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閑話 嵐の晴天

 少し前、ソウタとアヤノとシル姉でうちに集まって宴会をした。

 そんな宴会の最中の一幕、ソウタとシル姉がテーブルで喋っていて私とアヤノがゲームをしていた時。

 私は、ゲームの音量を少し上げアヤノに問う。

 「ねえ、アヤノってソウタが好きなの?」

 その言葉を聞いたときの彼女の表情は、一瞬驚いて、私を再度見ると微笑んだ。

 「うん、好きだよ」

 そう言った。

 シル姉が長い髪を細かく巻いているのに対して、アヤノは首元までの短い髪の端が大きく一円を描いていて、目尻の下がった眼が、深く閉じると優しい印象がさらに強く感じられる。

 人間の美的感覚は知るところではないけれど、ゲームやアニメ、テレビなどで得た情報を基準にみればきっと可愛い子なのだろうと、私は思う。

 「でも、きっとレミアさんが言う好きとは違うのかな。likeとloveでいえばlike。友達としての好きであって、恋愛感情は無いですよ」

 アヤノのこの一連の言葉を聞いたとき、胸が締め付けられて開放された。

 自分の異変に、頭をかしげているとアヤノが言葉を続ける。

 「それで、レミアさんは蒼兄ちゃんが好きなんですか?あ、もちろんloveの方で、ですよ~」

 アヤノの眼をやはり私は直視はできない。この優しい瞳ですら、松明を掲げたあの街の人々を思い出してしまう。

 ただ、アヤノも頬を見ると少し赤くなっていた。彼女もまた酔っているのだろうか?

 「私・・・どうなんだろう。一応人間の時間で400年生きているけど、人間と交流があったのはほんの僅かな時間だしわからないわ。」


 「でも・・・でも、最近、さっきアヤノがソウタのこと好きって言ったときもなんか胸がぎゅってなったのこんなの初めてで・・・私・・・」


 私の言葉にアヤノは微笑む。私の頬を撫でて、親指で額をなぞった。

 過去に仲良くした人間もいた。

 けれど、私の今まではそういう人間とも最後は敵対して分かれる結末に終わる。

 いつか、ソウタもそうなるのかもしれないと思うこともあるが、異端審問や魔女狩り、人外殺しの文化は既に現代では遠い過去のものになっているはず。

 この国は特に、昔を紐解けば鬼種が暴れまわっていたりした時代もあったが現在はひっそりと時に寄り添ってくらしている。

 それでも、もしまた怖がられたりして、ソウタと離れるとなったら私は、きっと寂しい。

 500日以上、生命の大樹の元で泣きはらしたあの時よりも寂しくて辛いことだろう。

 だけど――だけどそれだけなのかしら。

 愛を叫び続ける竜もいる、別に私だって恋愛感情と言うものが無いわけでもないはずだ。

 それでも、私は自分の心に巨大なスペースをとった感情の塊に名づけが出来ない。

 ソウタが求めてくれるのなら、決め付けてしまえるからどんなに楽か。

 過去の記憶は今でも、生傷のまま私には残っているのだろうけれど、新しく出来た傷の方が辛い。

 ソウタが笑えば、話せば、軽く怒れば、私を見てくれれば――。

 嬉しい。

 嬉しくて、苦しい。

 苦しいのに、嬉しい。

 きっと、きっと恋愛感情というのはもっとキラキラした楽しいものに違いない。

 皆、そういっていたもの。

 だから、これは恋でも愛でもない何か・・・知らない物。

 「ねえ、アヤノ。人はいつ人を好きになったと分かるの?」

 「そう・・・ですね。私が語れるようなものではないですけど、あえて言うのなら突然です」

 「突然?」

 「そう、急に好きだなあって思うとそれからずっとずっと好きが出てきて抑えられなくなってしまうのです。」

 「でも、だからその『好き』はいつわかるの?」

 「それは分かりません。一目会った時かもしれません、話しているとき急に気付いたり、全く気にしていなかった人が他の誰かを好きになった時かもしれません。でも、分かるのです。好きだなあって。これは私の経験則ですけどね、他の人は違うのかもしれないです」

 「アヤノが、そうだったの?」

 「そうですね、少々照れくさいですが」

 「その時はいつ、そう思ったの?」

 「どうでしたかね・・・もうそれは覚えていないですね。好きだなって思ってしまったらずーっと四六時中どんな場面でもその人のことを考えてしまっていた事だけは覚えています」

 「でも、なら――」

 「レミアさん。」

 アヤノは私の言葉を遮り、ゆっくり首を横に振る。

 「焦る必要は無いと思います。いつか、そう思える人に会えたら悩めばいいのです。きっと。答えだけを探していて、今ある別のものを見失ってしまったらそれこそ、苦しいだけですよ。」

 前に、ソウタにも同じようなことを言われた。

 ああ、きっとソウタとアヤノがお互いに兄妹のようなものだと認めているのはこういうことなのかしら。

 「ほら、レミアさん。次のゲームをしましょう!」

 「え、ええ・・・そう、そうね!」

 「ほらほら、お酒もお注ぎしますよ!」

 ソウタとシル姉の会話は聞こえない。

 私はそれでも、ゲーム画面に目を向けながら会話を続ける。

 「アヤノ、人って恋愛感情はなくても綺麗な女性や、女性ならかっこいい男をはべらせ金銀財宝を欲しがるものではないの?それとも私、綺麗ではないのかしら・・・」

 「あー、蒼兄ちゃんだけに限ればそうでも無いかもしれません。その辺、奥手と言うわけでも無いですが蒼兄ちゃんはなんかきっちりしてますね。大丈夫、レミアさんは綺麗です!可愛いです!」

 「そうなのかなぁ・・・」

 「蒼兄ちゃんは慣れていないの、他人が自分の中で一線を越えられるのを。どんなに仲良くてもそれ以上踏み込まれるのを怖がってしまって。まぁ、蒼兄ちゃんの場合は学生時代より、社会人になってあのスキルが評価されるタイプだから単純にモテなかっただけなのかもしれないけどね!」

 一口、アヤノが酒を呑んだ。

 グラスを回しながら、彼女はその水面を眺めながら言う。

 「だから、本当びっくりしたんだよ?蒼君が他人と、それもこんな可愛い子と一緒に暮らしてるなんて、レミアさんも初めてってさっき言ってたけれどきっと蒼君にとっても初めてだと思うよ。それくらい特別に思っているはずだよ」

 多分、その言葉を聞いたとき、私の心臓は一回余計に打った。

 心臓が破裂したのではないかと疑うほどに、胸がゆっくり温まっていく。

 「よし、ほらアヤノさんもっと呑んで!呑んだら次やろう!」

 ふわふわと、舞い上がる気持ちだったの。

 耳の裏が熱くて、頬に当たる風が冷たくて、胸がどんちゃん騒ぎだ。





 だけど――。


 ねえ、ソウタ?もし私が人間だったら好きになってくれた?

 きっと、ソウタならあの夜、出会った時もし私が人間でもきっとソウタは声を掛けてくれたよね。

 ね、ソウタはやっぱり私が怖い?竜だものね・・・空飛んだりとかしちゃったし、時々ソウタから感じる畏怖は知ってるよ。

 でも、それでもソウタは笑ってくれる、話してくれる。

 アヤノはああ言っていたけどきっと、私が人間だったら激しく愛してくれたのかな。

 ねえ、ソウタ。


 二つ、並ぶ布団。

 ソウタは私に胸を貸したまま寝てしまっている。

 起き上がった私は、小さくとも無数に集まる星達と一人ぽつんと浮かぶ月を眺めて泣いた。


 ああ、私は――。


 「大好きだよ、ソウタ――」


 今なら分かる。

 あの目、私を殺せといったあの目の群れは恐怖を隠した目だったのだろう。

 ねえ、ソウタもいつか私を怖がって、他の人間と暮らして――そして、たった数十年したら死んでしまうの?

 考えれば考えるほど、涙が止まらない。

 頬が熱く、呼吸が詰まる。

 ソウタが誰か他の人間と一緒に生きていることよりも、ソウタが死んでしまうことを想像するほうが苦しくて辛くて・・・


 怖かったの。

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