二十四話「実家へ帰った(8)」(レミアさんここが私たちの通っていた小学校!この穴まだあったんだ!)(穴?)(この穴はね、秘密基地なのです!よく雑誌や漫画を持ち寄って読んでたんですよ)
三日、経ってしまえばあっという間だった。
「母さん、もう少し休んでいいんだぞ?」
「息子にお婆ちゃん扱いされるのはまだまだ先よ。大丈夫だって久しぶりに蒼太のご飯も食べられたしね!」
「蒼太君も心配してくれてるのだからいいじゃない佳恵さんたら!うちの馬鹿息子なんて・・・」
「あら、あんたのところだって近々孫つれて帰ってくるそうじゃないの!」
「そんなことよりバラン持ってきて~」
パートさん達に混ざって作業する俺と母。
今日から戻ってきた母がいるだけで、どこか空気がぎゅっと締まったように思う。
熱気がこもる厨房で汗を拭う母親の姿がかっこよくみえた。
母とパートさん達の一体感に俺は徐々に手が空いていって、数日では変わらない物がそこにあってさらに母親の大きさを知った気がする。
「じゃあ行ってくる、母ちゃんはすぐに休んでろよ!」と言って配達へ向かった親父もどこか安心したような嬉しそうな顔だった。
「蒼太、明日から出なくていいからね」
そんな事を考えながら母屋に戻ると母が唐突に言い出した。
「いや、流石にもう少し手伝うよ」
「いいよ。本当に大丈夫だから、あんただって毎日大変だったろうにちにいる間はゆっくりしていきなさい。これは母親命令です、それと本当に仕事の方は大丈夫なんだろうね?うちにはいつまでいてくれていいけど・・・」
「そっちは平気だけど・・・分かったよ、言い出したら聞かないからな母さんは。」
「それにレミアさんをほっとくんじゃないよ!せっかく来てくれたのに・・・あ、あと今日のご飯何か食べたいものあるか聞いてきて!」
「はいよー。」
廊下を進む、玄関から真っ直ぐ突き当りを左に曲がり左に真っ直ぐ進む。
突き当たりの、穴をふさぐために貼ったポスターの影を落ちる俺の部屋のふすまを開ける。
「レミアー?悪いな、一人にして今晩は何か食べたいものあるか~?」
「きゃっ!?ソ、ソウタお疲れ!」
「レミア今、何か隠さなかったか?」
「な、なんにも??あ、それよりほら!私のデビモンで初めての100レベル、ネズミニョライ!」
ふすまを開けた瞬間、目にも止まらない速さだったが間違いなく後ろに何かを隠していたのだが・・まぁ、いいか。
「ネズミコゾウの時からずっと使ってたもんな、最初の御三家より早く100レベにしてしまうとは」
通称デビモン、正式には『デビル・モノノケ』というタイトルのこのゲームは悪魔やら怪異やらをゲットして育てる大人にも勿論子供にも大人気のゲームだ。
ネズミコゾウは30レベルで『カミソリ』を持たせて通信交換するとネズミジゾウに進化して、さらに育てるとネズミニョライに進化するキャラクターだ。
ちなみに妖精タイプ。図鑑の説明文は『30にして立つ』。
「えっとご飯だっけ?別になんでもいいわよ!ソウタのお母さんの料理も美味しいのだもの!」
「了解、それじゃバトルする?」
「ふふーん!当たり前、今度こそ勝つんだから!あ、レベルは50でね・・・」
昨日まで両親とレミアと囲んでいた食卓を今日は綾乃家も加わって夕食が始まった。
と、言うのも綾乃とシルさんは明日神奈川に帰るとのことで母親も元気になったし俺たちも明日に帰ろうという話になり、両家まとめての夕食となった。
「あなたがシルさんね?レミアさんから話は伺っているわ、綾乃ちゃんもシルさんもすまないわねぇ。わたしのせいで・・・」
「いえいえ!おばさんが元気になってよかったです!私は本当何も出来なくて・・・」
「そんな事無いだろ、綾乃母の仕事を綾乃がやってくれたから来てもらえたわけだしさ」
「蒼君またそれ言う!?シルさんのおかげですよーだ!」
「そんな事ありませんわ、アヤノも頑張っていまし――」
「なぁら!じゃあ将棋で決めようじゃねえか!」
「うけてやろーじゃねえか!でも穴熊禁止な!なげーから!」
「んだと?おれぁ藤井先生の正式な四間飛車しかやらねーぞぉ!」
「このまえ、角代わりの横歩取り始めてから矢倉やってたじゃねーか!」
「おいおい、親父達もう出来上がってるじゃねえか・・・」
親父と綾乃父がお互いビール瓶持って相手のコップに注ぎながらよく分からない話を始めた。
綾乃父は普段は物静かにニコニコしているタイプだが、親父と将棋の話を始めると人がガラッと変わる。
「レミアさん、将棋はゴキゲン中飛車だよ!矢倉なんか組んでたら寿命が先になくなっちまうよ。なぁ?!」
「え?いや・・・あの・・・」
「親父達、レミアには絡むなよ・・・そもそも将棋がわからねえって。」
「なんだと!じゃあ俺達が教えて――」
「はーい手巻き寿司準備できましたよ~、それとお父さんたち私分からないのだけど解いてもらえない?」
「なんだ・・・えっと....」
「んーと、だな.......」
寿司桶と共に一枚の紙を親父達に渡す母、するとあれだけ騒ぎ倒していた二人が一気に静かになった。
「昔、デパートの将棋大会で来たプロ棋士さんが白熱した子供達に詰め将棋を一枚ホワイトボードに張ったら途端に皆黙ったのを見たことがあってね。まさかいい歳した大人にも効果あるとは。」
「お母さん、これどうするの?」
「ああ、レミアさんのような女の子にお母さんと呼んでもらえるのが今日までなんてね!おばちゃん寂しいわ・・・えっとね、まず海苔を取って・・・」
好きな具材を好きなように乗せる、手巻き寿司はうちの豪華な料理といえばの定番だ。
学生時代なんかはこっそり酢飯を入れずに刺身だけでまいてたりもしたな。
そんな一個一個が妙に懐かしく思えてしまうのは何故だろう。
大人になったのか、はたまたただ感傷的にセンチメンタルに酔っているのか。
「ソウタ!巻けた!ソウタは・・・そんなに乗せるの!?」
「そうだぞ、手巻きのいいところは好きなだけ乗せていいところだからな!」
「シルさんもレミアさんも遠慮せずにどうぞ!蒼太は昔から乗せすぎよ」
「アヤノこれはなんですか?」
「ん?それは甘エビですね!とても甘くて美味しいですよ!」
その日の晩御飯は、賑やかに進んだ。
レミアもシルさんもうちの母親すら酒を呑んでそれはそれは愉快に・・・途中ここに戻ってきたからずっとシルさんに姿を似せていたレミアが普段の姿に戻りかけたり、尻尾が出たり、綾乃が口を滑らしたり、その他事件がそこそこあったが酔っているということで(半ば強引に)流せた様でよかった。
「じゃーね!蒼君、レミアさん!明日昼頃に集合ね~!」
「おうー、気をつけてなー」
「ばいばい~」
時間はあっという間に過ぎ、うちの両親は既に潰れて寝ていて綾乃の両親も二人に背負われて家へ戻っていった。
「ソウタはあまり酔ってないね」
「ま、いいドキドキハラハラがあったからな・・・流石に夜は涼しいな」
「だねっ、テマキ美味しかった!」
「そうだな、うちだと桶がないからなかなかやりにくいしなー。とりあえず 中戻ろうか」
「ねえ、ソウタ!月が綺麗だよ」
「ん・・・ああ、本当だ。」
濃紺の広がる布に砂金が散りばめられる中をくっきりと照らす三日月。
汚す雲は無く、ただ静かな帳に遠くで虫が鳴いている。
ふと視線を下げると、金色の月光に照らされるレミアの白肌が淡く煌く。
吸血鬼のような妖しさを真紅の瞳がより強調させる。
しかし、怖さや冷たさなどはもう感じない、こちらをみる彼女の笑顔はやはり人形のように完成されていた。
「乾杯」
「かんぱいっ」
小さく猪口を合わせる。
まだ眠気がいまひとつだった俺達は家の縁側で、月見酒を始めたのだった。
「色々レミアには我慢させてしまったな。でも来てどうだった?」
「えっとね、今日はアヤノに学校を案内してもらったのよ。その時もそうだし、ここ来てからずっと昔のソウタを知っているアヤノやコウキが羨ましかった。」
「あいつ変な事言って無いだろうな・・・まあ、でも俺は昔の自分ではなくてあの時の俺だったからレミアと出会えてこうして楽しく居られてると思うんだ。だから知らなくていいよ恥ずかしいことばっかりだしな!」
「えー、私も小さい頃のソウタ見たかったけどなぁ。きっと可愛かったのにい!」
「んなことは無いな。そうだレミア、もしなんか思うことがあったら全部言ってくれよ。人間にはなんともなくてもドラゴンには不便なこともあるかも知れないからな?」
「うん~?そうだな、私が思っているのはソウタが大好きってことだよ」
その言葉に一瞬息が詰まった。
しかし、レミアを見ると頬は薄ら紅いし尻尾は最低速のメトロノームのように揺れているしきっと酔っているのだろう。
「ああ、俺も好きだよ」
「そっか、そっかそっかそっか!んふふふ!」
そう判断して、だから俺はそう答えた。
「じゃあ、そろそろ俺たちも寝ようか」
「うん・・・そうだね・・私も大分眠くなったぁ」
レミアを寝かせ、隣に敷いてある布団に倒れこむ。
――もし、もしも本気でレミアが俺を好きだといってくれたら、俺はなんて答えるのだろう。
急に胸に何かが湧いて詰まった。
蛍光灯の紐を引いて一瞬で闇が部屋になだれ込む。
ぽこぽかとぼんやりとした頭で
――だったら、いいのにな・・・
口から自然に言葉が溢れた。