第15話 震える声
二週間が経った。
エビさんが組織した教職員中心の自警団には、現実で警官だった人や武道家だった人たちが何人か加わり、街の治安を回復させ始めていた。
一応、僕と先輩も正式メンバーに名を連ねている。
トラブルを起こしていない一般人と自警団メンバーには、それぞれポケベルが支給されていて、万が一の時は連絡を取り会える。
毎晩、カチ、カチって、拍子木を打ち鳴らしながら交代で町内を見回りして歩く。
腕には自警団の腕章。
僕と先輩とエビさんのうち二人が見回りしてる間、一人は残って凛とメイビーの近くで過ごす事にしていた。
今日は僕とエビさんが見回り。
警察署に置いてあった合金の盾と警棒を装備した僕らは、並んで歩く。
「最近は少し落ち着きましたかね」
「そうだな、最初よりはな。でもたまに暴力沙汰を起こす輩がいる。気を付けよう」
背中に盾を背負ったエビさんが拍子木を打ち鳴らす。
「GOFでもっと格闘系スキルを上げておけば良かったよ。あの時もう少しでメイビーと凛ちゃんが襲われるところだった」
GOFでのエビさんの最終スキルLVは学者LV11、僧侶LV24、武僧LV12。
格闘系スキルは武僧だけだ。
「でもエビさんがいてくれたから、僕らは間に合ったんです」
「うん、そう言ってもらえると助かる」
エビさんは少し遠い目をした。
「サーバーダウンから現実時間で三年半が経つ。息子は高校を卒業してるはずだ」
現実の家族がどうしているのか、エビさんも僕も、ほとんどのMBNPCたちも気にしている。
「実はメイビーの部屋に泊まった時にな、あの子から好きだって言われたんだ」
「そうなんですか」
察してたけど、初耳のフリをした。
「断ったよ。未だ子供だからな。せめて成人だったらな」
意外なセリフだった。
エビさんは妻子持ちなのに。
いいのか?
「成人だったらって、もしOKしたら不倫じゃないんですか?」
エビさんはウーンってうなってから、誤魔化すように拍子木を打つ。
「俺だって人間だ。人肌が恋しくなる時もある。それに現実で嫁がどこにいるのか、無事なのか、また会えるのか、全く分からないからな」
エビさんのその気持ちは解らなくはない。
「じゃあメイビーが成人だったらOKしてたんですか」
「かもな。だが息子と同い年の子に手を出すのは、やはり気が引けるよ」
エビさんはメイビーの主人格が男だって事、気にしてないのか?
「でもメイビーは男ですよね」
「いや、女だよ。少なくとも今はちゃんと女の子だ」
エビさんは真顔だった。
「そうですか」
メイビー本人とエビさんがそう思ってるなら、それでいいと思う。
僕は外野だ。
「あの子が真剣に俺を好きだっって言ってくれたのは、素直に嬉しかったよ」
エビさんはまた、拍子木を鳴らした。
二ヵ月後。
自警団の存在が功を奏したらしく、町内での犯罪は見かけなくなった。
何人かの現実で警官だった人たちが、残された警官の制服を着て交番に常駐している事はかなり頼もしい。
隣町のMBNPCたちも参考にしたいと言って自警団に加わって来ている。
自分たちの力で状況を良い方向に向かわせる事が出来た。
大きな収穫だと思う。
ちなみに僕とエビさんは少しでも強く成ろうと思って、週末に先輩から剣道の稽古を付けてもらっていた。
剣術に慣れている僕はそこそこ、エビさんはちょっと苦労してて、毎回先輩に叩きのめされてる。
でもちょっとずつ二人とも成長出来ていた。
今日の見回り当番は僕と先輩だったから、僕が先輩の分の見回り装備を持って彼女の住むアパート前まで迎えに来ていた。
僕の住むアパートより築年数が浅い。
外壁も綺麗だ。
羨ましい。
見回り開始の予定より一五分早い。
ちょっと早く来過ぎたかな。
「ちょっと待って、用意してるから」
先輩は二階の窓から顔を出して僕に声をかけた。
「犬飼くんそこだと寒くない? 玄関に入ってたら?」
確かに今日は冷える。
もう間もなくクリスマスだ。
都庁の辺りでは雪がパラついているらしい。
「じゃあ玄関で待たせてもらいます」
コンクリートの階段を上がって、先輩の部屋のドアを開けた。
部屋に続く廊下には戦国時代風の家紋が描かれたノレンが吊るされてて、その脇にはユニットバスが見えた。
家で風呂に入れるのは羨ましいなって思う。
「まだあと一〇分あるね。お茶でも飲む?」
カラーシャツにジーンズ姿の先輩がノレンの間から僕を覗き見ている。
「はい、お茶は助かります」
身体が冷えてたし、ここは甘えようと思う。
1Kアパートの部屋は広くはないけど綺麗に片付いてて、クローゼット前のフローリングには剣道の防具が丁寧に並べられてる。
壁には浮世絵のタペストリー。
先輩らしい和洋折衷の綺麗な部屋。
本当に好きなんだなって思った。
以前ちょっとだけ付き合った頃と変わってない気がした。
「緑茶でいい?」
「はい」
目の前の小さな木目のテーブルに出された湯飲みに口を付けて、先輩の仕度が終わるのを座って待つ。
でも先輩は立ち上がらない。
ちょっと落ち着かない感じで急須を触る。
「部屋に人を入れるのは初めて」
「そうですか」
先輩は急須のフタをクルクル回した。
「もうすぐクリスマスね。プレゼントはもう買った?」
「ええ、まあ」
「凛ちゃんって、エリア九〇でも料理上手ね」
「ええ、まあ」
「犬飼くんって、剣道上達してきてるよね」
「ありがとうございます」
「最近どこか出かけた?」
「いえ」
「あすろな白書の最終回、良かったよね」
「ええ、まあ」
「先週の代々木公園でね……」
「見回り、そろそろ行きませんか?」
先輩と話がしたいと思わない。
思いたくない。
「い、犬飼くん……」
先輩は目を伏せ、口ごもる。
その様子から一人暮らしが寂しくて話し相手が欲しいんだなって思った。
「話は見回りしながらでも聞けます」
「そう、だけど……」
先輩は急須を両手で握りしめ、消え入るような声でつぶやく。
「あの時、犬飼くんが橋の上で」
「え?」
「私の事、好きって言った」
先輩が何を言いたいのか、鈍感な僕でも察した。
でもそれはもう過ぎた話だ。
「あれは……」
「デートして、手をつないだ」
鶴見先輩、やっぱりあなたはズルイですよ。
「先輩も誰かと付き合えばいい」
僕以外の誰かと先輩が付き合う。
自分の吐いた言葉で不愉快な気分になった。
「誰でもいいワケじゃない」
「もう行きましょう。先に表で待ってます」
僕は立ち上がり、玄関へ向かって歩き出した。
このままだと気持ちが揺らぎそうだ。
僕はもう凛を泣かせたくない。
「犬飼くん」
先輩が走り寄る。
玄関でエアマックスを履いている途中の僕に向かって、彼女はすがりついてきた。
「あの時は手をつないだだけだった」
「……」
「続きは?」
先輩は僕の胸に顔をうずめ、見上げる。
頬を赤らめた彼女の顔が目の前にあった。
「キス、するんでしょ?」
まずい、これは困る。
どうしてあなたは僕を惑わせるんだ。
こんなに嫌いに成りたいのに。
今まで心の奥底に押し留めていた彼女への想いが首をもたげ始めている。
先輩の顔が近い。
吐息が香る。
心臓が波打つ事を止められない。
そして、先輩が僕らのアパートに泊まった夜、あの時やっぱり起きてたんじゃないのかなって僕は思った。
「せ……」
言いかけた時、時間が止まった。
またか!
「こんばんは、諸君」
二人の獅子内が目の前に現れる。
「混沌とした状況への諸君らの対応、感服する。まったく頭が下がる思いだ」
自分で環境設定したクセに何を言うんだこいつは。
「無法状態で好き勝手に動き回ったMBNPCには今から消えてもらう事にしたよ。犯罪者や低モラルの者は不要だからな」
まさかキャラクターを消去するつもりか。
「三二一、はい消えた。これで平和な暮らしを維持出来る。良かったな諸君」
この男のサジ加減一つで僕らはいつ消去されるか分からないって事か。
「さて、残っている諸君、怯える必要は無い。君たちのような善良な模擬人格には名誉ある職務を用意してある。先進技術開発機構は二足歩行型軍事用ロボットの実用化に成功した。現在のところ六体がロールアウトしている。君たちの中で特に素養がある者を見繕った。自立型AIとしての働きを期待している。明日中には選ばれた六人に召集令状が届く。楽しみに待っていてくれたまえ。以上だ」
時間が動き出す。
「……ん輩」
「犬飼くん……」
もう時間は動いているのに、僕らは未だ動けなかった。
「もう見回りに行く必要、無いね」
「ええ、まあ」
「じゃあ、いいよね」
先輩は僕を見上げたまま、瞳を閉じた。
以前の僕だったら気が狂うほど嬉しくなって、喜んで応じただろう。
このまま彼女を押し倒したかも知れない。
どのくらい我慢したのか。
僕は先輩の肩をつかんで、突き放した。
「僕には凛がいます」
「もう私の事、なんとも思ってない?」
直球で訊かれる。
だから、答えなきゃいけない。
正直に。
「未だ、好きなのかもしれません」
「だったら……」
「でも僕は凛を大切にするって決めたんです」
優柔不断は相手を傷付ける。
あなたに教えられた言葉だ。
きっとそれは正しい。
「ん、そう、か」
「すみません」
「謝らないで」
僕はエアマックスを最後まで履いた。
「召集令状、届かない事を祈りましょう」
「うん……」
「失礼します」
僕はドアノブに手をかける。
「私、凛ちゃんの気持ち、やっと解った」
先輩の震える声を背中で受け止め、僕はドアを閉めた。
翌朝。
僕宛に召集令状が届いていた。




