二十五話「実家へ帰った(9)」(このゲーム機ってソウタの年齢から見ても古いわよね?)(ああ父が昔はゲームやってたようで、PS1のダビスタとか電車で行こう!とかもあったりする)
翌日、明けた朝は突き抜けたように空が高く少し強めの風が吹いていた。
昨夜どんちゃん騒ぎがあったにもかかわらず、ここ最近早く起きていて社畜時代の感覚が甦ったのかまだ早朝5時前に目が覚めてしまい寝直す気分でもなかったので散歩でもしようと出て来た所だ。
陽射しがじりじりとこれからの暑さを予感させながらも未だ冷えている空気は湿度を含みながら、重く佇んでいる。
「ふう。」
一息、一人きりだからか無意識にわざとらしく息を吐いてしまった。
眠る街を歩く。
じわじわと汗を掻いて来た頃合で昨日も来た公園へとたどり着く。
煙草でも吸って戻ろうかと公園に入ると肩甲骨まで伸びた黒髪を三つ編みに下げた女の子とすれ違う。
「雫さん?こんな早くだけど・・・本を読んでいたの?」
すれ違いに公園を出ようとした女の子は、本藤雫という俺の弁当屋の昼売りのレジにバイトに来ている子だった。
確か大学生だったはずだ。
「ええ・・・はい。」
「大学生だったっけ、偉いね」
多分年齢はそう変わらないはずだけど高く見積もっても160センチ程度の身長に子供相手の口調になってしまっていることに内心で自分を咎める。
店であったときもそうだが、佇まいから口数から静かなその子は後ろを歩いているはずなのに気配が感じられなかった。
そのときだった。
一層、強く一薙ぎの風が吹くと
――レミア様をよろしくお願いしますね
「・・・え?」
風が耳元で囁くように声が聞こえ慌てて振り向くとその雫という子の影は無く、遠くに響いていく風の音と道の片隅に数羽のスズメがいるだけ。
その薄気味悪さに咥えた煙草を落としていたことにさえ俺は気付かず、ただ唖然と立っているしかなかった。
「うーん、私はその雫って子と会っていないからなんとも言えないけれどまあ大丈夫じゃないかしら?」
帰宅してレミアが起きていたので公園での出来事を話した。
「そう・・・なのか?レミアがそういうのならいいのだが・・・」
「多分。思い当たるのは二人ほど居るけどどちらにしても危険な人物って訳でも無いから、それにそれ以外の奴ならこの間に何かしてるはずだし魔術めいたものも感じないわ」
「なら、ま。大丈夫か、それでもレミア会わずに帰っていいのか?」
「その辺私達は鈍感なのよ、余程の用が無いのなら会わなくても構わない。十年ぶりにあっても普通に話してバイバイなんてこともよくある事だし」
その辺は人間とドラゴンなどレミアたちの言葉にするところの上界の者で感覚が違う部分か。
「そういえばレミア、細かい事を聞くのもなんだがレミアやシルさんを呼ぶとき少し迷っていたんだが『二人』とか‘人’単位でいいのか?」
少々俺の言葉の意図が伝わらず首を傾げたレミアだったが、ポンと手をたたいた。
「あ!そういう事ね!私達上界の者も皆呼ぶときは一人とかこういう人物―とかそういう風に言葉は使うわね!言語感覚は聞いていればなんとなく分かるから気にしてなかったわ!」
要するに例えばドラゴンの個体を数えるときに一人、二人、というのは言葉的に違和感が俺の中であり。
レミアをパートさん達に紹介するときは人間として紹介しているから問題は無いが、前に会った管理協会?などの上界の人達(※ややこしいのでここでもう人単位にまとめる)等にもそういう言葉の使い方でいいのか?という疑問だった。
1竜、3ドラゴン、63上界の者とか呼ばなくてはならないのならいよいよ俺の頭がおかしくなりそうだと危惧していたがそういうことも無いらしい。
「私達の世界は地球とリンクして存在しているから文化も干渉しあっているのかもね。SFとか魔法世界なんて物は夢の中で上界を見て思いつくなんて事も聞いたことがある!」
「ほう、ちょっと行ってみたいかもな上界。」
「じゃあソウタ行ってみる?」
「いや・・・遠慮するかな。というかレミアが帰れるのか?」
「うっ・・・そうだった・・・かなり無茶すれば戻れるけどソウタと行くならちゃんと自由に連れて行ってあげたいからもうしばらくは無理ね」
「人間を連れて行くのはそもそも平気なのか?」
「うん」
驚くほど簡単にレミアは頷いた。
「だって人間界に戻ってそんな事を言ったところで本気で信じる人なんていないでしょ?」
言われてみればそうか。
レミアが居るから現実味を持って話しているが、俺が出会っていなくて綾乃が突然「私ドラゴンの世界に行ってきたの!」なんて言い出したら信頼の置ける精神科を必死に探し出すだろうな。
それか酒でも飲ませて愚痴とかストレスとか溜まっている物を全て吐き出させるか、だな・・・。
そんな話をしているとレミアのお腹がなった。
「あはは・・・お腹減っちゃった」
「俺も少し散歩して小腹が好いたけど、今日は母さんが朝ごはん作るから絶対に台所に立つなって釘刺されてるからな・・・もう少し待っていようか」
「じゃあソウタ!『ペンギン戦争』やろうよ!」
「ああ、今度帰ってきたらやろうって話していたもんな。待ってろファミコン取ってくる」
ペンギンちゃん戦争。
ドッジボールの亜種のようなルールで、手持ちのボールを相手側に全部投げ込むのが目的のゲームだ。
相手プレイヤーキャラにボールぶつける事でもポイントが獲得でき、そのシンプルさ故に友達とやるとなかなかに盛り上がったりした。
『銃器コング』や『柿次郎鉄道』『爆弾マン』のようなゲームもあるがやりすぎると友情が崩壊しかけるゲームなのでこれぐらいあっさりしているゲームの方がいい場合もある。
レミアと初めて出会った翌日、俺とレミアが始めて一緒にやったゲームでもあってレミアから見ても思い入れがあるようだ。
「蒼太?レミアさん?ご飯出来たわよ・・・ってまだやってるの?さっきもうすぐできるって声掛けたじゃない!」
「ごめっあと一戦だけ!」
「すみませんお母様!もうちょっとだけ!」
「もう・・・ふふ、じゃあ待ってるから早めにね」
「「はーい!」」
・・・・結局、もう一度母が呼びに来るまでやっていましたとさ。
「あっ・・・」
「ソウタ?」
食卓を見た俺の声に反応してこちらをみるレミア。
「いや、なんでもない。すまん待たせて」
「いいわよ楽しそうでお邪魔しちゃったわね」
親父は無言で味噌汁をすすって先に食べ始めていた。
盛られたご飯、小皿の横に置かれたパック納豆、刻まれたネギとオクラ、ゴマ、卵と置かれている。
この朝食は昔から俺が好きだったラインナップ。
運動会の朝や遠足の日の朝は決まってこれを食べていた。おかずには目玉焼きとサラダ、これもまた昔からの‘いつもの’だ。
「ソウタこれは・・・?」
「あ、そうかえっと納豆と好きな薬味を入れて――」
とどのつまり卵かけ納豆ご飯。
何気なく母が作ったのをやたらと俺が気に入っているだけなのだが、俺が料理をするようになったのはこの自分な好きな味を作るというのが要因なののかもしれないと思えるほどに事あるごとに食べてきた。
俺とレミアは今日関東に帰る。
俺達と俺の両親で囲む食卓は一先ず最後となるのだが、それでもここ数日と何も変わらないこの風景が当たり前のように感じるくらい自然と進んだ。
そういえば同じ日本人でも関西の人は納豆をあまり食べないため、結構好まれないと聞いたことがあるけどレミアは・・・
「今の納豆は美味しいのね・・・オクラでネバネバマシマシだわね・・・」
どうやら一応は平気なようだった。