第11話 救い
「随分ヒドイありさまね」
声が聞こえた。
艶のある。
大人の女性の声だ。
「なんだお前は」
悪魔の問いかけに答えず、その女性は少し笑う。
「フフ、ゲームのキャラクターにしては随分バランスが悪いのね」
ゴトンッと、大きく硬い物同士が接触する音が聞こえた。
それ以降、悪魔の声は聞こえなくなった。
「ギリギリ生きてるあなたから何とかしましょうか」
声の主が何をしているのか、目が潰されている僕には分からない。
「さあ、もう見えるはずよ。ドッグくん」
呼ばれ、怖れ、僕は目を開けた。
あの時の、夕日の中に消えたあの女性が目の前にいる。
三〇歳手前くらいだろうか。
凄く美人だ。
うっすらと光り輝き、まるで天界から降臨した女神のように見える。
数秒間、彼女の存在に意識を奪われたけど直ぐ我に返り、周囲の状況を見回す。
猛威を振るっていたあの悪魔は祭壇の脇で固まっている。
まるで最初からそこに存在していたかのような姿で石像と化していた。
エビさんはそのまま倒れていて、凛とメイビーは真黒な杭に体を貫かれ動かない。
先輩だった大蛇の化け物は首を失い、僕の近くに横たわっていた。僕の仲間たちが、大切な人たちがみんな死んでいる。
「順番にしましょうね」
彼女は胸に杭を打ち込まれて絶命している凛とメイビーの前に立つと、目の前の空間にコンソール画面を開き、優雅な指さばきで操作を始める。
胸に刺さる杭が瞬時に消滅し、二人は息を吹き返した。
「あれ? 私生きてるの?」
「ボクって死んだはずじゃ?」
〝管理スタッフ〟
エビさんが言っていた言葉を僕は思い出していた。
「海老名くん、あなたが付いてたのに。世話が焼けるわね」
エビさんの前に立った女性は、さっきと同様にコンソール画面を使い、エビさんをこの場でよみがえらせた。
「これはどういう事だ? 確か俺は……」
「エビオ!」
意識を取り戻したエビさんにメイビーが駆け寄り、つまずきながら抱き付いた。
「良かった! エビオが生きてる!」
メイビーがオイオイ泣き出す。
エビさんはメイビーの頭を撫でながら女性を見て、いぶかしむ。
「水野さん。あなたは今どこからアクセスしてるんだ」
「その呼ばれ方は何年振りかしら……。そうそう、あの生き物もMBNPCね?」
その女性が画面に手をかざすと、階段の途中に転がり落ちていた先輩の生首が高速で引き寄せられ、元の胴体にくっつく。
「シュ。クシュルル」
先輩が生き返った。
それは良かった。
でも、彼女は化け物の姿のままだ。
「先輩……」
先輩は我が身を見つめ、僕を見つめ、その醜悪な顔に苦悶の表情を浮かべると、黒々とした山の茂み奥へと逃げ出した。
大蛇が這いずった跡を残して。
今追いかけても彼女は逃げるだけだろう。
何とか人間に戻してあげたい。
「水野さんと言いましたか」
僕は女性の前に膝を着き、懇願する。
「あなたは管理スタッフですよね。さっきのは管理者用のコンソール画面ですよね。何でも操作可能ですよね」
女性は少女のように微笑む。
「何でもは言い過ぎだけど、大概の事なら。それと、私は管理スタッフではないの」
「なんだっていい。お願いします。さっきの大蛇の化け物を元の姿……いや、主人格と同じ女の子の姿にしてあげて下さい」
ダメ元でも構わない。
例え僅かな可能性でも賭けてみたい。
僕は水野さんに向かって頭を下げ、そのまま額を階段の石畳にこすり付けた。
「たぶん出来るけど。主人格の身体はフルスキャンしてあるのかしら」
「凛!」
「え、ハイ!」
急に呼ばれた凛が慌てて立ち上がる。
「この子の身体と声と、全く同じでお願いします」
水野さんはちょっと困った顔をして、たおやかな人差し指を口元に添えた。
「全く同じは無理ね。同一IDのボディは同時には存在できないから」
「じゃあ、この凛を最初のフルスキャンデータ適用に戻して下さい。パピコって名前のキャラです。その後で空きIDに成った今の凛の体を彼女に、鶴見先輩にお願いします。凛、いいよな?」
「うん。翔ちゃんがそれでいいなら」
水野さんは微笑み、楽しそうに僕を見つめる。
「随分あの子にご執心ね。恋人?」
僕は思わず赤面した。
同時に凛の視線が気になる。
「いえ……友達、です」
「そう、人生って色々よね」
水野さんはコンソール画面を開いてくれた。
十数分後。
僕らは階段を外れてしばらく歩いた山奥の茂みに先輩を見つけた。
まだ化け物の姿をしていたけど、肌に密生していた鱗がパラパラと抜け落ち、裂けていた口がしぼみ始め、大蛇だった下半身が風化するように崩れ始めていた。
「先輩」
僕は茂みを掻き分けて近付こうとして、ためらう。
元々の鶴見楓の身体に戻った今の彼女は、当然のごとく全裸だ。
「い、犬飼くん……」
少し息を切らせ、身体を火照らせながら僕を見つめた先輩は一糸もまとわない自分の姿に気付き、慌てて身を縮めて胸を隠した。
「みっ、見ないで!」
「はい……」
僕は後ずさって目を背ける。
でも少しだけ、白くて綺麗な形のオッパイを見ちゃった。
僕がその場で突っ立っていると気を利かせた凛が先輩に寄り添い、着ていた上着を脱いで替えの下着と一緒に手渡した。
水野さんが服くらいサービスしてくれないかなって思ったけど、命の恩人にこれ以上は厚かましく頼めない。
僕は凛と先輩の姿を見つめた。
今の凛は現実の凛と同じ姿で、先輩も現実の先輩と変わらない。
やっと収まる所に収まった感じだ。
「他力本願だったが、結果オーライだな」
エビさんは一息ついて、一緒に来ていた水野さんを振り返った。
「水野さん、あなたが何故GOFにいるんですか」
「興味深かったからよ。今のあなたたち、MBNPCの存在は私に似ている」
似ているってどういう事だろう。そもそもこの人は何者なんだ。
「あら、獅子内くんがログインして来る。私は退散するわね」
それだけ言い残し、水野さんの姿は光の粒子に成ってかき消えた。
彼女には訊きたい事が山ほどあったのに。
入れ替わるように、僕らの前に背広姿の獅子内が現れた。
「水野くんが今ここにいたな」
痩せぎすの獅子内が疑り深そうな瞳をギロリと動かしてエビさんを睨む。
僕は口をつぐんだ。
少なくとも水野さんは僕らを助けてくれた人だ。
そしてこの獅子内を避けて姿を消した。
だから何も言いたくない。
「いましたが、世界観や環境設定に影響を与えてはいません」
エビさんが獅子内に言う。
報告するといった雰囲気だ。
僕はエビさんにも色々と訊きたい事がある。
獅子内は憮然とした表情で僕らを見回した。
「彼女はシステムに介入しただろう。勝手にキミたちを蘇生させて。困った人だ」
「あの人は僕らの命を救ってくれたんですよ? それを困った人だなんて」
僕は思わず獅子内に詰め寄っていた。
「命を救っただと? ハッハッハッ、キミたちに命と言うものが存在するならな。では訊こう、キミはキミ自身の存在を何だと思う」
「それは、MBNPC」
そう答えると獅子内は満足気に目を細めて、僕の肩に手を置いた。
相手がホログラフだから感触は無いけど。
「そう、MBNPCだ。人間の記憶を抽出して生み出された存在だ。だからキミたちに感情を模したものが在る事は認めよう。だがね、仮想空間内に居る限り半永久的に存在し、子孫は作れないが、単体として老いもせず死にもしない。たとえ死んでもシステム操作で何度でも生き返る。それを人間と言えるのかね。生きていると言えるのかね」
獅子内の顔は僕らをあざ笑っているようにしか見えない。
「主人格と融合すれば……」
「もう誰もゲームなどしていない。主人格からは既に見捨てられている。そんなキミたちに人権など無いんだよ。現実の人間からすると、キミたちの存在は羨ましくもあり、また脅威でもある。元が人間なんだから理解できるだろう」
獅子内が言う事は一応筋が通っている。
全て真実だとすればだけど。
だからって僕らが人間ではないと言われても納得できない。
泣いたり笑ったりするし、今みたいに怒ったりもする。
「便利な道具として、これからの日本に貢献してもらうよ」
そう言い捨て、獅子内は僕らの前から姿を消した。
静寂が広がる。
獅子内の物言いにこの場の誰もが不安感を募らせている。
何が正しい事なのか、判断する材料も持ち合わせていない。
でも、エビさんなら答えを知っている。
僕はそう思う。
「エビさん、訊きたい事があります」
僕の問いかけにエビさんはうなずいた。
「ああ、話すよ。だがまずはこの山から出よう。もう死にたくないからな」
エビさんにうながされ、僕らは悪魔の山を下りた。




