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NPCs  作者: 米川 米三
16/18

第16話 襲撃

【現実】

 〝甲種機動歩兵六号〟それが新しいもう一つの名前。

 僕は今、全長三メートルほどのロボットの中にいる。

 機械の、無機質の身体だ。

 深夜。

 長井浜から上陸した僕らは普通科連隊と共に北九州市を目指し北上する。

 暗視モードで視界を確保しながら中隊規模の敵兵を捕捉した。


『機動歩兵は巡航モードから歩行モードへ』


 変形と言うほどの変形ではない。

 僕ら機動歩兵は肘と膝に取り付けられたタイヤを浮かせて起き上がり、臨戦態勢を取る。

 重装甲の僕らは前面の敵を引き受け、普通科歩兵は左右に展開して敵を包囲する。


『目標接近中。全機発砲準備』


 陸上自衛隊亀田二佐の命令一下、僕ら六体はバックパックに追加装備されたマイクロミサイルの発射体勢を取った。

 戦車三台、装甲車二台、四五人の敵歩兵を上空のドローンが確認し、位置情報を伝えた。

 しかしジャミングがかかり正確な位置情報が途絶える。

 敵もこちらに気付いたというい事だ。


『発砲』


 亀田二佐の号令を受け、攻撃を開始する。

 ミサイルが着弾し、先行していた敵車両が爆散する。

 周囲の敵歩兵は巻き添えを食らって生身の身体を赤く散らせた。

 装備で勝る日本軍は数で勝る敵軍を圧倒していた。

 敵からの反撃が始まる。近くに在った食品加工会社の建物に身を隠しながら、僕らは右腕に装備されたガトリング砲を撃ちまくる。

 敵の進行を押し留め、味方からの援護を待った。


『四、五、六号。突撃せよ』


 僕らに突撃命令が下る。

 敵兵がRPGを撃つ可能性がある。

 僕は肩に装備された複合装甲を機体前面に構え、膝と足首に装備された滑走装置を起動させて敵部隊に突っ込んだ。

 進撃中に五号がRPGの直撃を喰らい大破。

 集中砲火を受けた四号は複合装甲を失う。

 僕は機体を急停止させ、四号の前に立った。


『六号。その場で敵を引き付けろ』


 僕は四号をかばい、崩れ落ちた建物を遮蔽物にしてガトリング砲を撃ち続ける。

 背部予備装甲をパージして四号に持たせながら、敵を狙い撃った。

 間もなく左右から普通科連隊の攻撃が始まる。

 背部ブースターを利用して、壱、弐、参号機が上空からの攻撃を開始する。

 逃げ場を失い逃げ惑う敵歩兵に向かって僕は攻撃を続ける。


『四号、攻撃せよ。全弾撃ち尽くせ。捕虜は捕るな』


 四号は動かない。

 目の前に転がるグチャグチャの死体を見て、立ちすくんでいた。


『どうした四号、撃て。四号! ……所詮は女か』


 動かない四号に代わり、僕は敵兵を一人ずつ撃ち殺していく。

 冷静に、感情を捨てて、人間をミンチにしていく。

 こいつらは敵だ。

 僕らの故郷を焼け野原にした悪魔だ。

 これは正義の鉄槌だ。


 僕はもう人間ではない。

 怨恨に囚われた只の亡霊だった。




【エリア九〇】

「凛! どこにいる!」


 新築の家に帰宅した僕は大声を張り上げる。


「翔ちゃん、お帰り」


「僕が帰ったらさっさと出て来い!」


 僕は凛の腕を乱暴につかみ、二階の寝室まで引っ張った。


「しょ、翔ちゃん?」


 ダブルベッドに凛を押し倒し、ペンギン柄エプロンを強引に引き脱がせる。


「しょ……」


 唇を奪い、ストッキングを破った。


「待って」


「黙ってろ!」


 怯える凛の下着を引き千切る。

 凛は苦し気に顔をゆがめ、涙を浮かべた。

 僕はただひたすら欲求をぶつけ、気が付くと彼女の首を絞めていた。


「うっ! ゲホ!」


 咳き込む凛から手を放し、体を離した。


「ごめん」


 ジーンズを引き上げた僕は足早に階段を下り、台所でミネラルウォーターをガブガブと飲んだ。


「翔ちゃん……」


 乱れた服のまま、凛も一階に下りて来た。


「頭がおかしくなりそうだ」


 十畳はある広々とした居間を見渡し、僕は吐き気をもよおす。

 この家はエリア九〇でもかなり高級な部類に入る一戸建てだ。

 ガレージには昨日届いたばかりのBMWが輝いている。

 人殺しを繰り返して手に入れた新築の家と新車だ。

 二十歳にも成らない小僧の持ち物としては分不相応に思えて仕方が無い。


「凛。お前はいいな。何もしなくてもいい暮らしが出来て、いい物を食べて」


「そんな言い方、しないで」


 凛は僕の背中に寄り添い、腕を回した。


「翔ちゃんがつらいのに、何も出来ないのがつらいよ」


 綺麗に光るシンクに顔を向けながら、僕は吐き気を飲み込む。

 獅子内の話では機動歩兵の対費用効果は抜群との事だ。

 特に対人兵器として目を見張る成果が出ている。

 改良、増産が決定している。

 僕らの活躍が評価されて、また新しく召集令状がバラ撒かれる事になる。

 戦争は続く。

 どこまで戦えば終わるのか、それともどこかで死ぬのか。

 召集令状が届いた六人の内、二回の実戦参加で二人のMBNPCが消滅していた。

 どんなに高性能で重装甲の新兵器でも、強力な攻撃をモロに喰らえばそこまでだ。

 次に消滅するのは僕かも知れない。

 僕は死ぬのかもしれない。

 怖い。

 死にたくない。


「翔ちゃん」


 凛は僕の正面に回り、背伸びをして、キスを繰り返す。


「私、このくらいしか出来ない」


 凛は震える僕の足元にひざまずいた。




 凛に慰めてもらった後、表の空気を吸おうと思った僕は一人で家から出た。

 三軒離れた家の前に大型トラックが停車して、運送屋NPCが数人、荷物を運び出していた。

 運送屋に混じって先輩が自分の剣道具を抱えて家から出て来る。


「引越しですか」


「ええ、私は予備役に回されるそうよ。もうここには住めない。本番であの結果だもの、仕方ないわ」


 人を撃てなかった先輩が評価を下げた事は知ってる。

 でも、今の僕には彼女の立場が羨ましくも思えた。


「お礼言ってなかったよね。あの時、ありがとう」


 先輩が僕に向かって深々と頭を下げる。


「やめて下さい」


 先輩の肩に手をかけ頭を起こさせた。

 先輩は眉根をしかめ、僕から視線を外す。


「一ヵ月以内に戦線復帰しろって言われてるの」


「そうですか」


 機動歩兵への適応訓練や基礎訓練で抜群の成績を収めていた彼女も、実戦で使えないと思われれば即サヨナラ、という事か。


「戦線復帰出来ないなら慰安婦として貢献しろって、獅子内に言われたわ」


「慰安って……」


 戦場で命拾いをした後、自分でも驚くほど性欲が高まる。

 それは僕に限った話ではない。

 他の機動歩兵の面々も帰還後は人肌を欲して街に出る。

 だから娼婦NPCがいる。

 でもMBNPCにとって通常NPCは人形にしか感じられない。

 欲求を満たす相手として同じMBNPCを求める者の気持ちは解る。

 実際に娼婦として生活しているMBNPCたちがいる事も聞いてる。

 彼女たちはどんなに激しい扱いを受けても病院で身分証を提示すれば一瞬で身体は元通り、傷も何も残らない。

 処女に戻る事すら可能だ。

 でも、心は戻らない。


「戦線復帰、出来ますか?」


 先輩は苦し気に首を左右に振る。


「分からない。でも」


 手を固く握りしめ、震わせた。


「犬飼くんじゃなきゃ、イヤ」




 

【現実】

 二週間後、僕らに命令が下った。

 山口市に設置されているエリア九〇を大阪まで移設する事になった。

 敵軍の進行が治まらない以上、この地域は危険だ。

 国防軍としても虎の子に成りつつある僕らMBNPCは保護対象なんだろう。

 自家発電装置で活動を継続させながら、エリア九〇サーバーが軍用トレーラーに載せられる。

 長方形の、何の飾り気も無いこの灰色の武骨な箱の中に僕の家が在る。

 凛がいる。

 山陽自動車道を通り、僕らは進んだ。


『この身体では俺はヒヨッコだ。よろしく頼む』


 十壱号の名を与えられたエビさんが僕の後ろで装備点検しながら通信して来た。


『人、撃てますか』


『やるしかないだろう。凛ちゃんもメイビーも、もう俺の家族だからな』


 先週からエビさんとメイビーは一緒に暮らし始めていた。

 メイビーの空間内年齢が二十歳に成ったら入籍する約束だと聞いていた。

 昨日会ったメイビーの幸せそうな顔を見れば、エビさんがどれだけ彼女を大切にしているのかが良く分かる。

 だからエビさんは、その幸せを守りたいんだろう。

 僕と同じだ。


 既にトレーラーは山口県外。

 敵軍からの攻撃が想定される地域ではない。

 それでも僕ら十二体の機動歩兵は警護を止めない。

 サーバーを狙っているのは敵軍ではなく、国内の反戦運動家が組織するテロリストだからだ。

 この期に及んで戦争反対など、僕には信じられない。

 核を打ち込まれ、領土に侵攻され、数十万という同胞を殺され、それでも敵兵の人権を擁護し、話し合いで解決しようだなんて完全にお花畑だ。

 そもそも反戦運動の連中だって武装して活動している。

 平和主義が聞いて呆れる。


『先輩。やれますか』


 僕の前を進む四号に通信を飛ばした。


『撃つしかない。撃つしか……』


 先輩はブツブツと、唱えるように繰り返す。

 もし、彼女が撃てなければ次は慰安婦として配属される。

 それはたまらなく嫌だ。

 なんとしても避けたい。

 実は僕は、それを回避する方法を一つだけ知っている。

 先輩が他の実戦参加MBNPCの扶養家族に成る事。

 つまり誰かと結婚する事だ。

 僕は未だ凛と入籍していない。

 だから僕がそれを望めば可能だろう。

 でもそんな事をしたら凛をまた傷付ける事になる。

 出来ればそうしたくない。


 広島を出て岡山に入って間もなく、左右の山間に反応が在った。


『熱源確認。伏兵、八名』


 僕らは対人装備を構え、トレーラーに先行する。


『発砲許可』


 亀田二佐の号令と同時に斜面で反応を見せる熱源に対してガトリング砲を斉射する。

 樹木と芝生をえぐりながら、熱源のことごとくを粉砕した。

 先輩も撃っている。


『攻撃止め、戦果確認』


 僕と弐号が先行して目標に近付き、バラバラに吹き飛んだ死体を確認する。

 でも死体だと思っていたそれは全て人形だった。

 熱源発生器を組み込まれたダミー人形。


『斜面の敵は全て人形です』


 そのまま目標の装備を確認する。


『対物ライフルを携行、対弾防護服を着用、部隊章らしきものが……』


 僕は目を疑った。

 人形が着込んでいる防護服にプリントされたそのイラストに見覚えがあったからだ。


『どうした六号、部隊章は確認出来たか』


 僕はテロリスト人形の防護服を持ち上げ、はっきり確認する。

 間違いない。

 これは僕が描いたオカメインコだ。

 僕が立ちすくんでいるその時、トレーラーが停車している地点の道路下から幾本ものワイヤーが伸び、フル装備のテロリストたちが高速道路上に侵入して来た。

 二十人いる。


『全機発砲。殲滅しろ!』


 山間の敵は囮だ。

 本命は熱源を遮蔽して架橋下で最初から備えていた。

 僕は斜面を駆け下り、路面に着地する。


『エビさん! 先輩!』


 通信を飛ばしても返信が無い。

 テロリストたちは予め指向性電磁パルス発生器を用意していた。

 僕以外の機動歩兵は全て活動を停止し、ピクリとも動かない。

 あんな最新鋭の装備をテロリストが持っているなんて想定外だ。

 資金や装備を提供している大がかりな組織が裏に潜んでいる事は明らかだろう。

 唯一普通科歩兵が乗り込んでいた指揮装甲車も複数の敵に囲まれ、対物兵器を向けられている。

 このままではなぶり殺しだ。

 僕はその場に留まりガトリング砲を構える。

 それと同時に通信回線に敵の声が割り込んだ。


『撃つな。交戦の意思は無い。我々は主人格連盟。俺は海老名彰夫えびなあきお。GOFではエビオのNPCを創った』


 海老名さんは傍らの仲間の一人に肩を貸して、エリア九〇へ向かって歩く。

 肩を貸された男はフラフラと、おぼつかない足取りだった。


『MBNPC、記憶融合だ。この場で有線接続する』


 海老名さんはヘルメットからケーブルを延ばし、外部入力端子を探り当ててサーバー接続する。


『エビオがいないな。消去されたのか』


 落胆する海老名さんの声が伝わった。


『エビさんはいます。あなたのすぐ隣の機動歩兵の中に』


『六号! しゃべるな!』


 海老名さんはニヤリと笑い、十壱号の機体によじ登る。

 予め機体設計を把握していたんだろう。

 後頭部付け根の端末接続口をこじ開け、ケーブルを挿入した。

 五分後、十壱号は動き出す。

 海老名さんと一緒にいた男を抱え、僕に接近して来た。


『ドッグ、記憶融合だ』


 十壱号に抱えられているのは、犬飼翔一。

 僕は迷った。

 主人格との記憶融合が絶たれて約半年。

 現実時間で四年が経過している。

 正直言って僕は今の彼と同一人物だという感覚が薄らいでいた。

 反体制活動をしている彼と融合する事で、自分が自分で無くなる気がして怖かった。

 僕はガトリング砲の砲口を下ろさない。


『ドッグ。怖いのは解る。だが必要な事だ。俺を信じてくれ』


 十壱号は翔一を僕の機体の肩に置いた。


「久しぶりだな。兄弟」


 ヘルメット越しの彼の顔は半分以上皮膚が浅黒くただれ、それが首元まで伸びている。

 核の影響だろうか。

 どうすればいいのか僕はためらっていた。


「凛と、小十郎は元気か」


 そうだ、僕も訊きたい。


『現実の二人はどうしてるんだ。無事なのか?』


「融合すれば分かる。そうだろう?」


 翔一は震える身体を十壱号に支えられながら、僕の端末接続口を開く。


「生きててくれて嬉しいよ。ドッグ」


 翔一は口元をほころばせる。

 記憶融合が始まった。

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