二十八話「彦星さんはがんばらない」(シルさん!めっちゃ高いですね!!)(あ、アヤノ、そんなに動き回らないで頂けますか・・・)
大地を見下ろし星空を見上げる。
街の明かりは人類の鼓動で星の瞬きは宇宙の呼吸だ。
その狭間で俺は少し前まで空想の存在だと信じて疑うことの無かった存在と漂う。
雲ひとつ無い大空で屋台で買ったフランクについてたマスタードの香りが口に残っていて、不思議とそれが現実味を持たせてくれた。
俺は一つ薄い空気を肺にため、宇宙へ向けて吹き上げる
彼女のおかげで生身の俺でも高高度で漂えるのだ。
それでも僅かに感じる寒さで彼女の中に流れる血潮の温もりが感じられる。
「なあ――」
彼女に話しかける。
もしかしたらあの御伽噺の二人もこうやって天の川まで昇ったのではなかろうか?
ドラゴンの嫁を持ったらそんな事もあるのかもしれない。
年に一度だけ、この幾億年も流れる月日の中でその日を待ち焦がれて日々を過ごしてこの短すぎる一日を向けるのはどんな思いなのだろう。
「帰ったら何しようか」
明日、明後日、一年後、十年後、今は当たり前にある二人での帰り道がもしも存在しないものになってしまったら。
織姫と彦星はそれでもお互いに会える瞬間を楽しみに居続けられるのだろうか?
俺と彼女の――俺からしたら現実離れした日々もいつか、消えいく星の光になってしまうのだろうか。
今、目に出来る地球に届く光はどれほど昔に瞬いた光なのだろう。
だから
「レミア。」
『どうしたのソウタ?』
彼女の声の振動が腹の底まで、骨の中まで伝わってくる。
「願い事、思いついた。」
『おお!それで?』
「それで?」
『教えなさいよ!ソウタのお願いは何?なんなら御伽噺じゃなくて私がかなえてあげるわよ!』
「それは――」
「ね、ソウタ。七夕ってなんなの?」
レミアと生活を始めて三ヶ月弱。七月に入り季節は文句なしに夏を迎えた。
何かが変わったようで見違えるほどには変わらない生活。
やはり基本的には引き篭もり、ゲームをしてアニメ見てという生活だ。
ただレミアの行動は少し変わってきていた。
シルさんと連絡を取ることに気乗りしなかったレミアが少し前にレミアが携帯代を持つ形でシルさんに携帯を買い、時折綾乃やシルさんと連絡をしているようで「ソウタには内緒!」とガールズトークの内容までは分からないが結構小まめにはやり取りをしていうみたいだ。
それがきっかけしてか、あれ程人がいるところに出るのを苦手にしていたレミアが一人だけで週に一回程度、綾乃の家に通っている。
それと俺が料理や風呂の時、つまりレミアが一人になる時間には引っ越してきて以来存在すら忘れかけていたレミアの部屋に居る事が多い。
これもまた「絶対入らないでね!!」という言葉の元、俺には何をしているのか完全に秘匿されている。
俺自身、嫌と言われた以上、深入りする気も無いし何よりも俺以外にもレミアが関わってくれることが嬉しかった。
なんというか思春期に入った娘が色々隠し事し始めたけど友達と仲良くやっているようで寂しさ半分、嬉しさ半分の親心の様な心持だ。
別に俺は親ではないからあくまで想像だが。
なんにせよ俺には話せないこともシルさんや綾乃に話せればレミアにとっていいことだろう。
シルさんだけの場合はまた出会ったときの様に勘違いで殺されかねないが、綾乃という人間目線が加わればそんな事も無いだろうし。
そんな変わった部分もあるがそれでも今現在、風呂をあがって当然の様に椅子に座り俺に髪を梳かれながら携帯を触っている彼女だったり、ほとんどの時間は一緒に暮らしている。
「七夕ってのは『織姫』と『彦星』、二人の物語に纏わる祭り」
「それはどんな物語なの?」
言われて説明したが、いざしてみると割とうろ覚えだった。
なんとなく関連して思い出した金太郎の話も熊と相撲した以外何も覚えて無いな。
「ま、お祭りだな。特にこの国は風情と伝統を大切にして、そしてお祭りが好きだから」
「うぅむ・・・イマイチ納得がいかないわね。その二人の話と短冊に願い事が関連する意味もわからないわ」
「そんなもんだよ、長い年月受け継がれる中で色々混ざってその時代に則していくんだ。」
「ふーん」
バレンタインはチョコをやり取りするのを楽しんで、クリスマスはサンタが来る日で、ハロウィンは仮装してパリピする日。
原典とかどこへやら、楽しめばオッケーという曖昧さが実は一番日本らしさなのかもしれない。
「それで、七夕がどうしたんだ?」
「あ、そうそうアヤノ達がその七夕祭りに行こうって言っているの」
「平塚が近いからな。日本でも有名なお祭りだから色んな露店が立ち並んで、色取り取りの竹飾りが並んで、ステージイベントなんかもあるんじゃないかな」
「へええ!それは楽しそうね!」
「ただ・・・有名な分、関東だし人も多いだろうけどな」
「うっ・・・そっか・・・」
やはりレミアの顔が少し曇る。
「でも、ソウタと行けば大丈夫、連絡するわ!楽しみだね!」
「ん、ああ」
無邪気に笑う彼女に悟られぬように俺も精一杯笑って返す。
極自然と俺の頭の中ではレミア、綾乃、シルさんで祭りに行くと思っていた事を。
「・・・ああ、そうだな。楽しみだ」
今度は自然と笑みが零れた気がする。
彼女が出かけようと思ったときその前提に俺があることに気付いてそれが嬉しかった。
「この後何しようか!」
「そうだな――」
窓辺から零れてくる陽の色が一層強くなって、梳いたレミアの銀髪が手の中で煌いて流れていく。
不意に見えた彼女の楽しげな横顔に俺も釣られて楽しくなる。
たった一人彼女が居るだけで去年や一昨年、一人暮らしをしていた頃とは部屋の明るさが大違いだ。
こうして陽の移り変わりも意識できるほど周りを見ることも無かった。
些細なことすら気にならなく程大きな変化があった三月から経ってみれば今はこれが普通になっている。
恐ろしいほど心地よく楽しい日々がどこまでもあると勘違いしてしまうほど人間の感覚は大雑把だが、ドラゴンの――この世界の生き物ではないレミアからしたらどういったものだろうか。
想像も出来なかった。
400年生きているという彼女の時間と俺のたった23年間じゃ比べられるわけも無い。
じゃあ、俺に出来ることは俺もきっと彼女にも未知数な未来を作ることだ。
だから――これからがどんどんますます楽しみだ。
「もうすっかり夏だな。あっつー」
何気に綾乃の家に来るのは初めてだった。
今は中で三人とも着物の着付けていて俺は外で待機している。
七月六日金曜日、くすみのない真っ白な雲が遠くにそびえているものの明日までは快晴の予報通りで、自分の頭上には一面のスカイブルーに塗りたくられていた。
潮の香り、さんさんと降り注ぐ陽の光にまだこの土地に住み始めて三ヶ月の俺には高校の修学旅行で行った沖縄の時の感覚が湧き上がってどこか未だに旅行気分だ。
そんな事を思い出しながらしばらく待っているとゆっくり扉が開かれた。
「うう・・・これ歩きにくいわ・・・」
「でもレミアちゃんとっても可愛いよ!」
「そ、そう・・・?あ、ソウタ・・・」
履き慣れない下駄音を小刻みに鳴らしながら彼女は「どうかな?」と照れくさそうに頬を掻く。
レミアの髪の毛に近い光沢の白地に落ち着いた赤い花があしらわれた着物。
花々が煌びやかに敷き詰められたような絢爛な物ではなく落ち着いた印象の柄で、日本人とは違った白い肌がより強調され普段よりも柔らかくどこか大人びた雰囲気を醸し出している。
「綺麗だよレミア」
「ん・・・もう恥ずかしいわ!でも・・・嬉しい!」
「蒼君私達には無いわけ~?」
悪戯な笑みを浮かべて綾乃が言う。
綾乃は黒地に赤白の縞模様ののこれまた落ち着いた色合いながら帯揚げが色合いを損ない過ぎない程度に可愛いデザインが施されていて、彼女の短い天然パーマがうなじをちらちらと見せていた。
どうやらシルさんと綾乃は同じ柄の着物だが帯揚げが大小の花々が敷き詰められた鮮やかなもので、綾乃と比べて外国人の様な見た目のシルさんには身体のラインにも引き付けられる様な違いが見て取れる。
「いや、綾乃も綺麗だよ。だけど昔から知っているからなんというか・・・馬子にも衣装と言うか・・・」
「 ア オ ク ン ? 」
「いやいや、本当に綾乃もシルさんも綺麗だって!あと、えっと、シルさん?」
「.......」パシャパシャ
一心不乱にレミアの周りをぐるぐるして携帯で写真を撮ったりムービーに切り替えて撮ったと思えば綾乃の方にもぐるぐるとしているシルさん。
「っ!ああ!可愛い!アヤノもレミアも可愛いのですよ!!」
「ちょっとシル姉、抱きつかないで!崩れちゃうじゃない!」
硬骨な表情を浮かべ、可愛い可愛いを言い続ける機械になったシルさんを見ながら最近こういう姿を見てなかったからそういえばこういうタイプの人だったなと言葉にしないが再認識する。
「綾乃着付けとか出来るんだな、知らなかった」
「私じゃないよ。これ全部シルさんがやってくれたの!」
「ええっ!?」
俺が驚いていると一息ついたシルさんがこちらを見る。
「私、昔は結構この国に遊びに来ていましたのでそれくらいはできますよ。それにしてもあの丈の短い着物はどうかと思いましたがそれはそれで可愛くてレミアに着てもらいたかったですわ・・・」
「それは意外というか、凄いな」
「それじゃ行こうソウタ!」
俺の手を引くレミア。
背後から「私が着てって言ったときは嫌がっていたのに」と恨み節をスルーして綾乃のマンションの階段を下りていく。
「レミア。」
俺の声に立ち止まって振り返った彼女を一歩追い抜く。
「歩きなれてないんだから転ぶぞ。ほら」
俺の手を彼女がとる。一歩一歩カツンカツンと鉄製の階段に下駄の音が跳ねる。
金曜日とはいえ平日にこうして季節を感じながら日々を過ごせるなんて去年では全く想像も出来なかったな。
「うげっ」
女性らしくない声が聞こえたがそれも仕方が無いだろう。
正直就職で東京に出てきた俺でも改めてこう人混みを目の当たりにすると気後れする。
藤沢から平塚へ向かう電車に乗り換えたときから人は多かったが、いざ降り立ってみるとそれ以上の人、人、人の濁流。
金曜日でこれなのだから土日だったらレミアが耐えられなさそうだ。既にきつそうだが。
三日間で130万人が訪れるというお祭りは伊達ではなかった。
人の流れに逆らうことなく駅を出る。
駅前の大きなバスロータリーに沿って駅から出て左の道へ入る。
「ソウタ、手絶対離さないでね・・・」
小さく震える手をしっかりと掴む。
みっちりすし詰めとまではいかないにしても他人とぶつからないように歩くのが精一杯な人混みだ。
露店や観光客で活気ついた通りを柱などに飾られた大小さまざまな吹流しなどが彩る。
それらを見上げながら「わぁ!」と楽しげな声を背に歩く。
着物自体は結構居るがドラゴン姉妹は少し目立っていた。
真っ直ぐ歩いて交差点にぶつかるとその賑わいは一層増す。
カキ氷や唐揚げ、イカ焼き、お好み焼きなど食べ物を持った人も増えてきた。
「蒼君達屋台見にいくの?じゃあ私達は別のところ見てくるから適当なときに連絡して」
「ああ、了解。綾乃迷うなよ?」
「蒼君こそレミアちゃんとはぐれない様に!」
そう言って離れていく二人を後に俺達は広場へ向かう。
様々な催しが行われているステージから少し離れた広間に円を描くように露天が並ぶ。
街道よりもより際立つ香りの数々。
チョコバナナや綿菓子の甘い匂いが漂えば醤油の焼ける香りが抜けていく。
急速に始まる腹の活動を抑えられるわけも無く、早めの昼食にまだ人も少なくゆっくりと店を見て回る。
「レミア食べたいもの決まった?」
「これだけ沢山あると目移りしてしまうわ・・・」
「じゃあ、せっかくだ色々食べてみようか!」
まず並んだのは一番人気なのだろうか、露店の中でも抜けて長蛇の列が出来ていた「横須賀風お好み焼き」、レミアには離れて待っていてもらって俺が二人分買った。
「んん!前に食べたお好み焼きと少し違うわね!」
「うちで作ったのは普通に豚玉だったけどこれはボリュームが凄いな」
横須賀風なんて聞いたことがなかったが山芋が入った生地にベーコンと卵が乗っていてがっつりな食べ応えだった。
「それにやっぱ湘南のシラスは少し違うのか?ふわふわ身と潮の香りが鼻に抜けてさっぱりしているな!」
別の店のシラス塩焼き蕎麦一人前を二人で摘みながらお好み焼きを食べる。
せっかく湘南と言う地に住んだのだから――という俺の一存でテンションに任せて買って来てしまって悪かったと思ったが・・・
「ソウタこれ美味しい!」
そう頬にソースをつけて笑う彼女の表情に安堵した。
竹笛や弦楽器の祭囃子のが大きく聞こえてくると人の歓声も大きく波打って聞こえる。
「レミア!これとこれも持って!行くぞ!」
俺はレミアに買ったばかりの綿菓子とたい焼きクロワッサンなるものを持たせ、賑わいの近くへ向かった。
昔何かの作品でレミアの様な日本を全く知らないキャラクターに林檎飴とか綿菓子とかいっぱい持たせたい!みたいな物を見かけたが激しく同意する。
大勢の人の流れに近づくと大型飾りとそれを囲うように踊り子が闊歩していた。
流石に見える距離まで寄ってしまうとレミアにはきついだろう――
「ってレミア?」
レミアから手を離したのが災いしてか振り返ると彼女の姿が見えない。
「レミア!」
辺りを見渡すが居ない。どこから?ほんの一瞬前まで確かにいたはずなのに――
◇◆◇◆◇◆
「人多いけれど少しくらいならいいわよね?わぁ!綺麗!」
認識阻害で姿を曖昧にしてからの浮遊で上からタナバタカザリ?というものを見下ろす。
一糸乱れぬ数十人規模の踊りにカザリの頂上の社から見下ろしている女性がとても綺麗だ。
「ソウタ!あれ見て!すごくきれ――ソウタ?」
一緒に認識阻害をかけて着いてきているはずのソウタが居ない。
「ソウタ?あれなんで?」
「ほら、あなたがそんなんだとすぐに」
「誰!?」
いや、私はこの声を知っている。
認識阻害が私が私自身とソウタだけを狙って掛けたものと彼女がこの空間にかけた物の二つ存在することに声が聞こえてから気付く。
「リリム、これは何のつもりかしら」
「あラ、いつも言ってるでしょう?ワタシは『ドナ』よン! ――そんな汚された名を口にするな、蛇。」
「どうでもいいわ。サキュバスが人間界で、しかも人間でも無い私に何の用なのよ。」
サキュバスは一応上級とされる悪魔の括りの一つ、神に代わり人間への『性と愛』の試練を課す者。
正直私からすれば人間に余計な火を注いで楽しんでいる奴らと言う認識だけど、人間と悪魔の関係は神と人間以上に密接である意味必要悪とも言える・・・らしい。
ドナという悪魔とは昔から何かと縁があるというか・・・スクールでも何かにつけて突っかかってきた子で特に接点があったわけでも無いのに勝手に目の敵にされて迷惑なのよね。
「ふふン、あの泣き虫レミアが何の冗談か人間と楽しそうに暮らしているのだもノ?私もトモダチとして力を貸すのが友情ってものじゃないかしラ!」
「貴女が関わって碌なことがあったためしが無いのだけど。私を驚かすためにマンゴドラの畑で盗みを働いた時の弁償はもう済んだのかしら?」
「そんなものはもう八割終わってるわよ!うん、うんン、まあいいわ?でも貴女はいつか私を呼ぶことになるでしょうねン。それに――レミアちゃんは蛇かも知れないけどあの男の子はどうかしらン?」
「そうだソウタ!!」
「あの男の子は人間だから私が――あれ?」
ソウタを探さなきゃ、きっと心配させてしまっている!
それ以上にドナが彼に何かしているかもしれない――不安が脳裏に稲妻のように駆ける。
急いで地上に降りて周りを見渡す。
「うう・・・」
人の波、私の姿はどうしても目立ってしまう。
私を見る人間の視線があの日を嫌でも彷彿とさせる、それでも私は探す。
――私に笑いかけてくれるあの顔を!
それでも大勢の人間に気後れていると手提げが小さく揺れていた。
「ソウタ!」
「ふン。まぁ今日はいいワ、でもレミア――貴女の物は私が全て戴くわン。例え想い人だとしてモ。」
悪魔の少女は漆黒の翼を畳むと認識阻害を解除し烏に擬態して空を駆けて帰っていく。
口元に薄い笑みを浮かべながら。
◆◇◆◇◆◇
「蒼君?どうしたの、そんなに慌てて」
「ああ、綾乃!悪いレミアと逸れちまった」
「もう!逸れないようにって言ったのに!」
真っ先に咎められると思っていたシルさんは何もない虚空を見上げていた。
「シ、シルさん?」
「ああいえ、何でもないわ。レミアにはケータイで連絡してみたの?」
「そうだ!忘れてた!」
買った時に自分でそう言ってたじゃないか。
慌てて俺は携帯を取り出してレミアに発信し、5回ほどコールすると彼女が出た。
『ソウタ!?』
「レミア!よかった今どこだ?」
『最初の通りのコンビニの前!』
「わかった!すぐ行くから待ってろ!」
「ちょっと蒼君!?」
綾乃の声を背中に俺は人をかき分け全速力でレミアの待つコンビニへと向かう。
(レミア、レミア、レミア!)
鼓動よりも早く唱える。一心不乱に彼女の無事を祈り願う。
あの月夜に見たレミアの表情が脳裏に浮かぶ、俺の側に彼女がいる限りあんな顔は二度と――!
人混みを抜け見えた彼女、そして彼女もまた俺を覗く。
「レミ――」
「ソウタ!」
「おっっふ!?」
スクラムを組む勢いでレミアのショルダーがタックルした。
「ソウタ!大丈夫!?何もない?ねえ!大丈夫なの!?」
タックルからのヘッドシェイク。次はなんだ4の字固めか?ナガタロックか?
「おれっ、俺はっ!レミア!」
「あっ!ごめん!」
取り敢えずレミアの肩を掴むと、冷静になったのか静止した。
俺は走って来たのもあって少し息を整えてから
「俺は大丈夫。それよりもレミア、お前こそ大丈夫だったか?」
その言葉にきょとんとしたレミアが一息吐いて
「うん、私は大丈夫よ!ソウタが何もないならさらに大丈夫!」
よく分からないがレミアが元気そうで安堵する。
「悪いなレミア見失ってしまって」
「ううん私こそ」
レミアの崩れた着物を整え、今度こそ俺は彼女の手を取り歩き出す。
周りから目立ち始めていたのも有るが、何よりもまだまだレミアと一緒にたくさんのものを見たかった。
「あー!楽しかったです!」
腕を伸ばしながら満足気な綾乃。
人混みのピークの夜帯を避け早夕方のうちに抜けて来た俺たちは最寄駅から綾乃宅へ向かっている途中だった。
「いやぁ蒼君がレミアちゃんと逸れたって聞いたときは焦ったですよ!ただ一番蒼君が慌てていたから逆に冷静になれましたけど」
「それはそうなんだが・・・」
「シル姉とアヤノが飾りの上にいた時の方がびっくりしたよ!」
それはレミアを発見した後の話。会えた事を二人に連絡しても何も返ってこないのでレミアとまたぶらぶら歩いているとまた闊歩する大型装飾を見かけたのだが、その上に二人がいて恥ずかしそうに手を振っていたのだ。
「なんか乗りませんか?って言われてね・・・びっくりしたよ・・・ね、シルさん」
「ええ、少し優越感がありましたがね」
「シルさん達は昼何を食べたんですか?」
「お好み焼き!横須賀風とか言ってたかな?」
「綾乃達もあれ食べたのか、美味かったよな」
「うん!」
屋台の話を俺と綾乃がしていると数歩遅れてシルさんとレミアが小さく話をしていた。
「レミア?シルさん?」
「ん?ああ、何でもないですわ」
「そうか?やっぱりあのとき何かあったんじゃ・・・」
「何でもないよ!それよりもさ――」
昼間の熱気を残しながらも火照った頰に涼しい風が抜けていく。
あの時、レミアが自身のトラウマよりも俺のことを案じた事が気になってはいる、だが彼女が話さない以上は俺にはわかりようがない。
「ソウタ?なにわらっているの?」
「いやなんか、こう夕焼けに向かって四人歩いていると映画のワンシーンみたいだなって」
「何それ!たまにソウタ変なこと言うよね!・・・でもそうだね、太陽が綺麗」
「蒼君は昔から夕焼け好きだよね、カメラに凝ってた時も良く撮ってた」
地平線へと沈む大きな大きな太陽。
熟して落ちたような真っ赤な陽は俺たちの影をどこまでも長く伸ばす。
最後の一瞬まで強い熱気を発しながら名残惜しそうに沈む陽とそれに微笑むように佇む月。
月は知っている。また静かな夜が来ても夜が明ければ太陽がこの大地を照らす事を。
同様に俺は彼女の強さも弱さも全てとは言わないが一端は知っている、だからきっと平気なのだろう。
彼女がそう言うのだから。
「ふいー!ソウタどうする?今日はもう寝る?」
「ん、そうだなー・・・」
着物はレンタルだそうで綾乃宅で着替えて軽い夕食をとって帰って来ると時刻はもう日付を変わる前だった。
俺はレミアへの返答を保留してベランダへ出てタバコに火をつけ、登っていく紫煙を眺める。
「あ、そうだ」
――な、レミア星が見たいんだが
空を漂う。
あれだけ眩かった街の光も遠い豆電球のイルミネーションの様だ。
暦の上では6日の深夜から7日の未明までが七夕物語に纏わる星を眺めるのに絶好のタイミングらしい、レミアに説明するときに知ったウィキ情報だが。
普段は角や尻尾はあれど人型のレミアだがこの竜の姿も好きだ。
清流の様な細長い体躯に白銀の鱗、一筋の流れ星の様なこの姿。
「俺の願い事は――秘密」
『何よそれ!いいじゃない言ってよ!』
「こういうのは言ったら叶わないもの、だそうだ」
『ええー、そうかなあ?』
年に一度7月の7日に願い事を短冊に書いて吊るす意味は勝手な解釈だが、忘れないためではないだろうか?
きっと一年の半分が過ぎて日々を過ごす中で改めて自分の願いを、夢を、誰か知らない人に託すのではなく自分に再認識させるために書くのだ。
だから俺の願いは言わないし、きっともう叶っている。
――レミアとこのまま一緒にいたい。
天に瞬く星々の見上げながら心の中で叫ぶ。
もしかしたら神様か、仏様か誰かが偶々その願いを見て叶えてくれるかもしれない。
彼女のひんやりと冷たい鱗を撫でながら「帰ろうか。ありがとうレミア」とそう告げて俺たちは俺たちの家へ帰った。