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NPCs  作者: 米川 米三
13/18

第13話 エリア90

【エリア九〇】

 新宿区にある六畳一間の古くて小さな二階建てアパート。

 そこで凛と暮らし始めてから三か月が経とうとしていた。

 現実で暮らしていた家に比べれば見劣りするけど、落ち着く。

 ここが自分の居場所だって気持ちに成れる。

 部屋の窓からは色付き始めたイチョウ並木が見える。

 今日の昼間は凛にせがまれて銀杏を拾って集めていた。

 流し台の横には袋に入った銀杏がぎっしり。

 僕は近くの高校に三年生として通い、やっぱり美術部に所属しながら受験勉強らしき事をして過ごしていた。

 どこまでのレベルが再現されてるか分からないけれど、何とかして早稲田に入りたい。

 父さんと母さんの母校だから。


 そろそろ凛が帰って来る時間だ。

 彼女は僕と同じ学校の一年生。

 学校の先生NPCや近所のオバサンNPCには凛を親戚の子として説明してある。

 カンカンと鉄階段を上がる乾いた足音が聞こえた。

 チャイムを鳴らす必要は無い。


「ただいま」


「んー」


 凛は買物袋に野菜や魚、プラスチックボウルに豆腐を入れて帰って来た。


「お鍋と麻婆豆腐、どっちがいい?」


「麻婆豆腐かな」


 ありがたい事に毎月の生活費はベーシックインカムよろしく管理者から支給されてる。

 僕は一ヶ月に七万円。

 凛が六万円。

 それ以上の収入が欲しければバイトすればいい。

 加えて、今までGOF内で身に付けたスキルもそのまま所持出来ている。

 でも残念ながら魔法は使えない。

 魔術師系キャラをやってたMBNPCは損かもしれない。

 でも戦士系スキルにしても、平和な日本を模したこのエリア九〇で剣術や弓術が役立つと思えない。

 その辺の感覚は現実に対してと同じ。

 凛が台所で長ネギを刻む。

 炊飯器からは炭水化物が炊き上がる直前の食欲をそそる水蒸気が吹き出し始める。


「明日メイビーと渋谷に行って来るね」


「なんで?」


「可愛い服が欲しいんだって」


 僕らの安アパートと道を挟んだもう一軒の安アパート。

 そこに暮らすメイビーは凛と学校の同級生。

 近頃益々女の子らしく成ってきてる。

 昨日会った時もルーズソックスを穿いてて、森高なんとかってアイドルの髪型。

 最近では凛から料理も教わり始めてる。

 最終的に彼はどう成りたいんだろう。

 誰か好きな人でもいるんだろうか。

 エビさんは現実で教員免許持っていたから中学校で数学の先生をしている。

 一番収入があるから給料日には色々ご馳走してくれる。

 なんだか悪いなぁと思いつつ、みんなで甘えてる。

 先輩は高校卒業後の設定。

 少し離れた場所の小さなスーパーで働いていて、暇がある時には小学校で子供NPCたちに剣道を教えてるらしい。

 NPCに剣道を教える意味ってあるのかなって思ったけど、考えてみれば僕だってNPCだ。


「翔ちゃんご飯だよー」


「んー」


 僕は参考書を閉じ、それを平机の上の本立てに戻してから大きく伸びをした。

 ブラウン管テレビを点けると凛のお気に入りのドラマが流れている。


「これの主題歌CD欲しいんだ」


「歌ってるの誰?」


「井藤フミヤだよ」


 随分昔の歌手だから僕は知らない。

 調べたくてもネット環境もスマホも無い。

 未だ携帯電話は高嶺の花で、どうしても通信機が必要な人はポケベル持ちが多い。

 気になる情報を調べたければ本屋で立ち読みか、図書館にでも行くしかない。

 不便だけど最近はそんな環境にも慣れて来てる。

 なにより凛がいつも楽しそうにしてる。

 僕にとって、それが一番大事。


 食事を済ませた僕らは一緒に風呂道具を持って表に出る。

 小さ目のボディシャンプーが桶の中でカタカタ鳴った。


「男湯にはサウナ付いてるんでしょ? なんで女湯には無いのかな。不公平だよ」


 凛はすぐにのぼせるからサウナなんて使わないクセに、ふて腐れてる。


「じゃあ一緒に入る? 男湯に」


「ええっ! やだもぉっ♪」


 凛が笑う。

 僕はそれに癒されている。

 彼女が何よりも掛け替えのない人だと思える。

 僕はバカだ。

 何故もっと早く気付かなかったんだろう。




 翌日の日曜日。

 今日も平和な日常。

 もう夕飯時で、テレビではサザ江さんが流れてる。

 凛はメイビーと一緒に渋谷へお出かけ。

 もうそろそろ帰って来る時間だろう。

 味噌が無いから買っておいて欲しいって頼まれてたのを思い出した僕は、上下黒ジャージにエアマックスを履いて近所のスーパーへ向かった。


「いらっしゃいませ」


 レジ打ちをしていた先輩と顔を合わせる。


「どうも」


 僕はお辞儀して、さっさと店の奥に足を運んだ。

 彼女とは言葉を交わしづらい。

 先輩は仲間の一人だってみんなも凛も言うし、僕もそう思う。

 でも僕は彼女を敬遠している。

 一度デートして手をつないだだけなのに〝元カノ〟って言っていいんだろうか。

 意識するのはヘンだって思う。

 もうこの人と僕はそういう関係じゃない。

 だから目も合わさない。

 先輩は僕が持って来た味噌のバーコードを事務的に読み取る。


「凛ちゃんは元気?」


「ええ、まあ」


「二〇六円です」


 それ以上は話しかけて来ない。

 このくらいの距離感が正解なんだろう。


「ありがとうございました」


 マニュアル対応の言葉にペコリとお辞儀を返し、味噌入りレジ袋を片手に歩く。

 僕が店を出ようとしたその時、また体が動かなくなった。

 目の前に獅子内が現れる。


「こんばんは諸君。今日は君たちに素敵なプレゼントを用意した」


 僕は動かない体で傾聴する。


「今からこのエリア九〇において、性行為を解禁とする。GOFでリクエストの多かったセックス機能の実装だ。もうコンシューマーゲームでは無いのでね」


 それは有り難いような、嬉しいような。

 でも本当にいいのかな。


「それから、キミたちMBNPCの不死属性を解除する。つまり死亡した際は今までのように病院のベッドで復活する事が無い。せいぜい気を付けたまえ」


 それは困ると言うか、怖い。

 本物の人間らしいとも言えるけど。


「最後に、エリア内の全ての警察官NPCを排除する。殺人、放火、強盗、強姦。なんでもアリだ、自由にしたまえ」


 なんだそれ!そんな設定にしたらとんでもない事に成るぞ!


「以上だ」


 獅子内が消えると同時に体が自由になる。

 僕は先輩を振り返った。

 先輩も僕を見てる。


「大変な事になった。凛とメイビーが心配だ」


「……私は?」


「あなたは強いじゃないですか」


 先輩は不満げにちょっと口を曲げた。


「まぁいいわ。ちょっと待ってて」


 店の奥に一度引っ込み、鉄パイプを二本持って戻って来た。


「使って」


「なんでこんな物があるんです?」


「休憩時間中にこれで素振りしてるの」


 流石は剣道オタク。


「一緒に行ってもらえますか?」


「後で店長に怒られるかもだけど」


 先輩は名札付きのエプロンを外す。

 二人で鉄パイプを片手に店を出た。

 一見すると街の中は静かで、普段と変わらない。

 でもやっぱり不安が治まらない。

 二キロくらい走って僕と凛のアパート、メイビーのアパートが視界に入る。

 街中に無法者があふれ出すのではないか。

 僕のそんな予想は良い意味で外れた。

 心配していた事は何も起きていない様子だ。

 そもそもMBNPCの大半は極普通のゲーム好きな日本人だ。

 おかしな状況に陥っても簡単にモラルが破壊される事は無いだろう。

 僕は安堵しながら部屋の鍵を開けて中を確認する。

 凛がいない。

 聞いていた予定ではもう帰って来て夕飯の支度をしているタイミングだ。

 慌てて向かいのメイビーの部屋訪ねたけど、留守だ。


「今日は二人で渋谷に行くって言ってました」


「だとしたら地下鉄ね」


「迎えに行きましょう」


 また鉄パイプを片手に今度は二人で笹塚駅へ向かった。

 せめて凛にポケベルだけでも持たせておけば良かったと僕は悔やんでいた。

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