二十三話「実家へ帰った(7)」(ほい、掻揚げお待ち・・・あれ?)(すまん、麺追加で頼む)(お願いします!)(あいよ!)
「ずるずる・・・あぁ、美味しい」
「ん・・・んん!本当、美味しいです幸樹先輩!」
「っはぁ!美味い!なんつーか・・・出汁が美味い!」
「蒼太お前、料理上手いのにレポートは下手くそか」
「悪い悪い。でも本当、脂もしっかりあるのに醤油と鰹出汁かな?香りを残してあっさり引いていくから次に箸が進む。レミアはどうだ?」
「あっふ、はふっずるずるずずっー・・・ほっほっふふーふっふー・・・ん、ほへ?」
「いや、蒼太。この顔以上に嬉しいことは無いよ」
そう言って、座敷席の前にあるテーブル席の椅子に座り白タオルで頭を拭う幸樹。
シルさんと綾乃も俺とレミアと同じくラーメンと冷やし蕎麦を分け合っていた。
レミアは美味しいものを食べだすと無言だ、それでも料理を作るものはその食べてる姿で言葉ほどに体現していると俺は太鼓判を押せる。
掻揚げや、ラーメン、蕎麦とどうやらドラゴン姉妹は全て初体験らしく舌鼓を打っていた。
本当に贔屓なしで美味しい・・・!?
「おまっ!」
「にゃっ!?」
「レミアさん?」
「す、すみません大丈夫です、あはは・・・」
「むせてしまいましたかな?お水飲んでくださいね」
「は、はい・・・」
机の下で俺の太腿をつねるレミア。
隠していたレミアの尻尾がぴょこぴょこと跳ねていたので思わず掴んでしまった。
あきらかな怒りの視線を一度向けるとレミアは食事を再開する。
流石に再び尻尾を現すことはしないように意識しているようで、それを確認して俺と綾乃と幸樹は思い出話なんかを始めていた。
「しかし、幸樹こそ絶対帰ってこねえって啖呵切って地元飛び出したって聞いたぞ?」
「まあ・・・色々あったんだよ」
「幸樹先輩結婚されたって聞きましたよ!」
「結婚って・・・もしかして麻里?」
「ああ、そうだよ!てか俺の話はいいだろ!その話は散々去年の同窓会でしたんだよ!」
照れくさそうに頬を掻く癖、変わらない幸樹の姿に昔の面影が重なる。
昔から爽やかと言うか、幼さとは違ったかっこよさを兼ね備えている幸樹のその笑顔は、異性同性問わず人気があった。
本人からすれば猿顔だというが。
結婚か――。幸樹と麻里は二人とも恥ずかしがり屋で、中学の頃からちょっと有名なカップルだったな。
友達の色恋沙汰なんて茶化したいハイエナだらけの学生時代でも強力な防衛隊によってその二人は純情なまま高校時代を乗り越え、社会人になって結ばれたのだろうか。
ま、その防衛隊の所為で有名になっていた部分もあると思うのだけど。
「そうだよ同窓会!蒼太来ないーって敦とか京香とか寂しがってたぞ」
同窓会・・・ああ、ちょうど部署総出のデスマーチ大行進中で見た瞬間に不参加で送り返したっけか。
正直記憶がかなり怪しいけど、確かそうだったはずだ。
というか、思い出そうとすると去年とおととしがごっちゃになっている。
なんにせよ、一個もいい記憶が思い出せないのでシナプスを繋げる全ての作業をカットしよう。うん。
「丁度忙しい時期だったんだ、俺も残念。そういえば式は挙げたのか?」
「いや、籍を入れただけ。麻里が人は少なくやりたいって言っていてね、ああ!勿論蒼太と綾乃は都合つくなら是非来てくれよ!」
「良いのですか?親族の方と静かに挙げたいとかそういうのでは?」
「ああ、綾乃もそうだけ蒼太には特に俺も麻里も色々相談させてもらったしな。本当感謝しているから二人でまず挙げたのが蒼太だったよ」
「そ、そうか?俺は別に何もしていないと思うけど・・・」
「そんなことないよ。蒼太いない時大体、あいつは何故彼女作らないんだ?もしかして男色が好みなんじゃ・・・って毎回なるくらい蒼太はモテておかしく無いってみんなも思ってるぞ?」
「いやいや、それは蒼君を買い被りすぎですよ先輩!でも、そうですねよく先輩達や私の学年でも有名でした。」
「ま、それは神のみぞ知るってところかな」
そんな話されても俺にはなんとも言えない。
浮ついた話など俺自身には生まれてこの方ほとんど無いし、それはそれとして他人の恋愛話は聞いて楽しんでたなんて口が裂けてもいえないな。
「ソウタ、アヤノ、伸びちゃうよ?」
「ん、そうだな。ってレミア掻揚げ二枚とも食べたな?」
「気付いたらなくなってた!」
「そうか、なら良かったな」
「おう、じゃあもう一枚挙げてくるから待ってろ」
「ああ、いいよ?悪いし」
「それぐらいさせろって!」
再び、厨房に走っていく幸樹。
俺たちは話を弾ませながら幸樹の料理を堪能した。
扉がキイと擦る音をたてながら開く。
先にでていた俺は煙草の火を消して携帯灰皿をしまう。
「ふはー、満足満足です!先輩とても美味しかったです!また来ます!」
「そういってもらえると嬉しい、蒼太煙草は程ほどにしろよ~臭い男は嫌われるぞ?」
「気をつける。でも本当美味かった、麻里にもよろしくな」
「おう、別に営業して無くても何かあったら来いよ。いつでもお茶くらいは出すから・・・だから蒼太」
「ん?」
「無理はするなよ、俺もしばらく都会のサラリーマン達を見てきたがいつ駅から飛び降りてもおかしくない顔していた人が結構いた。そうなる前に俺を頼って欲しい」
「ああ、ありがとう」
俺の言葉に微笑む幸樹。
「レミアさん、シルさんこいつらをよろしくお願いしますね。勿論お二方もいつでも来てくださいね」
ドラゴン姉妹も幸樹の言葉に応える。
「幸樹も・・・これだけ美味かったら心配は要らないと思うけど頑張ってな」
「おう。じゃあ、帰りも気をつけて」
「先輩、ごちそうさまでした~!」
幸樹のお店からゆっくりと歩き出す。
長くなり始めた、陽は既に紅く染まり大空にグラデーションを刻む。
変わらない太陽と道。
四人で歩く道。
昔、ランドセルを背負っていた自分もスクールバックになった自分も、バイクで走った自分もつい昨日のようなのに、それでも遠い過去。
長く伸びる影を見るたびに、壁の高さや公園の遊具の小ささが違和感だけを告げる。
石を何度も蹴り続けたこの道も今では一瞬で過ぎてしまう。
幸樹も早くに自分の人生の伴侶を見つけ、あれだけ嫌っていた地元で過ごすこれからを見据えていた。
皆様々に人生を描いていく、ただ毎日学校であって馬鹿話をしていた時はもうアルバムの中で色があせていく。
少しずつ、少しずつ分かれていく人生という道。
変わらないこの地元の道に俺は今何処にいるのか分からなくなっていく。
振り返ると夕焼けの茜のように暖かい過去がすぐ後ろにありそうで、前を進む道が永久に続く闇のようで少し涙が溢れそうになった。
無職の自分。
レミアのおかげで働いていた時よりも裕福に自由に過ごしているが――はたして、それは
いつまで続けていいのだろう、か。
当たり前のように学校に行っていた、当たり前とすら思わずに当然のように就職活動をして、仕事をしていた数年。
生活のためだ、当たり前なのだろう。
だけど、ここで過ごした20年よりも長く働いて生きていくのに、今こうしていて何になるのだ?
だけど、だけど、あのまま動く骸になったまま働いて、生きてもそれは生きるというのだろうか。
自問に答えは無い。
そして――止まった歩みを踏み出す一歩の出し方を俺は思い出せなかった。
「ソウタ?あ!お腹一杯で眠くなったのね!わかるわ!」
胸くらいの高さからレミアがこちらを覗き込む。
その顔に自分の不安は自然と消えた。
「そうだな、美味かったもんな」
「うん!でも、ソウタのご飯の方が好きだけどね!」
「そんなことはないだろっ、ほら行こう」
きっと答えは出ないし過去はいつもいつ見てもきっと輝いているのだろうけど、それでも社会人は社会人で楽しいな。
昔やったことを数えるより昔出来なかったことを沢山やろう。
できれば綾乃がいてシルさんがいて、そしてレミアがいたらそれはどんなに楽しいのだろうか。
夏の熱を孕んでいるのに、一瞬風は冷たく吹いた気がした。
それでも、まだ見ぬこれからを思うと例え先が闇でも楽しそうに思えてレミアの麦藁帽を押し込んだ。
俺の手を抜けるとレミアは不思議そうな顔したが、それでも優しく笑った。
一瞬、夕日の瞬きのなかに遠い未来が見えた気がした。
老いた俺がいて、レミアが歩いていた。もしそんな未来があったとしたら――
「きっと楽しそうだ」
「蒼君遅いよー?」
「ほら行こうソウタ!」
「おい!急に走り出すと危ないぞ!」
跳ねてあるくレミアの姿に、昔小学校に上がる前転けて泣いていた綾乃と歩いていたとき重なる。
それを思うと今は四人の先頭をあるいているのが綾乃というのがこそばゆく、よく泣いていた綾乃が懐かしかった。




