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二十九話「週末何してますか?暇ですか?水着でバーベキューとか――」

「あのシルさん…一体何をなさっているのですか?」

 そんな俺の言葉への返答は酷く篭った声で返ってくる。

 それもそのはずで――

「ソウタはこの国の人間の癖に土下座も知らないんですの?」

 そう彼女は現在レミアの座る椅子の前で古くから日本で伝わり、最先端であり最新であり伝統芸である『DOGEZA』を行なっていて額をフローリングの床に密接させているからだ!

 いや…だから何だ?この状況は。

「DOGEZAは見れば分かりますよ。一体なんでそんな事をしているんですか?俺が下の自販機で飲み物を買ってくる間に何が?」

 実際にやっているドラゴンは初めて見たが。もちろん人間もないが尻尾だけはふわふわと揺れているのが面白い。

「蒼君少しかっこよく言っても意味ないですよ。まぁ…あれです、お願いをしているのです」

 食事用のテーブルにレミアと土下座するシルさん、そしてテレビ前のソファーには綾乃が二人の光景に背を向け必死にタブレットを書き殴っている。

「まぁ綾乃は後でいいか。それでレミア、シルさんは何をお願いしたんだ?」

「それがね!シル姉が――」

 そのシルさんのお願いとは。


「海でバーキューをしよう!なんて言うのよ!!


「あぁ…。」

 その一言に俺は納得してしまった。

「ソウタからも言ってあげてくださ――」

「悪いシルさん、それは多分無理です」

「なっ!?何故ですの!?」

 きっと――夏の湘南の海でバーベキューは関東民の憧れだろう。

 田舎者の俺ですらそう思っていた事があるのだからもはや全国的に憧れるのではないだろうか?

 田舎者だからこそテレビでやっていた江ノ島特集とかキラキラして見えていたのかもしれないが。

 まぁさておき、数日前に買い物の帰り道を少し遠回りをして134号線を走った時の事。

 まだお盆休みには早い七月の第2週だと言うのに江ノ島へ向かう橋から左右に別れる両海岸には人、人、人、人の波。もはや濁流。

 俺でさえそんな景色を見てしまっては休日出勤に消えた去年の夏休みを思い出し、観光やらバーベキューやらではしゃいでいる人達がどこか恨めしく思う。

 そしてきっと俺以上に反応があるだろうと見たレミアの顔は顔面蒼白というか灰色というかキラキラと輝くガラス越しに隣に座るドラゴン少女の世界は終わっていた。そんな顔をしていた。

 あんな顔をする機会は宝くじで一億円が当たって、喜んでいたらそれは古いジャンパーのポケットから出てきた去年のやつだったとか――それくらい叩きつけられないとできない顔な気がする。

 見ただけでこの世が終わるレミアだ、その中に混ざっていくというのは厳しいだろうしそんな無理をする場面でもない。

 七夕の時の人は多分あの海岸以上に密集してごったがえしていたが、あの時はレミアも乗り気だったし何だかんだ楽しんでいた。

 ――あ、いや。あの七夕祭りの人混みに揉まれたからか。

 七夕祭りから、そしてその後ドラゴン姿のレミアの背に乗っての星見から帰宅した後、「でももう疲れたー!」「やっぱり人間に囲まれるのはゲームだけでいいわー」と床に転がりながら無双ゲーやりながら呟いてた言葉は存外切実な思いが込められたものだったのかもしれない。

「まぁ、レミアも嫌がっているのなら無理をさせる理由もないしな」

「ソウタ…!」

「ですがソウタは見たくはないのですか!?私セレクトのレミアの水着を!!」

 そう言われてしまうと少し返答は詰まってしまう。

 昔からレミアに可愛い服を着せようと画策していたシルさんの企み…というか懇願は悉く拒否されていた様で、先日の浴衣では本当に嬉しそうだったのを見ているし、長年のその(妄想から鍛えられた)センスは良いものだった。

 レミアの水着――というよりも俺としてもイベントはせっかくなら沢山行いたい思いもある。

 だけど、だけども、やはりそれは彼女が楽しんでこそだろう。

「とりあえずシルさん、頭上げませんか?話しにくいです」

 俺の協力も断られて観念したのかシルさんは平静を保ちながら素知らぬ顔で椅子に座った。


「では各自お酒を持って、乾杯」

「「「かんぱーい!」」」

 一口ビールで喉を鳴らし、俺はトングを再び手にして肉を返す。

 一週間前、しないと話しをしたけれど、やはりシルさんの押しに負けてバーベキュ…

「むぅ。ま、ソウタの作ったオツマミが美味しいのでいいですが…私が考えていたのはこうではなくてですね――」

「ほらシルさん!このカルビ焼けてますよ!」

 口を尖らせながらタコとキュウリの和物をもっきゅもっきゅさせてるシルさんの皿にほいほいっと焼けた肉を乗せていく。

 そう、シルさん要望の海で水着できゃっきゃうふふのバーベキュー!  ・・・ではなく家のホットプレートで肉を焼きながらの宅飲みでした。

 そう簡単に折れるレミアではなかった。

 ちなみに少し外に出た瞬間、熱気に秒で溶けてレミアのその意思が硬くなった(加えて俺も億劫になった)とかそんな事はなかった。うん、しかしエアコンの効いた部屋最高。

「綾乃も仕事お疲れ様。夏休みはもらえるのか?」

「うん!お盆前から10日くらい!」

「それで夏コミの原稿は終わった?」

「えっ、うん…終わったけど何故それを?」

 ビールを含み至極幸せそうな顔から一転、きょとんとする綾乃。彼女の大きな目も相まってコロコロと変わる表情が昔から変わらない特徴だ。

 本人は自覚しておらず周りから言われても「そんな事ないですよー?」と、そんなやり取りはもはやお約束だが毎度それにも付き合うのが綾乃らしさ。

 本人の性格を考えると特に何も考えていないのかもしれないが、見ていてそれだけで楽しいのだ。

「先週必死に描いてたじゃん。印刷とか詳しいことはわからないけどこの時期に必死に描くって夏コミ原稿くらいだろ?」

「でも…同人活動のことは職場の人くらいにしか言ってないですよ!」

「高1くらいの時からやってるの知ってる。というか隠してたつもりなのか!?」

「そ、そうだったのですか…じゃあ隠さなくていいですか。そうなんですよ、原稿遅れちゃって仕事を早めに上げて職場でも描いてなんとか間に合いました。なのでお酒がとーっても美味しくいただけるのです!」

 一人グラスを掲げる綾乃。この様子だと酒のまわりが早そうだ、変わらずタレ一択か。

「実は私もげすといらすと?として参加させもらったのです!」

 ふふんと鼻をならして肉を口に入れるシルさん。タレよりも塩胡椒といたレモンの方が割合は多いか。

「そうそうシルさんは普段どんな生活をしているのです?炊事洗濯とかはしているとぼんやりと聞いたけども…」

 俺も新しく肉や野菜を配置し、自分の皿へ置いた肉を食べながらシルさんへ質問する。

 ちなみに俺はほぼタレ、タンは塩レモン一択だが。

 焼肉に白米はあり得ないと言う輩がいるが、タレをたっぷりくぐらせ白米の頂上でワンクッションさせ、肉を食べ徐々に肉汁と共に染みていくタレご飯で焼けた肉を食べるのが至高なのでぶぅ。

 焼肉で気にするのは翌日を考えてのニンニクの量だけでいいのだ。サンチュで巻くのもまた美味いがあれで食べればヘルシーというのは間違いだと俺はいつも思う。

 黒◯龍茶飲めばおやつをいくら食べても太らない訳ではないのだ、普段の食事量に加えることで抑えられるのであり飲んだから余計に食べてもいいという話ではない。

 そもそも焼肉を食べるのにカロリーとか言うのは野暮。我々は肉を頬張り、脂で喉を潤し、なんなら酒まで呑んでいるのだ。

 余剰分は翌日から少しずつ軌道修正すればいいのだ。無礼講だと割り切って気にしない方が絶対旨い。

 ――などと昔、仲の良かった上司と熱く焼肉屋で語り合ったのを覚えている。

 何故か突発的に今の状況と重なってすごく懐かしく思えてしまった。

 白米の話に関して言えば、酒のあてに特化する食べ方もあるから結局好き好きという結論なのだが。

「そうですね…家事以外ですとアヤノから借りた本を読んだり、テレビや録画のアニメを見たり、あとデジタルイラストの練習をしてますわね」

「それで綾乃の新刊にゲスト参加ですか」

「シルさんアナログも上手いのですけけど、デジタルは手に合わない!って人も多い中でどんどん慣れていってすでにうちの会社に来て欲しいくらいなのですよ〜!」

「SNSに上げて反応がもらえるのが楽しくて毎日触ってしまってますわ!」

「ねね、ソウタ夏コミって何?」

 レミアも乗っかってきそうな話題なのに静かだと思ったらレミアは夏コミを知らないのか。

 そんなレミアの何気ない質問から綾乃もシルさんも、そしてレミアも含めて水を得た魚のごとく話題が広がっていった。

 漫画など一次創作もさる事ながら二次創作、同人という文化はすばら――!

 ならレミアちゃんには〇〇っていうサークルの新刊がオススメで――

 今期やってるあれが、あ、蒼君も食べて!私も焼くよ――

 などなど。

 元々レミアも自分のツイッターアカウントで色んなイラストレーターさんや趣味で上げてるアカウントをフォローしているし、この時期だと夏コミの告知なども流れてくるだろうから『夏コミ』というワードに合点がつけば一気に納得ができたのだろう。

 ――というか、世俗に塗れているなぁ。

 いや、ま、異世界人とか時間旅行してきた第六天魔王とか頑張らない妹とかオタク文化に染まるのは定番だがこうも現実に目の前でその文化に染まっている人ならざるものを見てると不思議な気分だ。

 さすがは世界に轟き、轟け、ジャパニーズオタク文化。強い。

 世界の共通言語は笑顔なのか金なのかサッカーなのかは知らないけど、オタクは世界中思ったよりも存在する、ワールドワイド。世界の道はとらのあなかアニメイトかメロブに通じているのは確定的に明らか

、間違いない。

 そもそもドラゴン少女といっしょに暮らしている時点で、中二病とチェリーこじらせ過ぎた学生男子でも言い出さない様なぶっ飛んだ設定が今の俺の現実なのだ。

 今更にレミアやシルさんが絵師になろうとアニオタ化しても気にすることでもないな。

 キッチンペーパーで脂を拭って、また野菜や肉を並べながらそんなオタクトークに参加しつつ未だ自分に一般人の感性が残っていることがどこかこそばゆかった。

「俺もコミケ行ったことないし、シルさんも綾乃のサークル手伝うみたいだし俺たちも夏コミ遊びに行くか?」

「本当!行きた――」

「ただし人は七夕祭りの比じゃない」

「え……それはちょっと…もう想像ができない…」

 天国から地獄へ、快晴から夕立の夏の空が如く、買ったばかりのソフトクリームを落とした少女の様にレミアの顔色がブルーへ急変していく。

 悲しい気持ちにさせたくはないがそれでもこれは言っておかないと、あの戦場は過酷すぎるだろう。

 行ったことないけど。

「今は委託ありきですから、無理はしなくても大丈夫です!午後に人が落ち着いてから見て回るのもいいですよ、大手は無くなってしまいますがサークルは一期一会なのです」

「そうですか、レミアが来ないのは少し残念です…はむ」

「ああ!シル姉それソウタが育ててたお肉!!」

「はふっほふあっ美味い!」

 熱々のカルビを大きなリズムで噛みながらグラスで一気にビールを流し込むシルさんは、それはそれは幸せそうな顔だった。

 トンビに油揚げ、ドラゴンに焼肉。一番良いタイミングで攫われたのだ美味いだろう、そうだろう。

 昔、遠足で由比ヶ浜に行って弁当のおにぎりを盗られたのを思い出す。

「焼けば良いし別に構わないよ。美味かったのなら何より」

「ふふん、今日は私も働いたのだから当然の報酬なのですわ〜!」

「報酬?」

「ああいえ、なんでもないですわよ!ほら私も焼きますからソウタも食べてどうぞ」

 シルさんは菜箸を手にすると新たな食材を並べて行く。

 じゅうじゅうと肉から溶けた脂で野菜も香ばしく跳ねている。

 茄子、エリンギのホイル焼き、夏野菜のサラダを取り俺も腰を置く、もちろん肉も。

 焼き茄子に新しいグラスを取り出して冷酒を注ぐ。

 艶やかに猪口の中で回る酒を眺めるとまた少し懐かしい気分になった。

 昔から肉だけではなくて焼き茄子やキノコのホイル焼き、カボチャや玉ねぎなども好きで肉と一緒に食べて飲むコーラが格別に美味くて、美味くて。

 そんな俺も今やコーラが酒に変わり、昔の事がどこか手の届かない場所へ行ってしまった。

 最近やたらこういうことを思い出すのはやはり不安…なのだろうか。

 口に広がる熱を酒が潤すと、ああ、旨い。と思う。

 アルコールの香りが抜けて行くと目の前で焼ける食材の香りに口の中がじゅわっとした。

「蒼君、わたしにも!」

「はいよー」

 差し出された手にグラスを渡し、酒を注ぐ。

「そういえばライジングイレブン新作出るんじゃなかったか?」

「来期から新アニメです!」

「あ、やっぱりあれまだ好きなんだな」

「あれね!先週ソウタに借りてやったけど面白かったわ!」

 そうでしょうそうでしょうと綾乃が胸を張る、本当今日は上機嫌だ。

「俺的にはあれ3くらいで終わってるけどな。もう発売から7年くらいか」

「わたしもアヤノのブルーレイでアニメは見ましたわ!」

 大学生の宅飲みとかもこんな感じなのだろうか。

 その後映画やアニメを流したりして楽しい時間が過ぎて行った。

 徐々にふわふわしてきた頭で認識したその空間は暖かく瞬く灯篭の明かりの様で酒ではなく、この空気を酔いしれてしまう。


 ――ああ、楽しいなぁ。


 がちゃん、と扉が閉まる音がした。

「ただいま〜」

「お帰り、悪いなレミアも酔っているのに二人を連れてってもらって」

「二人ともろれつも回っていないのに帰るって言って聞かなかったから仕方ないわ」

 俺は水道を止めて迎えに玄関へ向かう。

 流石に日付変わりたてだし、酒もしこたま飲んでいるから食器洗いなどは明日起きてから。

「アヤノの家まで二人を担いで飛んで扉の前に置いたら『らーおやひゅみなさー』って言ってたわ」

「そうか、そうか。」

 靴を脱ごした彼女がフラフラっとよろけ、俺がそれを受け止める。

「レミアも飲んでたからな。水飲んで今日は寝ような」

「わたしは酔ってませーん。ふふん!」

 彼女の尻尾が俺の腰に巻きついて先端で背中を突いてくる。

 そうしたらぐりぐりと彼女の白銀の角で鎖骨のあたりを撫でて来て、そんなレミアが珍しくて俺は彼女の頭をただ優しく撫でた。

 胸の中で『ふふん、ふふふん』と尻尾を振る仕草はどこからどう見ても大型犬。

 水に流れる絹糸が如く透き通った白銀の髪の隙間からルビーの瞳がこちらを覗く、するとその真紅はきゅっと細く微笑んだ。

「ソウタ」

「どうした?」

「ただいま!」

「おう。お帰り。」

「ふふふ、ソウタお酒くさいわよぅ!」

「お前もだってーの」

 ほにゃほにゃし始めた彼女を抱え、リビングの扉を開ける。

 さっきまで四人いた部屋が二人に減ってどこか広く感じると一瞬レミアと出会うまで住んでたワンルームのボロアパートの景色が見えた気がした。

 去年の夏。職場の自転車操業もいよいよ燃え盛る大車輪、デスマーチの大パレード真っ盛りを迎えた俺は家なんて寝る場所でしかなかかった。

 ある時、不意にその狭い部屋がとてつもなく広く思えた時がある。

 その原因に気付いてしまうと自分が潰れてしまいそうで、今まで頑張れていた力が無くなってしまいそうで、とても怖かったから考えないように考えないようにしてやり過ごした。


 ――だけど今、このリビングはそれとは違う。 


 二人減っても一人ぼっちではない。

 たったそれだけのことの大きさはきっと去年の自分ではわからなかっただろう。

 もしくはただ単に自分が思っている以上に酒が回っていて思考が働いていないかどちらか。


「なぁレミア」


 だから俺は彼女の名前を呼ぶ。

 気休めでも、自己満足でも、分からない明日があると思いたいからだ。


 ――だから。


「なぁにソウタ?」


 ――竜の少女の瞳を見据えて


「明日は何をしようか!」


 ――いつまでもそう言い続けたいのだ。

ネット小説大賞六の応募受付期間の投稿はここまでかと思います。ですが、これからも続いていきますので読んで頂ければ嬉しいです!

絵とか描いてもらえたら――そんな経験はないですが多分泣いて喜びますね。間違いない。

先日は関東でも大雪だってのに夏の話で申し訳ないです…

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