二話「現実世界はスマホと共に。」(ソウター、アプリってどう入れるの?)(んー?えっと)
「レミアー、何か食べたいものとかあるか?」
「........」
「レミアー、今更言っても無駄だろうけど歩きにくいからもう少し離れてくれないか?」
「.............」
この地域で一番大きいショッピングモールは週末ということで主に家族連れの客で賑わっていた。
江ノ島や鎌倉などの観光客や市庁があり地元民も多く利用する藤沢駅と再開発で注目を集める辻堂駅のほぼ中間に位置する二棟のショッピングモールは、バスや駅からでは遠くほぼ地元の人が利用する。
観光地や駅から道路一本離れると住宅街は一変して娯楽や小売店などが乏しくなり、車移動が主となる人々にとってはこのショッピングモールは生活の心臓部と呼んでおかしく無いだろう。
それは俺たちも同じく来週分の食料や生活品のために買い物に来たわけだが・・・。
カートを押す俺の腕にぴったりとくっついてくるレミア。
それどころか全力で目をつぶってしがみついているのですれ違う人とぶつかりかけたり、歩くペースも遅くしないとよろけたりと色々やりにくいし何より危なかった。
「別に家でゲームしててもよかったんだぞ?」
「・・・・・・・ダメ、あいつが来る」
「あいつって・・・宅配のおっちゃんには悪いけど居留守してれば・・・・」
「うるさい!いいの!」
「そーですか、で何か食べたいものはあるか?」
「・・・・お肉。」
「肉かー、豚カツとかまだ作ったこと無いからいいかもな」
レミアの歩幅に合わせて歩く。
周りからは歳の離れた兄妹に見えることを祈りつつ一週間の献立を考え俺はカートを押す。
レミアの角や尻尾は見せないようにすることは可能だが長時間隠すのは窮屈らしく、彼女の表現を俺なりに言い換えると「親に歯磨きしてもらっているときののむずむずした感覚」が続いている状態に近いらしいので出かける時はワンピースに麦藁帽子、大きめのウエストポーチと言う格好だった。
麦藁帽子角を、ウエストポーチに穴をあけそこから尻尾を入れて隠すという結構安易な作戦だがそれでもかなり変わるそうだ。
その様な見た目なのできっと幼い少女のように見えるだろう。
そんな見た目少女の中身は自称400歳を超えた自称ドラゴンちゃんなのだが。
レミアと俺は深夜だろうとゲームをして暮らしているので間食が多く、必然的に買い込むお菓子だけで籠一つを埋める。
「ほら、お菓子のかごはレミア持って」
「むぅ。仕方ないわね・・・きゃっ!」
俺の言葉に口を尖らせ嫌そうながらもかごを持って一歩離れたレミアに走ってきた子供達がぶつかる。
「ほら走るなって言ったでしょ!すみません大丈夫ですか?」
奥から母親と思わしき女性がそう言いながら腰を突いたレミアに手を差し伸べた――が、その手を取らず立ち上がると俺の後ろに隠れてしまった。
「ああ、すみません。大丈夫ですのでお気になさらず」
子供達がレミアの反応を見て必要以上に落ち込んでしまったので出来る限りの優しい顔を意識して俺は応え、「すみません!」と言い残して母親と子供達はその場を去った。
「レミア、もう誰も居ないぞ。大丈夫か?」
彼女は俯いたまま小さく「大丈夫」と呟いた。
三つ満タンに入ったカゴにレジのおばさんに申し訳なく思いながら会計を済ませ商品を袋に詰める。
「何あれ。」
ビニール袋に商品を詰めていると遠くを見つめてレミアが少し苛立たしそうに呟いた。
その視線を追うと、スーツを着た50代程のおじさんがレジの人に7台並ぶレジ全てに届きそうな勢いで怒声を飛ばしている。
大きな声で一方的に威圧し、レジの人の言葉を聞かず同じやり取りを繰り返す姿に高校時代、自分がコンビニでバイトしていたときの記憶がダブってみえた。
「いやだな、ああいうのは。大概ちゃんと聞けばすぐ終わる話なのに自分の求める答えが返って来るまでずっと同じ事を蒸し返すんだ。」
「ちょっと腹立つわ、アレ」
「え、おい?レミア?」
俺がレミアからの謎の迫力に危険を感じた刹那、ショッピングモールの中にあって本来ありえないはずの突風がスーパー内に吹いた。
一瞬辺りの人が全員自分の身体を押さえ、何事かとざわめきだす。
「はぁはぁ・・・ふう・・・・」
最中に突如、隣で息を整え始めたレミアに状況を理解する。
「こいつが原因よ。でも悪魔は本来契約によって憑き、契約の成就のために動くだけなんだけどね。」
そういったレミアが右手で摘んでいるものを見せるとそれは生き物のようだった。
五センチほどの漫画とかで見るような絵に描いたような悪魔の姿をしたそれがレミアの指に吊るされて砂嵐のノイズの様な声を発している。
レミアが人では無いと認識させられる力の一つ、レミアは『絶壊』と呼ぶ。
それは体力を大きく消耗する代わりに一時的に身体能力を飛躍させる力。
なんと体感速度で0.01秒が5秒くらいになり身体もまたその感覚に応じて動けるまでに強化されるらしい。
格ゲーやFPSをやっててピンチになると偶に使うが、1フレーム(およそ0.02秒)の間にコントローラーの認識速度を超えてしまうため結局コマンドが崩れて悪手になったり、前には見たことも無いようなバグを起こしたこともある力だった。
ゲジ眉先生の八門遁甲みたいなアレなのだが、おそらく今起きた突風も瞬間的に往復してきたレミアに呼応して起きたものだろう。
「はぁはぁ、はぁ――意識的にせよ無意識にせよ、悪魔と契約を交わすような奴はどうしようもなく弱い奴よ。他人に当たるやつなんか特にだわ・・・はぁ、大方ストレスを発散したいとかそんなところ・・・かしら。」
肩で息をしながらウエストポーチに手を入れ小さな木の実を取り出すと、それを摘んでいた悪魔らしき生き物に渡す。
「本来なら関わりたくも無いけど私の前で無様な姿を晒されるのは不快だわ。」
レミアから木の実を受け取ると悪魔は小さく煙が弾け、消えた。
「――それとも、余計なことだった・・・かしら・・・?」
額に太く血管が浮き、苦しげながら自嘲気味にこちらを見るレミア。
先ほどまで怒声をあげていた男性は急に落ち着きを取り戻しなんとか店員との会話が成立しているようだ。
それを眺めた俺は軽くレミアの麦藁帽子に手を置いて「ありがとう」と言って袋詰めを再開した。
「ふふーん!スマホっスマホっ!」
「画面ばっかり見てるとクリーム落ちるぞー」
大袋を5つの買い物袋を車に置いて、再びショッピングモール内の携帯ショップに行きレミアと俺の携帯を契約して、今はフードコートで一休みしていた。
クレープを頬張りながら初期設定をしているレミアの姿はただただはしゃぐ女の子で、見ているこちらも嬉しくなるものだ。
スーパー内でぶつかった子供の件や怒声を上げていた男性の件で下がっていたテンションもいつもの元気なレミアに戻って本当に何よりだ、と俺は心で安堵する。
「ちょっと貸してみ」
「んん、はい!」
俺も前の機種からある程度移行を済ませたのでレミアのスマホに俺の番号を登録する。
「こうやって登録すると・・・ここを押して俺の名前を押してみ?」
「ここ?」
スマホを机に置き人差し指だけで押す姿がなんか初々しい。
そして俺のスマホが振動する。
「もしもしってな」『もしもしってな』
「わっ!ソウタの声がする!」
「これをこうして―」
通話を切り、レミアに逆に着信の受け方を教える。
「スマホってのはゲームするためのものじゃなくて本来はこういうものだから、迷子とかなった時とかのために一応覚えておきな」
「うん!それでゲームはどうやるのかしら!」
「アンドロイドだからアカウントも作っておかないとな......すきあり!」
「あー!私のイチゴー!!」
「落ちそうだって言ったろ」
「じゃあソウタのチョコバナナ一口頂戴!」
「あいあい、んじゃ食べたら帰ろうか。」
陽が遠く富士山の下へ沈んでいく最中の夕暮れ、引地川沿いは帰りの車で長蛇の渋滞が出来ていた。
「むふふ、すれ違い沢山できた!」
アクセルを踏み込んですぐブレーキを踏むことに若干のもどかしさを感じているとレミアが隣で楽しげに携帯機の画面を覗いていた。
「ついてくるのはそれが目的か?」
「違うわよ!まぁそれもあるけど・・・・」
世界を塗りつぶす茶けたオレンジの夕陽がレミアの頬を撫で、瞳へ至ると宝石が如く煌きで瞬いた。
それを遮るように彼女の尻尾の影が瞼の上に落ちる。
「な、レミアはなんでそんなに人間が怖いんだ?その尻尾だけでも俺の250ccバイクを簡単に持ち上げていたしなんだ、『絶壊』だっけ?あれもあるしそう怯えるものとは思えないんだが」
「それとこれは違うの!それに・・・それに私は人間と争いたいわけじゃない」
それは消え入るような震えた声だった。
唇の端を噛むレミアの悲しげな目元に罪悪感がこみ上げる。
「悪い。余計なこと聞いちゃったな」
「ううん、ごめんね」
信号が青に変わりゆっくりとアクセルを踏み込む。
前の車両に合わせて調節しなければいけないところだったが正直どれくらい踏み込んだのか、ブレーキもレミアに対しても俺はわからなかった。
ただ寂しげに川の水面を眺める彼女に何か美味しいものを作ってやろうと、それだけは心に決めて帰路を辿っていった。
「ね、ソウタは欲しいものとか無いの?」
マンションの駐車場で唐突にレミアがこんなことを聞いてきた。
言われてみても特に思い当たらないのでそう応えるとレミアは口を尖らせ不満そう
「ないの?そういえば前に一億円?あげるって言った時だって断ったし、20ちょっとしか生きて無いのに世捨て人とか悲しいだけよ?」
「世捨て人とかゆーな、充電期間だ。」
「え、充電?もしかしてソウタ働くの?なんで?」
――なんで・・・・か。
結局その問いには何も答えれないまま濁してマンションのエントランスへと着いた。
見上げるは一ヶ月前に越してきた新居、潮の香りがこびりついた灰色のマンション。
買い物の行き来に使ったあの無駄に六人乗りのミニバンも、ここに来る前に数週間だけ住んだ所もそこからの引越しなど諸々の費用も、玄関の扉を開けて真っ直ぐ見える四枚のモニターや二つのゲーミングPCやら据え置きゲーム機とかソフトとか。
その一切のお金がレミアの懐から出ているのだ。
それなのに、それ以上に欲しいと、どう思ったら言えるのか。
情けなくも感じるが普段の娯楽費とか生活費とかはレミアの持っているお金から出ていて、おそらく先ほどの質問はそれ以上の何か大きな欲しいものを尋ねたのだと思う。
だがそれは、少なくとも俺には無理だった。
専門学校を卒業して就職した前職を辞めてから二ヶ月間無職。貯金は三年程度はつつましく暮らせる程度で、辞めてすぐレミアと出会わなければ今頃はどこか別のところで働いていただろう。
別に働きたくないわけではない、いや働かなくていいのならそりゃ一生遊んで暮らしたいが。
ともかくレミアの事情は知らないが、彼女が俺と暮らしてお金を出すことに特に抵抗も無く、寧ろ『ドラゴン族にも色々な性格の奴がいるけれど基本的に宝物や金銭を溜め込むタイプが多いわね!それでも後生大事に抱えて愛でる様な素敵なものでもないと思うの、使うときは使う。多く持ってるほうが出す、少なくともソウタと私はそうしましょう!』と本人の言葉もあり俺の貯金は未だ減ることはほぼ無い状態だ。
俺は自分を後ろ向きだとは思わない、だけどそれでもレミアといつまでいるかは解らない。
だから充電期間だ。自分で稼げる力は捨てない様には考えてるし、レミアに何かあればいつだって俺はこの生活を守るために自分に出せるものなら出す。
――初めて会ったときから俺は既に彼女のためなら死んで良いとそう思った。思ってしまったのだから。
逆説的に俺は『出してくれる限りは出して貰おうかなー』なんて考えだとも言い換えることが出来てしまうわけで。
やはりネガティブでもなければ、リアリストでもなく、またポジティブから一番遠い、ただひたすらに能天気なのだろう。
飲み物など重たいものは俺が持っているにしてもレミアは軽快な足取りで部屋へと向かう。
夜の闇に国道を照らす灯りと流れる車のヘッドライトが遠くでシルバーのネックレスのように連なって、日が沈むとまだまだ冷たい風が潮の香りを運びと僅かに聞こえる小波の音が俺を包む。
「ソウター!牛乳はアイスのところでいいのー?」
「冷蔵庫はお前は触るな!スマホのワイファイ接続しとけ!ゲーム機とかでやったから解るだろ?」
「りょーかいー!」
そんな湘南のまどろみから一歩部屋に入ると彼女の声がする。
まだ一ヶ月、なのにこの部屋は無性に暖かくて居心地がよくて。
だから、だからこそこれ以上を望んではいけないと何故かそう思ってしまうんだ。
ああ、そういえば――本当に蛇足だけど小学生の頃、冬休みの宿題で描いた書初めは
『なんとかなるか』
だったっけ。三つ子の魂百まで、やはり俺は楽観的に生きているのだな。