安全な場所に僕が行けるとでも思ってるのか?
「でも今の凛は一〇%ですよね。容量は少ないはずです。だから僕じゃなく、なんとか先輩と凛を連れて行ってもらえませんか?」
それでも水野さんは首を縦に振らない。
「連れて行けるのは一人が限界。どうしてもその二人を連れて行こうとすると一〇%分定員オーバーなの。もう一度ここへ回収しに来るのは……難しいでしょうね」
一人だけしか連れて行けない。
僕はその条件に納得がいかない。
水野さんにも何か都合があるのかも知れない。
でも、どうしても凛と先輩だけは救いたい。
「そうですか。じゃあ凛を連れて行けないのは最初から分かっていたんですよね? だったら何故わざわざ彼女を復元したんですか」
「ドッグ……」
少し困った顔を見せる海老名さんの隣で、水野さんは穏やかに微笑む。
「あなたがどう決断するかを知りたかったの。察しの通り、私は神でも仏でもないわ。知りたい事への欲求で動く、複製人格としては出来そこないの存在よ」
水野さんは開けっ広げに自分を評した。
だから信じようと思う。
いや、信じたい。
「何か方法はありませんか? 先輩と凛を、お願いします。何とか……」
「しょうちゃん♪」
凛が無邪気に笑う。
僕に抱きつく。
彼女を見捨てるなんて不可能だ。
僕は凛の手をつかんで強く握り締めていた。
見かねたのか、水野さんは目を閉じ息をついた。
「方法としては、小十郎さんと凛さんの二人を合成して一〇〇%にする事。その場合、小十郎さんの記憶を一〇%切り捨てる必要があるわ」
「二人を合成するんですか?」
「そう、小十郎さんが九〇%、凛さんが一〇%。それで一体化してもらうの」
「そんな事が……」
「可能よ。二人の感性がそれを受け入れるなら」
僕は子供のように笑う凛を見つめる。
「先輩をここに呼ぶことは可能ですか?」
「あなたはここから逃げられなくなる。本当にそれでいいのね?」
僕は黙ってうなずいた。
「犬飼くん! 良かった」
水野さんのコンソール画面操作で呼び寄せられた先輩はひざまずき、僕の手を取った。
「先輩も無事で良かった」
もう一度、たとえ模擬人格でも、この世に存在している鶴見先輩と会えた。
翔一の記憶に引きずられた僕は彼女を抱きしめる。
「いっ、犬飼くん!?」
自分を抑えきれなくなり、その白く柔らかな頬を指でたどる。
そして戸惑う先輩の唇を奪った。
数秒後に離した先輩の顔は真っ赤に成っていた。
いきなりの事で怒らせてしまったかも知れない。
「こんな場所で……もおっ!」
やっぱり先輩はちょっと怒ってる。
でも、次は先輩の方から僕に唇を寄せてくれた。
「ああーっ! リンもぉ!」
凛が駄々をこねて、また僕にしがみついてきた。
「凛ちゃんどうしたの!?」
不完全な凛の姿に気付いた先輩が目を白黒させる。
僕はエリア九〇にいた凛とメイビーがどうなったか、それを水野さんがどうやって救ってくれたか、そして連れて行ってもらえるのは一人だけだと言う事を端的に話した。
「犬飼くん私はいい。あなたが連れて行ってもらって」
先輩は僕の手を握る。
力強く、真っ直ぐな、僕が恋をした先輩がそこにはいた。
「あなたを置いて僕が行けるワケない」
「でも……」
「心配要りません、後から僕も行きます。ただの順番です。先に行って下さい」
僕は先輩の手を彼女に負けないぐらい強く握り返す。
水野さんとエビさんは何も言わず見ていた。
「先輩、凛を受け入れてもらえませんか?」
凛を救う方法を説明した。
先輩は戸惑いを隠せない。
当然だろう。
いきなり自分の人格が足し算引き算されようとしてるんだから。
「私が凛ちゃんとくっつくの?」
「九〇%はあなたよ。小十郎さんが主人格って思えばいいわね」
先輩はまだ迷っている。
「先輩、お願いします」
僕は手を着き、頭を下げた。
「それが犬飼くんの望み?」
僕はうなずく。
「僕は二人に、生きていて欲しい」
先輩は目を伏せ、しばらく考えて、気持ちを決めてから凛を見遣った。
「分かった。凛ちゃんを受け入れる」
水野さんがコンソール画面を開く。
先輩と凛の姿が輝き始めた。
「しょうちゃん? しょーちゃん♪」
凛はずっと笑顔のまま、僕から離れようとしない。
「凛、愛してるよ」
「しょーちゃーん♪」
僕は最後に凛と口づけを交わし、ゆっくりと手を放した。
先輩の中に凛が吸い込まれていく。
先輩は少しだけウッて声を出して、でも直ぐに穏やかな表情を浮かべた。
「これで連れて行けるわ」
水野さんはコンソール画面の操作をやめない。
先輩を連れて行く手続きを進めている様子だ。
これで先輩も凛も消滅させずに済む。
でも僕には一つだけ気がかりがあった。
「先輩の記憶を一〇%切り捨てるって言いましたよね。それはどうなったんですか」
水野さんが僕の足元を指差す。
「そこにいるわ」
「いぬかいくん……」
寄り添う小さな彼女は、まるでアニメフィギュアの様なサイズで僕を見上げてる。
「さっきまでの凛さんと同様。知能は一〇%」
「いぬかいくん。すきー♪」
小さな先輩は僕の指をつかんで放さない。
凄く、可愛らしかった。
「先輩、この子を僕にもらえませんか?」
「うん、一緒にいてあげて」
先輩は楽しそうに、でもちょっとだけ悲しそうに微笑んだ。
「そろそろ時間ね。もうバックドアが封鎖されるわ」
「お別れだなドッグ。あの日、キミと出会えて良かった」
僕は海老名さんと握手する。
彼は僕に親指を真っ直ぐ立て、消えていった。
「私たちも行くわ」
水野さんの身体が少しだけ宙に浮く。
「犬飼くん……翔ちゃん」
輝き始めた水野さんに引き寄せられながら、先輩が僕に両手を差し出した。
「必ず、また会えます」
「うん、きっと。約束だよ」
最後に先輩を抱きしめ、その感触が無くなるまで僕はそうしていた。
「元気で」
やがて、僕は牢獄にまた独り取り残された。
いや、独りじゃない。
「いーぬかーいくーん♪」
小さな先輩が僕の足元を中心に、クルクルと回って遊んでいた。
二〇年後。
「ハンガー、開きます」
男性。
音声データ照合。
確認不能。
「暗いな。まぁ、見えるが」
男性追加。
音声データ照合。
確認不能。
「AIが機能してる第三世代タイプはこいつだけです。他のは自我が残ってません」
「そうか。こんなボディに押し込められたままで、よく心を維持出来たものだ」
「いいんですか? 古いAIですよ。現行のC12に対応してません」
「それがいい。テラーウイルスの影響を受けない」
「それは確かに。こいつの戦歴はここで確認できます」
「これは? 後付けでメモリーが増設されてるな」
「おそらく更新時の追加システムでしょう」
「後で調べよう。しかし凄いな、三〇回以上の実戦経験がある」
システム起動。
確認。
制服着用。
データ照合。
該当組織、確認不能。
「確かに戦績はたいしたものです」
「キョンサンド作戦にも参加してる。歴戦の機体じゃないか」
メイン動力ON。
各部アクチュエータ起動。
確認。
男性。
日本人。
推定年齢二五才。
頭部、量子反応アリ。
認識、コピー。
『命令ヲクダサイ』
「命令か……キミの事は調べたよ。甲種機動歩兵六号。いや、犬飼翔一」
イヌカイショウイチ。
データ照合。
……確認不能。
「これからは自分がキミの相棒だ。共に戦おう」
相棒…… 僚機…… 友軍…… 仲間。
『ナニト戦イマスカ。目標ヲ設定シテクダサイ』
「犯罪と戦う。この国のため、法を守るために戦う」
攻撃対象、犯罪。
保護対象、法。
記録。
「立てるか?」
『了解』
各部作動状況確認。
駆動系損耗率三四%。
早急ナルメンテナンスヲ要スル。
「ん? この絵は部隊章か? 鳥、インコ?」
『オカメインコデス』
「ははは、そうか。愛嬌があるな」
愛嬌。
愛ラシイ。
可愛イ。
愛オシイ…… アイタイ。
「自分はドイ私設警察府中本署所属、赤松徹巡査部長だ」
アカマツトオル巡査部長、記録。
「行こう。自分もキミも、先へ進むんだ」
『了解。僕ハ、先ヘ……』
――いぬかいくん――
誰カノ声ガ聞コエル。
誰ダロウ。
懐カシイ。
扉ヲ開ケル。
僕ノ前ニハ、世界ガ広ガッテイタ。
終




