三十五話「交差する錯綜」
燃えていく。
私の中で私が燃えていく。
ふつふつと私が消え、もう一人の私が姿を現していく様な――そんな感覚。
焚き木に混ざった石コロみたく私の押し込めていた黒々とした思いが姿を見せていく。
「ソウタは…ソウタはなんでどっかいくの!?」
違う。違うの。こんな事言いたくないの。
信じているの、そして諦めてもいるのよ?この想いは実る事などありえないのだと、私だってわかっている。
だから、だからこそ、せめて彼と居られるこの時間を大切にしたいの。
――そう押しとどめていたのに…。
「レミア?おい…おい!無理するなってどうした?」
体が熱い。腹の底から燃え上がって、胸の奥底から全てが込み上げ言葉になってしまう。
私の理性が燃え、抑えが効かなくなっていく。
熱さに頭はすでにゆだりきって、僅かに残る私の理性は寂しげに――悲しげにやめてとすすり泣いている。
「私はソウタにいて欲しいだけなのに…なんで!なんでよ!ソウタは…げほっゲホッ…」
「落ち着けってレミア、無理に体を起こすと…」
「ソウタはどっかにいってしまうのでしょ!私にそれを悟られない様にして!私は…私はそれでもソウタを信じていたのに!」
「なんの話だいきなり…とりあえず落ち着けって、な?」
「じゃあ最近なにしているのよ!私は知っているの、ソウタは女の人にあっているんでしょ!?そうよね、私は人間じゃないもの、貴方達にとって想像し難くて存在していたら困るバケモノよ!だから、だからソウタは!」
「ちょっとだから待てって、確かに女の人に会ったのは事実だが誤解だって俺はレミアと…」
彼の言葉尻が小さくなった。
そしてその口籠る姿に私の熱は膨らむ一方。
――人間は嘘をつくからねン。
誰かの…知っていても知らないふりをしたくなる誰かの声がした。
人間は嘘をつく。誰かのために、自分のために、誰かを悲しませないために、誰かを騙すために。
優しかろうと悪意だろうと嘘は嘘だ。変わることはない。
彼の沈黙が嘘だ。
言えない何かを誤魔化すために黙って、必死に嘘を考えているのだ。絶対に。
「私となによ!言えない事なの!?」
――あ。
不意に記憶が蘇る。
『レミアちゃんまた明日ね!私とレミアちゃんは――』
そう言った友達がいた。友達と思っていた人間がいた。
「そっか…ソウタも同じなのね…私をずっと怖がっていて、準備がいよいよできそうなのね」
「な、何がだよ!?俺はお前を怖いなんて…そりゃ思った事がないとは言わないが…だけど!」
「私はずっと信じていたのに…今度こそ…信じてみようと…」
「レミア」
ふと手に暖かい感触があった。
彼は私の手を掴んで心配そうな顔をしていた。
私の熱い手よりもずっと大きくて、私の手よりもずっと冷たいはずなのに心地よい温もりを持った手が優しく包んでくれる。
「触らないで!」
しかし、私はそれを払ってしまった。
「誤魔化そうとしても無駄よ!誤魔化して明日にでも人間を連れて私を殺すつもりなのでしょ!」
私がしたいのはこんなことではなかったはずなのに。
彼が私にくれる温もりや優しさを私は沢山沢山欲しかっただけ。
勝手な想いだと知っている、わかっている。だから秘めて押しとどめて、この幸せな生活の終わりを少しでも遠くにできたらって…。
そう、思っていた筈なのに…。
彼とそう長くいたわけではない。それでも私の生きていた400年など霞んでしまうほどに輝くこの時間が、彼のとの時間が、幸せで――いつからか永遠に続くと…
「私は信じていたのに!」
ついに私の熱は視界にまで及んだ。
端からゆっくりと私の世界を、私の大切な人を奪っていく。
私の頭の中を写した様なぐちゃぐちゃな世界で未だに私は暴れ続けている。
それはただの駄々をこねる子供と等しく、こんな姿を見せたくないと私のすすり泣く理性の声など届かない。
「レミア落ち着いて聞いてくれ、最近俺がしてたことはもうすぐ説明できるから…だからさ、もう少しだけ待ってくれないか?」
私が払った手を下ろせないままの彼が静かに言った。
――また貴女は騙されるのネン。
彼の言葉が遠く聞き取れない。私の脳裏に嫌いな声だけが響き渡る。
――また貴女は人間のせいで泣くのよ、そうやって何度も何度も馬鹿みたいに信じて裏切られて貴女はまたあそこで泣くのヨン。
――今度は何年泣けばその涙は枯れるのかしら。
違う。私は今だって信じている。この想いの結末は悲しいものだと諦めていても彼はそんな人ではないと矛盾しているかもしれないが信じている。
――人は人よ。時代が違っても人が違ったとしても、貴女が変わる事のないのと同じで人間はみんな同じヨ。
――だから貴女はまた泣くの。勝手に信じる貴方を人間は怖がって、勝手に裏切られたと思い込んで貴女は泣くの。
違う!私の言葉も行動も全部私の意思じゃないもの。本当の私は彼と一緒にただ笑っていたくて
――それこそ嘘じゃない。
頭が割れそうなほど轟き跳ねた言葉。
――今、彼と誰かの電話に、一瞬見せた誰かに向けた優しげな表情に嫉妬して、怒鳴って喚いて泣いている貴女も間違いなく貴女なのヨ、レミアちゃん。
違う。違う違う違う違う。絶対に違う。
だって私は信じているもの…彼を信じていたいだけなの…。
『だったら私が力になってあげるワ』
そう…なのかな…。
脳裏の声が一瞬聞こえなくなったその時、ひらけた視界には彼がソウタが見えた。
あ――。
そして何故か彼の背後に数百年前に見た松明の火と斧やシャベルを手にしたあの村の群衆が見えてしまった。
私を殺せと、私はバケモノだと、私は悪魔だと、そう真っ赤に淀んだ瞳が私を睨むあの光景が映っている。
ソウタも同じって事…?
「そっか…」
「レミア!よかったとりあえず早く横に――」
私は再び彼の手を取らず。
――私は真の愛を試す悪魔。試練と結果を持って人間を導く天界の使者。さあ貴女の想いも彼の嘘も試してみまショ。
――貴方が笑うに相応しいのかしら、貴方が怒るに相応しいのかな、貴方が『悲しむ』には相応しい?
――彼を信じるために彼に試練を与えてみまショウ!真実の愛こそこの世の正しいもの、嘘も悪事も我らの父の前で測るまでもありません。たった一つ結果が皆を幸せにいたしまショウ!
「わかったわ。ドナ。」
私は彼の手を取らず、悪魔の手を取ったのだった。
黒い感情が私を包んでいく、多分冷静になったら私はきっと悲しむのだろう。
それでも私の中の黒い感情だって私だ。
ソウタが私以外に笑う時ちくりと胸が痛くなる、ソウタが私の側にいないと寂しくなる。
嫉妬、妬み、疑心。私も彼も何一つ言葉になどしていない。
なんとなくで始まったこの生活が私の物だと勝手に決めつけた。
そんな私も私だ。
きっとこの感情は恋ではなかったの。
だって物語のヒロインはもっと笑って幸せそうだもの。
幸せを感じるたびになぜか苦しくなるなんて――そんなものはきっと恋ではない筈よ。
こんなに苦しいものが恋な訳ない――。