三話「私の妹が人間と暮らすはずが無い!」(姉様ってなんだってんだ?)(暴走しだすとそう呼ばないと何も聞いてくれないの・・・。)
えっと。
ええっと。
何故?なんで?なんでだっけ?
画面でくるくる回るサイコロを長めながら俺は未だ飲み込めていない現在の状況を思案する。
玄関から真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たり、その扉を開くと視界の正面には俺とレミアのパソコンと繋がった液晶が二枚ずつとテレビが一台おかれている。
囲うように置かれた画面達の前に俺を含めて並ぶ人影(?)が三人座っていた。
俺の左側はレミア。これはうん、そうだな。
格闘ゲームとかFPSのCOOPとかで良くこうして並んで座るし、寧ろ定位置だ。驚くこともない。
問題は右側だ。
レミアに嫌がられ渋々一歩空けて座る女性。うなじの見える短めのゆるふわカール、フリフリの多い洋服・・・カテゴリはゴスロリちっくだ。
そしてその女性もまた角や尻尾が見える。
レミアの尻尾は真っ直ぐ均一に先に向けて細くなっていく様な蛇とかトカゲとか爬虫類系に似た尻尾だ。
対してこの女性は尻尾の先が一部硬化していて、釣り針のような返し刃が鋭く付いている。
しかし、レミアに見慣れた所為だろうか?
この右に座る女性は髪や服装もそうだし、女性として出るところがしっかり出ていてレミアの見た目年齢が二桁なった程度ならば彼女は女子高生いや落ち着きのある女子大生くらいに見える。
「ほら!ソウタの番だよ!」
「妹が待ちくたびれてます!はやくなさい!!」
待ちかねたレミアの言葉に呼応して俺の左側の女性も噛み付くように言う。
俺は眉間を押さえ記憶を辿る。疑問符はいくつも立ち並ぶが消化されることなく増えていく一方だ。
確か、確かあれは今朝――。
ピンポーン!
景気の良さそうなインターホン部屋に響く。
「う・・・あぁ・・・・レミア・・・は無理だよなそうだよな」
日常的に寝落ちた場所が寝床にするという、ベットに入って寝るという習慣の乏しい俺達は今日もまたお互いリビングに掛け布団代わりのタオルを纏ってフローリングの床の上に突っ伏していた。
目を閉じても光が瞬き断続的な意識をなんとか保ちながら周りを見渡すと、寝てたレミアがインターホンに飛び起きて今はタオルを頭に被ってがたがたと震えている。
「はーい・・・どうぞー・・・ふあぁ。」
この新居の場所を知っている人間など宅配業者くらいなものだ。
「そういえばインターホン押してくるレミアの仲間とか居ないだろうな?その辺どうなんだろ、後で聞いてみるか」
おそらくレミアの反応見るに宅配業者だろうと今日届く荷物ある事もあって俺は確信し、応対すると案の定宅配業者だった。
マンションの入り口のロックを解除して五階の俺達の部屋に来るにはもう少し時間がかかるので、そのうちに顔を洗っておこうと洗面所へ向かい鏡に向かう。
「んー・・・・太った?それともむくんでるだけか?」
鏡に映る自分。レミアとこんな生活を送り始めて二ヶ月弱の自分の顔。
元々肉が付きにくく、身長も170半ばくらいあるので学生時代から細い細いと言われてた。
レミアと出会う少し前――会社を辞める直前の頃は笑うと頬の皮に歯が食い込んで痛いという体験をするほど痩せてたしこのくらいの方が自然なのかな。
まぁアレは痩せてるというよりもやつれてるとか、枯れこけたとか、削ぎ落ちたって感じだっただろうけど。
ご飯の代わりに『赤い猛牛』とか『怪物元気』とか『ファイト一億と二千発』みたいなエナジードリンクを毎日飲んで――そんな生活だった。
思い返すと本当に去年は固形物をちゃんと作って食べてた記憶があまり無い。
家に帰ったら倒れて寝てるだけだったとしか思い出せない。
給料日とかだけ飲んでたちょっと高級な『ヨンジュン・絶皇帝液』はよく効いたもんだった――と、そんな今の自分からすれば異常な感覚だった数ヶ月前までの自分を呆れながら自嘲した。
「レミアもそろそろ慣れてもいいと思うんだけどな」
自分の仕事時代を思い出してもろくなことがないので思考を変えて、髭を剃りながら少しぼやく。
俺達の生活は週一回くらいは先日のようにショッピングモールに出ることはあれどそれ以外は俺の煙草やお菓子の補充にコンビニに出るくらいしか外に出ない。
ゲームソフトや漫画やラノベそういう物のほとんどは通販が主で二週に一回、多いときは週三回やってくるときもあった。
別にレミアが応対するわけでもないし、俺がコンビニに出てるときは配達の方の事を思えば気は進まないが居留守だって出来るわけだ。
だがその辺はレミアの過去とかが何か起因しているのだろう。
「過去・・・か、レミアが人間を怖がっている理由。」
俺はそれを知りたいのだろうか?
どうだろうか、自分でもまだレミアとの距離感も自分がレミアに抱く感情も何も当てはまる言葉が見つからない。
それでも、レミアが彼女からもし話してくれる時が来たのならその時は――
両手に水を溜め顔にうちつけ顔を上げないままもう一度頬を叩き、タオルに顔を埋める。
丁度よくドアをたたく音が聞こえ、顔を上げると先ほどよりは大分すっきりとした自分の顔が鏡に映っていた。
「俺なりに頑張ろう。よし。」
「判子かサインお願いしまーす!」
「はいはいっと、ご苦労様です」
「ありがとございあっしたー!」
ずしりと二つのダンボールの重みが腕に掛かる。ソフト4つとはいえアマゾネス(※通販サイト)は梱包が無駄にでかい。
あ、いや今回は別のものもあるのだったな。
「奴はもういないか?」
リビングに戻るとタオルを被った座敷童みたいなやつがこちらに鋭い視線を向けていた。
「いないぞー、とりあえず顔でも洗って来い」
「んー」
「朝飯どうする?」
「紅茶あればいいよー」
「りょーかい。」
時刻は10時前。紅茶だけでは寂しいので何か紅茶に合って、乾いたものよりはふっくらした、暖かいものがいいか。
メニューを決めさっさとキッチンに立ち作業を始めた。
「ソウター着替えありがと」
「おう、シャワーとは珍しかったな」
彼女が自発的にシャワーを浴びるのは珍しかった。
蒸気を纏いながらバスタオルを被りながら座るレミアはまだ半分寝ているようでコクンコクンと頭を揺らしながらテーブルの椅子に座っている。
俺達の部屋はダイニングキッチンの仕切りに接して主に食事用のテーブル、その傍にソファーがあり先にある海を望むテラスへと出る窓の付近にパソコンや液晶を置くテレビ棚が置かれているがソファーの前で床に座りながらゲームすることがほとんどなのでソファーはおおよそベット代わりの認識だ。
「髪の毛によだれが付いちゃってね・・・ん?」
「それだけ長いと苦労しそうだな」
「短いのも意外と手間がかかるけどそれよりも・・・くんくん、くんくんくん・・・凄く美味しそうな匂い!」
くんくんと匂いを嗅ぐのと尻尾がぴょこぴょこと連動して動いていたのが可愛いかった。犬の尻尾と同じでテンションに連動しているのだろうか?少し統計をとっても面白いかも知れないな。
「じゃ、朝ごはんにしようか。」
「わーい!」
そんな事を考えながらキッチンからテーブルのレミアに朝食を渡して俺も座る。
朝食はレミアのリクエストの紅茶。寝落ち明けの朝は身体がしっかり起きるまで時間がかかって食欲があまり湧かないので紅茶だけでもいいくらいだ。
ただそれだけなのも寂しいので軽く一品、フレンチトーストを作ってみた。
ただのフレンチトーストではない――!
「んっ!なにこれりんご?」
「お、思ったよりしっかりりんごの風味くるなー。そうそうりんご、りんごのバター。ショッピングモールの物産展で見つけたから買ってみた。」
「卵と砂糖の甘さが徹夜明けの枯れた頭に染み渡ってりんごの香りが気持ちよく抜けていく~。紅茶もストレートでさっぱり出来るしお腹がぽわぽわ温かいわ・・・しあわへ・・・」
「いいな、これ。ホットケーキとかクッキーとか塗って焼いてもいいかもなぁ・・・」
「「はぁ~・・・」」
二人して息を吐いた。窓から差し込む五月の陽射しは新緑を優しく暖めるような温もりだった。
「ソウタ~、今日届いたのなぁにー?」
「ん、ああ。『デビモン』と『およこしストリ―」
そう言いかけダンボールに手を伸ばした時だった。
コンコンと、いや実際はもう少し強くたたかれた音だったがその音が聞こえ、宅配まだあったのか?と考えながら俺は玄関に向かい扉を開けた。
――そう確か、開けたはずだ。
その刹那の記憶が断絶した。
一瞬白黒した視界が流れて、転げまわって何かに背中を強打して俺の身体は静止する。
最中俺に理解できたことはおそらく玄関から一直線に伸びるリビングまで一気に引き戻されただろうという事だけだ。
「いつつ・・・な、なんだ!?」
なんとか液晶四枚並んでいるテレビ棚の前で停止できたようだったがソファーの角がいい感じに背中に刺さった。
反射的に上げた声と共にぶつけた腰をさすると俺の海馬がやっと記憶を伝え始める。
『オマエ ガ ワタシ ノ』
そうだそんな昂ぶりを抑えたような声が聞こえた事を思い出す。
前方を望む。
たった数秒前に俺がいた場所には北側であまり朝日の入らない玄関でそれでも輝く白銀の翼があった。
それでも分かる彼女のシルエットに俺が突き飛ばされたのではなく、引き戻されたと感じた事に確信を持つ。
玄関で対峙するレミアとその前に居るであろう訪問者の醸し出す雰囲気が凍りついたように重く、無意識に俺は生唾を飲む。
「姉さ――いやシル姉。一体これはどういう了見なのかしら。」
「あ、あァァ・・・レミア、私を姉様姉様と呼んでくれた可愛いレミアが!待っていなさい今あの虫を潰してあげますからね」
圧が部屋までなだれ込む。
所謂剣気とか闘気とか殺気とか呼ばれるオーラみたいなものではなく、実際に風のようなものが吹き込んでいるのだ。
訪問者の姿はわからない。ただ目の前に居る仁王立ちのレミアは新しく着替えたパジャマを突き破って背から翼が現れている。
腕にも現れている鱗はまるで篭手のように纏い、レミアの髪と同じ白銀の翼を持つ影は竜というより天使の様だった。
「少しどきなさいレミア。すぐにあなたを解放してあげるから。」
「ちょっと待ってよ!シル姉、なにか勘違いしてる。絶対、また、毎度の如く、鬱陶しい方向に。」
凄い言われようだ。
何よりこんな怒気を込めた声は初めてで俺の身体も少し竦んで何も出来なかった。
「いいえ、何故かは解らないけどあなたは騙されているのよ。この極東にはオンミョウジ?という輩がいますわ私も昔、京近くの山で三日くらいピクニックしていたところに式神を遣わしてきた無礼者がいましたし。」
「何を言っているのかわからないけど私は正気よ。術とかそういうのも受けてない、ソウタは普通の人間。そもそも何時如何なるときも盲目なのはシル姉でしょ!」
「そんな筈がありません!私の可愛い可愛いレミアが、『シル姉』などと呼ぶわけがありません!」
「.....はぁ」
一瞬、溜息を漏らすと背後を、つまり俺を見たレミア。
俺は状況が飲み込めていないのもあり声が掛けられない。
「はぁ。ソウタの前だし嫌なのだけど・・・。」
レミアが肩を落とす。
もう一息、今度は深く息を吐いた後――
「姉様姉様!話を聞いて!私何もされてないよ!大丈夫!」
レミアの声がいきなりワントーン高くなったこともそうだが、身振り手振りがキャバ嬢の営業モードみたいで軽く引いてしまった。
いや、そういうお店には今まで縁がなかったからテレビとかでのイメージだけど。
ともかく驚いた、なんというかある意味見た目に則した口調ではあるがそれでも普段のレミアからしたら想像が出来ないほどあざとさ全振りの声だった。
しかし。
「ああ、レミア・・・私の可愛いレミア・・・でもまってね、今レミアに害をなした虫を潰してくるからね!」
全く意味を成さなかった。これは本当に会話が成立しないタイプのようだ。
レミアも「くぅぅぅ」と目の前の女性の反応に悶えていて、新雪のような白さの髪のせいか紅潮した耳がはっきり見て取れた。
「もう!こうなったら一度おとなしくさせないとだめなようね!というか一発殴らないと気がすまないわ!!!」
「あら仕方が無いですね・・・可愛い妹を救う為ですものね」
いきなり二人の身体からなんかチャクラとか気みたいなエネルギーが溢れてきて俺の頬を叩く風も強くなってきて、流石にやばそうだ。
「ちょ、ちょっとまて!まてって!お前ら何をする気だよ!万が一マンション吹き飛ばすとかそういうのはやめろよ!?」
「あなたは黙ってなさい!というか貴方がその首をとっとと渡せば――」
「ん、そうね。流石にまずいわね・・・でも勝負をするのが一番手っ取り早いのだけど・・・あ!そうだ!」
――ああ。そうだ、あの時レミアが今日届いたばかりの『およこしストリート』を指差して・・・。
「ああ!シルさんそこで株価を上げると!」
BGMが変わる。最終盤を告げるBGMへと。
「え、え、えええ、何ですの!?」
そして城マスへ止まり、ゴールするNPC。
一位NPC 二位俺、蒼太 三位レミア 四位シルさん。
今日届いたばかりの『およこしストリート』は大雑把に説明するとモノポリーの様な土地を買ったりその土地の商店の質を上げて最終的にその所持金を競うゲーム。
俺達は何故か三人並んでゲームで遊んでいた。
いやちょっと待て。確かに二人を止めたのは俺だ。
そりゃだってなんかやばそうなオーラを出してる漫画みたいな事が目の前にあってだ、レミアだけでも『絶壊』とかとんでもない力があるのも知っているし仮に戦われてマンション吹き飛ばされました、なんて俺も他の住民も洒落にならない。
漫画や小説なら一コマ後には直ってるとか、一文で直ったことにしてるとか出来るだろうけどこれは現実だ。
二人の空気はそれを予感させるほどのものだったのだ。
だからそんな事は避けなければと止めたが。
だけどだからって何故三人で、一つのコントローラー回してゲームをやっているのでしょうか。
「はぁ、解りました。レミアはソウタさんに騙されてるのでも操られているのでもなく、お父様に下界に突き放されてたまたま出会って一緒に暮らしている、と。」
結局三戦やって落ち着いたのかシルという名のレミアのお姉さんっぽい人は話を理解してくれたみたいだ。
『およこしストリート』は俺は小さい頃にやったこともあって勝ち方は解っている、レミアも割と得意そうだお金とか凄くコツコツとしっかり積み上げていた。
シルさんは・・・苦手そうだ。
レミアもシルさんも初めてなわけだが、感覚で慣れるレミアと違って開始前にトリセツ読み込んでたし飲み込むのも早いと思ったけど。
そう思っている間もシルさんは読んでいた。
「ちょっと休憩にしましょうか。その間にお父様にも聞いてみましょう。」
テーブルに置いたお茶を飲んだシルさんがぐわっと空間を掴むと何も無い空間に不自然に食い込み、ぽっかりと穴が空き、そこに向かって声を掛けていた。
「お父様!レミアを下界に落としたのはお父様って本当なのですか!」
『~~~。~~~!~~!~~~~、~~!~~~~~~~!』
「ふんふん。うーん、私からはなんとも・・・ですがレミアを人間界へは酷いです!知っているでしょうレミアのトラウマを!!」
穴の向こうからも声らしきものが聞こえるが、会話までは聞き取れない。
そこまで事情に深入りする気も無くシルさんに全く興味の無さそうなレミアと食べかけだった朝食のフレンチトーストを食べていた。
「とりあえずレミア!お父様に謝って帰れるようにしてもらいましょう!ほら!」
「んん、いいわよ別に」
「よくありませんわ!」
シルさんに穴まで引っ張られたレミアは思案するよう目を閉じて一度、頬をかくと
「人間界超楽しいっっ!!!!!」
そう言って穴を閉じたのでした。
「ちょっとレミアあなた・・・・(ぐー)」
「.......」
シルさんのお腹が少し離れた俺にも聞こえるくらい盛大に鳴った。
「そ、そういえば人間界に来てから何も・・・食べてないのでした・・・。」
そう言ったシルさんの目線は完全に俺の手にしたフレンチトーストを捉えてはなさなった。
「あ、えっと、良かったらフレンチトースト食べます?」
作ってあったものはすっかり冷めていたので追加で新しくフレンチトーストを焼いて三人で朝昼兼ごはんを再開したのでした。
レミアと同じように食べるときは凄くニコニコとしたシルさんの顔を見て俺は思う。
あれ?やっぱりなんかおかしい。
と。