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NPCs  作者: 米川 米三
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第17話 記憶融合

 四年前のあの日、僕は学校の体育館裏で先輩と会っていた。

 部活が終わって直ぐの時間だから先輩は未だ袴姿で、お腹には胴、腰には垂れを着けたまま。


「吹割渓谷、行ってみませんか?」


 二回目のデートに先輩を誘う。

 次こそは自然に手をつないで、それから……。


「うん……」


 喜んでくれるかと思っていたのに、先輩の表情が冴えない。

 僕は不安になった。

 ひょっとしてもう飽きられたんじゃないのか。

 気の利いた会話も満足に出来ない僕に呆れてるんじゃないのか。

 先輩は内心でビクつく僕から視線を逸らした。


「実は、犬飼くんに言っておきたい事があるの」


 来た!さっそく別れ話だ!

 目の前が真っ暗になる。

 脳内には絶望が広がる。

 さようなら、僕の初恋。

 短い間だったけど幸せだったよ。

 でも先輩が口にしたのは、別れ話ではなかった。


「私、GOFに……」


 先輩の口からGOFという単語が出てくるなんて思ってもみなかった。


「GOFに、参加してるの」


「ホントですか?」


 先輩は真剣な瞳でうなずいた。

 参加してるって事は、ゲーム内で僕とすでに会っているのかも知れない。

 だとしたら、誰だ?


「私、小十……」


 言いかけた先輩を閃光が襲った。

 前橋市に落着した核ミサイルが周囲の建物を全て吹き飛ばし、焼いた。

 目のくらむ光と、重なるように伝わる衝撃に襲われて僕は吹き飛ぶ。

 校舎の陰で多少は爆風を緩和されたかもしれない。

 それでも僕は数十メートル吹き飛ばされる。

 あっという間に意識を失った。



 どのくらい時間が経ったのかは分からない。

 校舎と杉の木の間に挟まれた場所で、僕は意識を取り戻した。

 空は暗くなり始めているのに、地平線に近付くほど赤く、明るい。

 校舎はなんとか建っているけど、窓ガラスが全て吹き飛んでいる。

 周辺は鉄筋造りの建物がわずかに残っている程度で近隣の家々は跡形も無い。

 付近にはおびただしいガレキの山と、そこかしこに散らばる焼け焦げた人々。

 少し離れた場所から火の手が上がり始め、黒煙が立ち込めている。

 僕は倒れ掛かってきた杉の木に守られて直撃をまぬがれていた。

 ゆっくりと立ち上がる。

 肩と脇腹を打ったみたいだ。

 歩く度に激痛が走る。

 左腕は火傷で赤黒くただれてヒリヒリして、その痛みは肩から首、顔の左半分まで広がっている。


「先輩!」


 僕は大声で叫びながら彼女を探した。

 歩く度にガレキの隙間から助けを求められる。

 助けてって、痛いよって、どこの誰だか分からなくなった人たちが僕を呼ぶ。

 一人一人、先輩かどうかを確認して歩きながら、もう直ぐ助けが来るよって声をかけてその場を離れ、彼らを見捨てた。

 学校から道を挟んだ場所にある信用組合の植え込みの中に、身体に剣道の胴と垂れを着けて転がっている人を見つけた。

 〝鶴見〟と書かれた垂れで、先輩だと分かった。


「先輩……」


「う……」


 彼女はうめいた。

 はいていた袴は焼けて脚にまとわりつき、上半身の皮膚が剣道の胴にへばり付いて密着していた。

 剥がせそうに無い。

 でも即死しなかったのはこの胴のお陰かも知れない。

 白くて綺麗な肌も、ショーットカットの可愛らしい髪も、柔らかくて力強い手も、全てが黒く、僕の火傷と同様にただれ、崩れかけていた。


「い、ぬ……」


 多分目はほとんど見えていない。

 声で僕と分かったみたいだ。

 火が回り始めている。

 ここは危険だ。

 僕は精一杯の力で先輩を抱きかかえ、片品川へ向かった。



 やっとの思いで堤防にたどり着いた。

 付近からは僕と同様に火の手を避けて来た人たちであふれ返っている。

 無傷な人はいない。

 みんな重度の火傷を負い、ただれた皮膚と焼け焦げた衣類をぶら下げながら、ゾンビのようにノロノロと歩いている。


「先輩、川に着きました」


 堤防を登り、川を見下ろした僕は絶句した。

 川面いっぱいにおびただしい数の死体が浮かび、ゆっくりと流れ、流されて来る。みんな川辺以外に逃げる場所が思い浮かばなかったんだ。


「ここで休みましょう」


 堤防の上の、かろうじて下草が残っている場所に先輩を横たえた。


「い、ぬ……か」


 僕は先輩の手を取った。


「ここにいます」


「わた、し……こ、じゅう、ろ」


「こじゅうろ?」


「G、O……」


「小十郎の事ですか?」


 先輩は震えながら無理してうなずく。


 僕は少し考え、理解した。

 小十郎の主人格は、おそらく先輩だ。

 考えてみれば思い当たるフシがある。


「ご、め……」


「いいんですそんな事。僕は楽しかった」


 焼けただれた唇が、少しだけ笑った。


「キ、ス……」


 かすれた声で先輩はそれだけ言った。

 僕は先輩に顔を寄せ、応えた。

 しばらくして僕が先輩から顔を離すと、剥がれた彼女の唇が僕の唇に付着し、取れなくなっていた。


「先輩」


 何かして欲しい事があるなら言って欲しかった。

 だから呼びかけた。

 でも先輩はもう、返事をしてくれなかった。


 やがて空から、黒い雨が降り始めた。



 それから僕は火の手を避け、先輩を抱えて歩き続けた。

 自衛隊が設置した救護所にたどり着いたのは翌日の明け方だった。


 その後に出向いた火葬場は機能していたけど、順番待ちでいっぱいだった。

 だから出来るだけ綺麗な場所を見つけて、焦げた角材を拾って来て並べて、先輩を寝かせた。

 彼女の身体にガソリンをかけようとした時、気付いた。

 道着と胴の間に何か挟まっている。

 そっと、出来るだけ肌が傷付かないようにそれを抜き取る。

 僕が描いたオカメインコの絵だ。

 その絵を畳んでジャケットの内ポケットにしまってから、先輩を焼いた。

 骨は跡形も無く焼け砕け、灰しか残らなかった。




 僕が湯沢町の小学校で一週間過ごしながらネット掲示板を調べ続けて分かったのは、父さんの勤め先は一瞬で蒸発して消え去っていた事。

 父さんに会うのはもう無理だと思う。

 それでも僕は未だ絶望しない。

 何度も何度も〝卯月凛〟という名前を探す。

 珍しい苗字だからきっと見つかる。

 そう信じて調べ続けた。

 そして、凛が埼玉の被災者用集合住宅に身を寄せている事を突き止めた。

 僕はその日のうちに自衛隊が用意したトラックに乗り、凛の元へ向かった。

 プレハブ造りで、見るからに急ごしらえの集合住宅のドアを開けると、凛と、凛のお母さんと、もう一人知らない女性がびっくりして僕を見ていた。


「翔ちゃん!」


 凛が飛び付いてくる。

 彼女の暖かい感触を確かめたくて、僕はその小さな体をむさぼる様に抱きしめた。

 凛には目立った外傷が無い。

 たまたまデパートの地下街で買い物をしていたため助かったとの事だった。

 その日の晩、久しぶりに凛が作る肉じゃがを食べた。

 今までの人生の中で一番美味い肉じゃがだった。


 僕は凛と、凛のお母さんと、凛の叔母さんとの、四人での生活を埼玉で始めた。


 最初に血を吐いて倒れたのは凛のお母さんだった。

 それから間もなく、叔母さんも同様に倒れた。



 葬儀を終えて二人きりになった僕らは、せめて群馬にいたいと話し合い、草津の温泉街に設けられた被災者用キャンプへ移動した。



 草津で暮らし始めてから五日目。

 一緒に足湯に漬かり、中学生の時に家族みんなでここへ来た思い出話をしている時に、凛は口と下半身から血を噴き出した。


「凛! 直ぐ救護所へ行く!」


 抱き起こしても凛にはもう僕の顔は見えていなかった。


「翔ちゃん……怖いよ」


「大丈夫だ。僕が付いてる!」


 凛は力無く笑った。


「ずっと、一緒……約束……」


「当たり前だ!」


 僕は凛を背負って温泉街の外れに建つ救護所へ走った。

 ドアを開き、医者の前に凛を寝かせる。

 でも医者は何も言わない。

 凛の顔には、いつも安心した時に見せる微笑みが浮かんでいた。






 海老名さんから接触があったのは凛の葬儀を終えた一週間後だった。

 GOFの主人格たちを集め、MBNPCを救い出すため結束しようという事だった。

 海老名さんに会い握手を交わし〝主人格連盟〟の本部に連れてこられてから、アメリカと日本政府が事前に取り決めていた公式文書の複製を見せられた。

 敵国として位置付けられている国の核ミサイルを遠隔操作で誘導し、日本の領海内へ落着させる。

 日本の再軍備と核武装を実現するためのカンフル剤としてだ。

 目標として定められた領海はやむを得ない犠牲であると記されていた。

 船の往来も無い海上に落着させる予定だったらしいけど、アメリカのハッキングを受けて首都圏付近にミサイルは目標変更されたらしい。

 ギリギリのタイミングの計画変更を日本政府が黙認していたとの記録も存在していた。

 そして別の資料ではGOFサーバー内部に残されたMBNPCは自立型二足歩行兵器のAIとして軍事利用する事が計画されていると記されていた。

 だから僕らはサーバーを奪取し、同時にこれらの公式文書を世界中に配信する計画を立てた。

 日本のネット環境は政府と大手企業がアメリカの協力を得て完全管理している。

 単純にネット配信しても直ぐ揉み消されるし、漏れたとしてもガセネタ扱いされるのがオチだ。

 だから文書データを物理的に世界中の主だったメディア企業に同時に送りつけ、敵国を含めたネットワークにも同時に情報を流す。

 その後の世の中がどうなるかは分からない。

 上手くいってもいかなくても、多分僕らは捕まって内乱罪になる。

 でももう僕にも海老名さんにも、失うものは何も無かった。

 だからためらわない。


 計画の準備だけで四年かかった。

 その間、原爆症を抱える僕の身体は良く持ちこたえてくれていた。


 主人各連盟にも旗印が欲しいって海老名さんが言った。

 だから僕は、オカメインコのイラストを彼に手渡した。

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