十四話「悪い文明。」(結局最後の一枚は使わなかったのか?)(いや、使ったけどだめだったわ・・・。)(やったのか・・・。)
今日も今日とて雨が降る。
今年の梅雨はよく降るようで、既に雨が降り続けて今日で四日目だった。
小学校、中学とサッカー部に所属していた俺にとってはグラウンドが使えずひたすら室内で筋トレしていた思い出と共に、あの汗臭さを思い出す季節だ。
そんな景色を、時折ベランダに出てグレーに染まる海の様子を眺めたり、散歩にでたり(もちろん俺は同伴は強制される)前に言ってたように、雨に染まる町を楽しんでいた。
だが、今は――。
転がる少女。その表情と連動する様に、彼女の尻尾もうなだれている。
いくつも転がる使用済みのカード、少女はその一枚一枚を手にし一瞥すると涙目で投げ捨てた。
「おかしい!おかしい!絶対仕組んでるわ!!最初はあんなに星5が出たのに!出たのにぃ・・・」
レミアが、家を出るようになった理由はきっと、本当に雨景色が好きなんだろうけど・・・最近はどちらかと言うとコンビニで課金のためのポサカードを購入するのが目的のような気がする。
予想通りと言えばその通りだが、レミアがスマホを手にしたとき一応俺からも忠告はしたのだ、そしたら。
「ふふん!人間の尺度で言われては困るわね!私は伊達に400年生きているわけではなくてよ?お金を使うことの楽しさも知っているけど無駄使いの愚かさくらい分かっているわ!そんなことにはならないのよ!」
とかなんとか言っていたし、レミアの持つ資産を鑑みれば大したことは無いだろうと、そう思って放置してたのだが・・・。
「違うの、違うのよ・・・このキャラで課金は最後なの・・・・」
「それ、そこに落ちてる三枚目くらいから毎回『これで出なかったらやめる!』って言ってたよな。」
ちなみに、レミアの周りに落ちている使用済みのカードは二桁を数えている。
400年培った金銭感覚は、課金の麻薬の前に簡単に崩壊した。明智天下並の呆気なさで。
「うう・・・でも・・・ここまでやったら出るまでやりたいじゃない・・・?」
スマホが急速に普及して所謂ソシャゲが台頭してきた頃、丁度俺が社会人になってお金を得始めた時期だった。
その影響もあって、俺もこんな感じで課金に嵌っていた時期があったから気持ちは分かる。
課金にしても、煙草にしても最初の一歩を踏み出してはいけない。
だが、踏み出してしまってもまだ二歩目を堪えられれば大丈夫。
その一歩目と二歩目に悟れるか、そこが大事だが、その二歩は驚くほど精神的な負荷が少ないのだ。
だから軽い気持ちで進み始めると気付いたときには戻れない、前に広がる底なしの沼に沈んでいくだけ。
そんな過去の自分を見ているようでなんか背中を掻かれたような気持ちだ。
「まあ、だめな時は何やってもダメってのは世の通りでな。どうだレミア、なんかコンシューマーの方のゲームやろうぜ。」
「そうね・・・そうだ!ソウタに格ゲーで5連勝したらラストもう一回挑戦する!」
「あいあい、どっちでやる?」
「ブレイブルーム!」
「よしきた!」
レミアは格ゲーを始めて、一ヶ月半程度ながらめきめきと腕を上げていた。
俺自身は、格ゲーは下手の横好きだと自覚しているが、それでもレミアの上達速度は速い。
基礎的な身体能力もドラゴンの方が優れているからな~と誤魔化してはいるが、レミアはFPSやRPG、音ゲーなどマルチに手を出している中でも格ゲーはお気に入りのようだ。
その理由の一つに俺の方が勝率がいいのもあるのかもしれないと、俺もまたレミアに感化され密かに練習をしている。
結局、二時間ほどやり続けたが、いよいよレミアの5連勝は実現しなかった。
一休みも兼ねて、俺は録画したアニメを再生した。
「お、アニメ新遊戯の最新話面白いな!レミアは今期――」
口を「む~」と紡ぎ、身体を上下に揺らしているレミア。まさに心ここにあらずといった感じか。
うーむ、どうしようかな。
最初は十連一回分だけ、とか言ってたカードの金額もある所からガチャ石を買う最高額の分になっていた。
流石に俺もここまで爆死したことは無いし、なんと声をかけたらいいのやら。
テレビでCMが流れた。
ふむ、何かきっかけにはなるのかな。
そう思った俺はレミアを乗せて、車を走らせた。
「ねえ、ソウタ・・・私まだ最後の一枚あるから、その・・・大丈夫よ?」
車を止めた場所はコンビニだった。
だが、うちから一番近い場所ではなく同じ道を真っ直ぐ行くとある別チェーンのコンビニだ。
「ほら、蒸し暑いし冷房つけてもいいけど、アイス補充したいなって思ってな」
「そう?でも、ここはあまりこないから新しいデザートもあるかしら!」
「そうだなー、とりあえず見てみようか。」
そうして、アイスやお菓子、スイーツに缶チューハイなどを持ってレジへ向かう。
「お会計2248円です。ただ今700円ごとにくじやっていまして、三枚どうぞ」
高校生くらいの店員さんが、レジ横にあったくじ箱を向ける。
「やったな、レミアほら」
「う、うん・・・」
レミアの小さな手が、三枚引いた。
「あっ、すみません」
「いえ、こちらこそ申し訳ないです」
券を確認しようと、店員さんが伸ばした手がレミアの近くに寄った時、驚いて俺の後ろに隠れた彼女を見て店員さんが謝ってしまった。
綾乃の件で、少しは他人にも慣れてきたのかなと思ったのだがそう簡単にはいかないよな。
「こちら二枚は応募券ですね、こちらの引換券は今引き換えますか?」
「はい、お願いします。」
店員さんが商品を持ってきて、会計を済ませて俺達は店を出た。
「ほい」
「きゃっ・・・ソウタ?」
俺は、レミアに飲み物を投げ渡す。驚きながらも受け取ったレミアが不思議そうにこちらを見る。
「それ、レミアが当てたフルーツジュース」
「ん・・・そう・・・」
帰り道、車の中で「こんなところで運使ってもなぁ」とレミアがフルーツジュースを飲みながらぼやいていた。
「でも、フルーツジュース美味しいだろ?」
「ん・・・うん。美味しい。」
「じゃあそれでいいじゃん。上手く行かないときはさ。徐々に虚無感が伴ってきて、多分目当てが引けても嬉しくないと思う。そういう時こそ、ご飯が美味いとかゲームが楽しいとか、くじを引いたら些細なものだけど当たったとかそういうのを一つ一つ、大切に感じないと全部がつまらなくなってしまう。今無いものを数えるよりも、今ある物を実感できて大切に思える方が俺は好きだな。」
「ふんっ!」
「痛ってえ!」
レミアの尻尾が俺の頭を小突く。
「ソウタの癖に・・・そう、恥ずかしい台詞は禁止!!」
「えー。」
「でも、そうね。また機会があれば来てくれるよね!」
「そうだといいな。」
雨の町を、助手席から楽しそうにレミアが眺める。
信号待ちにレミアがフルーツジュースを差し出してきたので俺も一口飲んだ。
「美味しいね!」
「そうだな、久しぶりに飲んだよ。うん、美味しい。レミアが当ててくれて良かった」
「そうでしょう!ていうかあれよね!これ間接キスっていうんでしょ!!」
「ぶっ――!」
レミアはいつもの調子に戻ったようだが、もう少し落ち込んでいててくれても良かったかもしれない。
だけど、やはり助手席に座るレミアには笑っているほうが自然だ――。
後日。
「レミア!私も、ケータイ買ったから同じゲーム入れてみたのだけどどうかしら!」
と、シルさんが遊びに来たときだった。
そう言って見せたシルさんのケータイ画面には、レミアが引けなかった星5キャラがいて。
レミアに理不尽に八つ当たられ、オロオロするシルさんが居たという一幕があったとさ。