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三十三話「風邪のごとく!」

 ふらふらする。熱にほだされて頭の中がぐちゃぐちゃ。

 胸が詰まって、不意に呼吸が荒くなる。

 辛い…辛いよ…。

「ソウタぁ…」

「レミア?お、おいレミア!?」

 あの悪魔の言葉が頭から離れ…ない…



「レミア?レミア!?どうした!」

 帰宅して夕ご飯の準備をしている時だ。

 ばたりと嫌な音がして目を向けて見ればレミアが倒れていた。

 すぐさま駆け寄ると、真っ先に感じたのは体の熱。

 呼吸も小刻みで吐息も熱く、頬も赤く火照っている。

「とりあえず寝かさないとレミアの部屋――やめとくか。俺の部屋に…」

 恐ろしく軽かった。

 その少女の様な身体に違わず軽く、女の子の身体などしっかりと触ったことのなかった自分にはそれが驚きだった。

 漏れる吐息にうわ言のような声が混ざり合う。

 思わず生唾を喉奥に押し込んでしまうがそんな事をしてる場合じゃないと頭の奥底へ押し込んで思考を正す。

 好きな子の身体に触れているからって動揺とその他の感情を湧き上がらせてる場合では――ないのだ。


「はい、はい。すみませんこちらの都合で…ええ、いえいえ、はいありがとうございます。では失礼します」

「ん…んん…ソウタ…?けほっけほっ…」

 電話を切ると丁度レミアがゆっくりと瞼を開けた。

 辛そうなのは変わらないが一安心だろうか。

 起き上がろうとしたレミアをそのまま寝かせ、額に濡れタオルを置き直す。

「レミア大丈夫か?風邪っぽいけど薬はシルさん来てからな、人間用で大丈夫かわからないし」

「風邪…?」

「おう、ここ数日様子が変だったのはそのせいかな。俺も気付いてやれれば良かったが体調悪かったらレミアも言えよ?」

「風邪って…?」

「そっか、風邪っていうのは軽い病だよ。特に最近みたいに涼しい日が増え始めたり季節の変わり目がかかりやすいんだ。レミアの場合は夜更かしの所為かも知れないけどな」

 なんて、いつもの様に冗談だとわかる口調で話す…が。

「そっか…」

 なんてしおらしく返されると無性に心配になる。いつも元気なのがレミアだと思っているから。

「けほっけほっ…っくぴゅん…」

 なんで女の子のくしゃみは可愛い音がなるのか。中学のなんちゃって思春期の頃からの不思議だ。

「さっき…」

「ん?」

「さっき…の、電話は…?」

「明日会うはずだった人に行けませんって連絡してただけだよ」

「いいの…ソウタが…けほっけほっ」

「無理して喋るなって。それにこんな体調のレミアをほっぽって何処かに行けるわけないだろ。何か欲しいものはあるか?食べられそうなものとか、甘いものでもお粥でも、なんでも」

「…わから…ない…」

 まぁ、そうだよな。初めての風邪なのだし。

 俺の時はどうだっただろうか――初めての時は流石に覚えてないが、それでも小さい頃母さんがどうしてくれていたかは覚えている。

 俺はそれを一つ一つ思い出して、レミアに合わせて行おう。

「知ってるかレミア、人間は風邪をひくとお姫様や王子様が如くなんでもわがままを言っていいんだぞ。治るまではなんでも言ってくれていいからな」

 社会人の、それも俺が勤めていた様な会社は除くが。インフルでも出勤でパンデミック起こしてるのが風物詩の会社なんて例外中の例外だ。

 社会人でも体調悪ければきっちり休む、それが当たり前の国だと俺はまだ信じている。

「なんでも…?」

「可能な事ならな。ま、とりあえずもう少しは目だけでも瞑って身体を楽にしてるんだ」

「ソウタぁ…」

「そんな声出すなよ、いつも元気な分心配しちゃうだろ。大丈夫ずっと側にいるし、シルさんもメッセージみたら飛んでくるだろうし」

 言って気付いたが本当に飛んでくるな。ドラゴンの姉さん。

 レミアの瞳は元々赤いが、頬を染め涙を潤ませるその表情はだいぶ異なる赤色だった。

「そんな顔するなって、大丈夫。大丈夫。」

 無意識に俺の手がレミアの頭を撫でている。

 さっき初めて少女の軽さを感じたが、俺はレミアにこうして触れる行為自体は自然としていたな。

 なんて、気付いてしまうと照れくさいような、恥ずかしいような。

 それでも俺の手の動きに合わせて小さく頭を揺らしながら、彼女は彼女らしい笑顔を浮かべてくれるのだ。

 俺はそんな表情が大好きで、癒される。

 レミアは片手を掛け布団から出して俺に向けた。

「握ってもらっても…いい?」

 可愛いことを言う…。

「勿論、お姫様の御手を無下にはできませんから」

 昔、綾乃が風邪引いた時にはよくお姫様設定で看病しろって言われたものだ。

 それで「そんな事言えるのなら元気じゃねーか」って俺が言うと「具合悪いもん」って体温計を印籠の様に見せてきて――小さい頃の話だが。

 そんな小芝居の癖がレミアにも出てしまった。

「ふふ…そっかよかった。」

 小さくて、暖かい手を握る。潰してしまうんじゃと危惧してしまうほど、弱々しくて柔らかいその手を。

 ふと、「よかった」の意味を図りかねたが、熱に沸かされているだけだろうか。

「ソウタの匂いがする」

「レミアの部屋に入るのは気が引けたからな…っておいあんまり嗅ぐな恥ずかしいから!ベットと掛け布団は一人暮らし始めて買った奴のままだから年季は入ってるがソファーよりはいいと思って…」

「くっぴゅん、ちゅんっ、っぴゅん」

「ほら、もう寝な。俺はずっと――」


 苦しそうな呼吸は変わらずだが、それでも一先ずレミアは眠った。

 うわ言の様な寝言を時折こぼしながら。

 俺はそっと手を離し、新しい水とタオルを取りに行こうと立ち上がる。

「プ…リン…んっ、はぁ…ふう…」

 ふと聞こえた声。

(プリンか、買いに行くよりは作って見るか)


 ソウタ――。


 考えながらドアノブに手をかけるとはっきりと聞き取れる声がした。

 振り向くと握っていたレミアの右手が何かを探す様にぐーぱーしていて、俺の名前を繰り返している。

 ベットの側へ戻り、その手を握り直す。

 心なしか表情が和らいだ様に見える。

 だが――

「…シルさん早くケータイみて」

 これじゃ何もできないな…。



「――ソウタ…?」

「なんでソウタから私に変わると起きるのよ。悲しくなるわ」

「…シル…姉?」

「そうですよ、あなたを愛するお姉さんですわよー」

 レミアはゆっくりと体を起こした。

「お、レミア――」

 キイと軽い音を立てて部屋の扉が開かれる。

 扉を開いたのはシルが来た事でキッチンへと移動できた蒼太だった。

 扉の陰から蒼太はみた――蒸れた熱い息を苦しげに漏らすレミアを見つめるシルの顔を。

 同じドラゴンであり、姉であるシルの――家族の表情を。

 重ねて見えた、いつかの綾乃が寝込んだ時の事。自分もあんな表情をしていたのかと、重ね合わせて蒼太は笑みが溢れる。

 一息、ゆっくりと飲み込んだ言葉を自然に言えるように取り戻す。

「お、レミア起きたか。もう少ししたらお粥できるけど食えるか?」

「ソウタ…うん、少しなら…」

「わかった。それでシルさんレミアはどう?ドラゴン特有の病気とかじゃないですか?」

「大丈夫です、薬も人間用のもので構いませんわ」

「――?シルさん怒ってます?」

 なんら普通の言葉だがシルの口調はどうみても棘があった。

「怒ってませんわよ。ええ、全く。」

「そ、それならいいですが…とりあえず昔の余りが一回分は残ってたから朝になったら買いに行かなきゃな」

「それじゃ私は帰らせて頂きますわ」

「もうですか?」


 いつもレミアを一番に考え行動するシルさんにしては淡白すぎて蒼太はつい違和感を覚えてしまう。

「ええ、レミアも安静にしていれば大丈夫そうですしソウタもいますし、私も明日は用事がありますので」

「そう…ですよね。すみません夜遅くに」

「じゃあごめんなさいねレミア。また様子見に来ますから、安静にしなさいよ」

「うん…けほっ…ありがと…」


「シルさん本当にありがとうございました。レミアもシルさんの顔を見て安心そうでした」

 玄関。シルの見送りにと来た蒼太と挨拶を交わす。

「…ソウタ」

「はい?」

「前に私言いましたわよね、「レミアを泣かせたら殺す」と。私は前も今も本気です、ソウタはレミアを最後まで選べますか?」

 真っ暗な夜闇の元でもその表情は――本気のその表情は見て取れた。

 だが蒼太も臆することも、躊躇うことも既になく。初めてシルが蒼太とレミアの家に訪れた時とは覚悟も思いも異なる物だった。


「ええ、勿論。」


 視線を外すことはなく、本気の視線に本気で返す。

「とはいってもレミアが本気で拒否されたら考えますけどね。今の俺の頭にあるのはレミアといる事だけです」

「そ、ならいいわ。恥ずかしい告白を私にされましても学園ラブコメみたいに面白おかしくいじってはあげられませんわよ」

「な――まぁ、いいや…でも本当にシルさんが来てくれてよかった。レミアだけではなくて俺も助かりました。」

「――!んもう、調子が苦しますわ。それじゃ妹をお願いしますわよ。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 人の体のまま、背中に翼を現し羽ばたかせシルは夜空に消えて行く。


「…私もソウタが居てくれてよかったですわよ」


 そんな言葉を残して。


 「ああ、暑いですわ。夏も終わったというのに。レミアの風邪?が移りましたかねえ。ああー熱い熱い、妬けてしまうほど熱いですわね…」


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