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四十話「俺ドラゴンの――」

「プロジェクトもひと段落したし打ち上げでもするか!」

「お、いいっすね!勿論、結奈先輩の奢りっすよね!」

「女性相手にたかるのか?バカ言うな、経費だ経費!」

「ひゃっふー!」

「いよっ!課長様!」


 前の職場なら飲み会と聞いてこんな沸き立つ事もなかった。

 みんなこの世の終わりみたいな顔をしていたのに、会社が変わればこうも変わるのか。

 そんなブワック育ちのホワイト企業カルチャーショックもいい加減に慣れてきた。

「神谷さんも行きますか?」

 隣の席の同僚も楽しそうな顔で声をかけてくる、そも会社で笑うという事自体があり得ないかったな、内心でと苦笑する。

 しかし――

「すみま…」

「おい、新婚を誘うなんて野暮な事するもんじゃないぞ」

「そうっしたね!すみません!」

「いえいえ、参加したい気持ちもありますが今回はすみません」

「大丈夫ですよ、桜が咲いたら皆んなで花見に行くのがここの行事でして、あ、勿論給料は出るんでその時にでも!神谷さんには大変力になってもらったので!」


 社会人はしがらみが多い。ただでさえ仕事とは何か生きてく上で大事なエネルギーを消費してる気がする。

 だから、飲み会とかそういう部分は今の世の中ではセンシティブなところだ。

 でも俺は新しいこの職場では楽しみな一つだった。

 当たり前の事が当たり前に行われるという事が、どれだけ大きなことか。

 負のオーラはパンデミックの様に瞬く間に伝染するが、明るい空気があり続けるのは奇跡に等しい。

 だからやはり、参加したいのは山々だが、先輩の厚意に甘えるとしよう。

「じゃあ、お疲れ様です」

「「お疲れ様です!」」


 揺られ揺られて、辻堂駅を降りる。

 ファッションショップやスーパー、雑貨店が多く並ぶテラスモールは女子高生から主婦の人まで年代は広く女性が多い。

 再開発が進んでいるのか駅周辺は新しい煌びやかな空気と共に人の熱気にあふれていた。

 そんなテラスモールを一瞥して俺は背を向ける。

 線路を挟んで反対側に降り立つと、大きな学習塾の看板や銀行、ラーメン屋にパン屋などどこか昔ながらの辻堂が残っているそうだ。

 こちら側でも俺の地元を思うと都会感にみちているのだが、地元の人曰く古臭さが目立ち始めているらしい。

 そんな店々を抜け海沿いを走る国道134号線へと繋がる大きな道に出るとその景色は一変する。

 住宅を囲うコンクリートも黒々とし始め、ここに流れた長い時間を思わせる建物が増えてくる。

 コンビニに寄りちょっとしたお菓子とつまみを買い、それを手に俺は歩き出す。

 商店街を抜け、いよいよいつもの道をひとつでも逸れれば未知の世界が広がる入り組んだ住宅地へ入る。

 未だどこか新鮮で、どこか疎外感すら感じてしまう道だが、同じくらい郷愁を感じてしまうのは何故だろうか。

 ここが自分の居場所だというのは何故にこうも嬉しいのだろう。


 道を歩く。知っている様であまり知らない道を歩く。

 駅にいた頃を思えば同じ道を歩く人はかなり少ない。

 僅かに感じる潮の匂いとイヤホンから流れる好きな音楽に気分が上がる。

 辻堂の再開発で一つの目玉といえばTサイトという場所だろう。

 スタバ付きの蔦屋書店を始め、衣服やサイクリングショップなどが複数棟に渡って入っていて、それを囲う様に沢山の住宅が建てられている。

 その一角が俺の帰る家でもあった。


 ピカピカの住宅を見上げているのに、何故か十年以上を過ごした実家と遜色ないくらいに俺の目には映ってしまう。

 扉に鍵を差し込むと胸が高鳴るのがわかる。

 ただ家に帰るだけなのに、そこに誰かが居ると思うだけでワクワクソワソワしてしまうのだろうか。

 軽い音を立てて滑らかに開かれる扉。

 昨日とは違う調理の香りがする。

「ソウタ!お帰り!」

 真っ白だったはずのエプロンにいくつかケチャップか何かの染みをつけて彼女が走って迎えてくれる。

「わっ」

 子犬じゃないのだから、三回に一回は必ず転けて胸に飛び込んでくるのは…

「えへへごめんなさい」

 胸元で笑顔を浮かべる彼女を観るとわざとにすら思えるが、毎回でも構わないな。これは。

「ただいまレミア」

「お帰り!ご飯にする?お風呂にする?それとも…」


「ゲームにする!?ゲームだよね!昨日勝ち逃げされたからね!」

 そこは私?じゃないのか、と言いかけて飲み込む。

 そんなことを言ったら顔真っ赤にしてまともに顔も合わせてくれなくなるから。

「そうだな、ゲームしよっか」

「うん!」

 そんなレミアも知った。これからも沢山の彼女を知りたいし、知ることだと思う。

 合わない事があるかもしれない、喧嘩もそりゃ毎日顔合わせてればするかもしれない。

 だけど、そんな事ですら愛おしいのだから恋は惚れたら負けなのだ。

 でも負けだろうと何だろうと構わない。

 彼女と手を握って、抱きしめて、キスをして、そうして生きているだけで俺は幸せなのだから。


「ソウタ、早く早く!」

「わかったからスーツだけ掛けさせてくれって」

 彼女の隣に座る。

 コントローラーを両手で握り、画面を見つめる彼女の余りにも無防備な頰にキスをした。

「…そういうのずるい」

 耳まで真っ赤にするレミアの反応が俺は好きだ。

「負けたくないからな!」

「ずるい! …もっと…。」

 もう一度、ゆっくりと唇を合わせる。

「レミア愛してる」

「ソウタよりも私の方が愛してるもん」

「そっか、じゃあ嫁さんは旦那を立てて今日も負けてくれるんだな!」

「最近じゃそういうのを古いっていうんだよ!男女平等の時代ですってよ旦那さん!」

 言葉じゃ強気でも彼女は照れると顔を合わせてくれなくなる。その代わりに尻尾でやたら突いてくる。

 ドラゴンの彼女だが、さして人間と変わりない。

 俺とレミアの少し変わった日々もさして大きく変わることはない。

 だけどほんの少しだけ変わったことを一つ一つ大事にしてこれからを共に生きていく。

 だから何度でも言葉にする。耳にタコができる程、言葉にしたい。

 言葉にしなければ伝えられる事はできない、それはドラゴンであろうと人間同士でも当たり前で、とても難しい事だから。


 ――俺、ドラゴンの旦那になりまして。


 俺と彼女の物語は一旦、完結と相成ります。


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