二十六話「実家へ帰った(終)」(蒼君!ビールプリーズです!)(いや、今日はお前やめとけって)(もうよっゆうですよ!明日も元気にお仕事するための充電です!)(フラグだなぁ・・・)
「あ!蒼君おはっ・・・大きい声出すと頭に響いて・・痛い痛い・・・」
「大丈夫ですかアヤノ?」
食事を終え、しばらくして約束の時間となり家の前に出ると丁度綾乃たちも出てきた所のようだ。
「綾乃、シルさんおはよう」
「おはよー」
「皆・・・皆お酒強いですよね・・・」
頭を摩りながら一人苦虫を噛み潰している綾乃。比喩ではなくこの様子だと酔い覚ましに本当に噛み潰したのかも知れないくらい苦い顔をしている。
「お前が一人張り切って呑んでただけだよ、親父さんたちは大丈夫か?」
「あー・・・うん。私と同じでウンウン唸っていたけど多分平気・・・。」
「そうか。荷物とかは大丈夫か?何も無ければもう出るけど」
「そっちはシルさんがやってくれたから平気です、私がやるよりは・・・平気です、あうう痛い」
「ん、じゃあ問題ないな。まぁ別に忘れてもなんとでもなるしな、そうなったらその時か」
振り返る。
文字通り突き抜けるようなスカイブルー一食の空には雲ひとつ無く、梅雨の終わりを思わせていた。
早朝と変わらず少し風が強く吹いている。
小さな花をつけた店脇にあるラベンダーが揺れる度、『ひまわり』の看板も揺れている様に見えた。
時間は時に残酷だ、帰れない教室があり戻れない夕日がある。
それでも変わらないものがある気がしてならない。
今朝の朝食、運動会や遠足の日など行司には決まって食べていたあの献立は『頑張って』が込められていて、そして母親からいってらっしゃいと送り出されるまでがある献立なのでは無いかと食卓を見たときに思ったのだ。
風もいつか何処かに帰るために地球を駆けるのだろうか?
そして、またどこかへ向けて旅立つのだろうか?
目線を下げる。
父の顔、母の顔、改めてみるとこんな顔だっただろうか。
数年離れただけなのに凄く歳をとっているように見える。
――だけど、あの俺を見る目だけは全く小さい頃から変わりやしないな。
「じゃ。親父、母さん行ってくるよ」
「ああ、行って来い」
「いつでも帰ってきていいからね?綾乃ちゃん、レミアさん、シルさんも元気でね!じゃあ――」
「いってらっしゃい」
小さく頷き、背を向け歩き出す。
バスに乗り、電車に乗り、新幹線の駅へと着く。
俺の見知った街も道も人も簡単に遠くなってしまった、だけど以前よりぐっと近くにある。
そんな確信があるが・・・流石に今回の帰省は感傷的になりすぎかな。
大人になったのか、無職になって自分の過去以外に見るものがなくなったのか。
「ソウタ!ソウタ!駅弁買おう!アヤノもシル姉もみんな買おう!」
「レミア、駅弁とはなんですの?」
「駅で売ってるお弁当だよ!新幹線の中で食べるの!よしソウタ見に行こう!」
三人の会話を眺めてると不意に手を取られた。
あの夜、レミアの過去を断片的に聞いてもおそらく何かが変わることは無いと思う。
なんてことは無い――だって今こうして彼女の大きな真紅の瞳が優しく笑んでいるのだから。
そのちょっぴり冷たい小さな手が手首を伝って俺の手をつかみ、走り出す。
「いこ!ソウタ!」
傍らに居た二人も、特にシルも一段と強い興味を見せている。
「ほう、それは良いですね私達来るときは急いできましたからね。そういう旅情緒?というものを味わっていないので・・・・っとアヤノ?どうしました?」
駆け出した二人の男女の背を綾乃はどこか遠くを見るように追っている。
「昔、私と蒼君が兄妹みたいってよく言われたけどあんなふうに見えていたのかなって思ってしまいました。」
彼女の特徴である優しい垂れ目が細く皺を刻み、その笑顔につられてシルもまた自然と笑う。
「ふふ、そうかも知れませんわね。では私達もエキベン見に行きましょうか」
「あ、すみませんその前にショップで二日酔いに効くものを・・・先に・・・・」
四人の中で一番背が低いのはレミア、一番高いのは蒼太だがシルもあまり変わらない。
綾乃はレミアよりは高いがシルとは頭一個ほど違う。
そんな綾乃とシルという二人もまた服装の趣味が似ているのもあって、周りから見れば立派な姉妹の如くだ――と一瞬背後の二人を気にした蒼太が思っていた事は二人は知らない。
「何!行きも蒼君グリーン席に乗ったのです!?」
「いや、ほらレミアも連れて行くならなるべく人ががやがやしている方を避けてだな?」
「そのお金はきっとレミアさん持ちでしょう・・・と言いたい所だけど私達も一緒にグリーン席で帰るからあまり言えた事ではないですが・・・」
「アヤノ・・・いいのよ。こういう時は年長者かつ甲斐性のある大人に甘えるのも大事なことだから覚えておきなさいな!」
「えっ?」
「ん??」
胸を強く叩いたレミアに一瞬目を丸くする綾乃とその反応にレミアも目を丸くする。
間があって。
「・・・・・あっ!そうだレミアさんって年上さんでした!!」
「ちょっとまって!?私はいつも年上オーラビンビンじゃない!ね?ソウタ!・・・・ソウタ?ね、ねえ!?なんで、ななななんでそんな優しい顔をするの?ねえ?ねえ!おかしくないかしら!?」
「お、新幹線も動き出したな。綾乃二日酔いはどうだ?」
「うん、買った薬飲んだら結構楽になったよ~」
「シルさんお茶飲みます?ビールも買ってありますよ」
「ではお茶を」
「ねえ!ちょっと――もがっ!?」
レミアの口にグミを一つ放り込む。
「そのグミ美味いよな!」
口をもっキュもっキュさせながらレミアは小さく頷く。
泣き喚いていた子がお菓子一つで急に泣きやみ不貞腐れながらもお菓子をそれなりに満足して食べている、そんなのは幼稚園児じゃねえか。
と、言いたいがそこはあれだドラゴン時間感覚や大人観が異なるのかもしれない。なら仕方が無いな!よし、そうだきっとそうだな。
シルさんは何も言わないけどカオは若干俺と似た優しい表情になっている気がするが・・・いや価値観が違うんだきっと・・・。
「とりあえず、そろそろ14時だしお腹が空いたし駅弁食べないか?」
「そうだね!私もお腹減ったですよ~、シルさんは何にしたんでしたっけ?」
「私は味噌焼肉弁当にアヤノは・・・」
隣のレミアの額を突いた。
「ほらレミア何か食べたいものあるか?」
「・・・ん、ソウタお腹減ってるんでしょ?別にいいですぅー」
「レミアと交換してもらうから大丈夫。ほらなんかあるか?」
「んん・・・じゃあ、これ・・・」
「蒼君私にも!」
「レミアの私にもくださらないかしら!」
お互いにおかずを交換し合って弁当を食べ終わったらお菓子を広げ、時間は流れていく。
最速で東京に着くのではなく多少ゆっくりな新幹線を選んだのもあって途中途中止まりながら進んでいく。
徐々に沈む太陽を追いかけるように進む車内に色濃い夕焼けが射し、いつの間にか寝ていた三人の顔を紅く染め上げた。
俺はスマホのカメラで三人の寝顔を収め、駅で買ったお気に入りラノベの最新刊を開こうとした、すると隣に座っているレミアが半ば目が覚めたようだ。
「ん・・・んんー、寝ちゃった?あ、アヤノもシル姉も寝てる・・・」
「レミアも寝てていいぞ。疲れたろ」
楽しげにレミアがふふん、と鼻を鳴らす。どこかまだ夢うつつといったところだろうか。
「疲れたよう、ソウタぁ・・・」
レミアの頭が俺の寄る。
「重い?いや?」
「全然軽いよ、こんなでよければお好きにどうぞ」
「やった」
「最近やたらくっつきたがるね」
「うん。だって私ソウタ大好きだもん」
「たぶらかしても貯金は200万くらいしか出せないぞ?」
「そんなんじゃないわよ、でも・・・出すんだ」
「そうだな、出すな。」
田園の水面が紅く煌き、空の淵は天井を取り替えるように徐々に夜闇が忍び寄る。
景色は流れているのにここだけ時間が止まったかのように空気が暖かくまどろむ。
「ソウタのお母様にね?最初の日言われたの、『ソウタをよろしくお願いします』って」
「母さんそんなことを・・・まぁ、でも」
「でも?」
「これから夏だしな、色々沢山やろう。花火大会やBBQだとかせっかく海が近い町に住んでる事だしな、だから――俺からもこの先もよろしく」
「そういう事ね!私もよろしくソウタ!」
夕焼けが肌を撫でる、だけどそれ以上に左肩に掛かる再び寝息を立て始めた小さな頭が暖かくて、暖かくて優しかった。
実家へ帰ったこれで終わり!季節は夏へ!これからもよろしくお願いします!