十三話「ドラゴンの慟哭」(私、心核越えたあとも好きだけど、シャキってからのこの曲いいよね!)(そうだな、俺も第一フェーズも第二フェーズの曲も好きだ。それで、レミアはランスラ避けられるようになったか?)
雨が深夜の帳を湿らす。
日付が変わる頃のコンビニは、数人が息を殺すように歩く。
誰の耳にも止まらない店内放送だけが寂しく流れ続ける。
「ソウタ~!これ、これ!シル姉が言ってた・・・ん?どうしたの?」
カエルを模した膝まである合羽をかぶった少女が、一緒に来た男に声を掛ける。
ソウタ、と呼ばれた男はと言うと、すれ違った女性と合わせ鏡のように同じくして口を開いていた。
「ソウタ?」
合羽の少女が、蒼太の顔を覗き込む。
「え・・・もしかして、綾乃か?」
「うん・・・蒼兄ちゃんだよね・・・?」
「だから、その呼び方はやめてくれって。恥ずかしいから」
「やっぱり蒼君だ!何で?何でここに? ――でも、それよりも蒼君その子は?」
綾乃と呼ばれた女性はその女の子に覚えがあることにすぐさま気付く。
蒼太と一緒にいる女の子が――似ていた、いや酷似していたのだ、最近一緒に住み始めた女性が「私の妹です」と描いていた少女に。
だが、ソウタは当然そんなことは知らない。
「えあ?えっと・・・」
どうしたものかと空でろくろを回し始めた蒼太を横目に、綾乃は少女に声を掛ける。
「ねえ!私あなたのお姉さんを知っていると思うのだけど――」
「「えっ――?」」
その時だった。
まさにそれは、飛んで火に入る夏の虫。
言い換えてしまえば、飛んで火に入る梅雨の龍。なんかかっこいい。
俺がレミアの説明をどうしたものかと考えていた際、綾乃の言葉に俺もレミアも驚きの表情を見せたときだった。
自動ドアが開いて、「アヤノいますか?」と傘を持った女性が入ってきた。いや、シルさんな訳だけど。
パタンと、シルさんの手にしていた傘が滑り落ちる。
シルさんの目が点になった後、憂うように一息漏らした。
「シルさん!」
綾乃が叫んだ刹那、店内に小さく風が吹いた。そしてシルさんの姿も消える。
「レミア。」
「はぁ、何やってるのかしら。」
「そういわずに、な?」
「わかってる、ソウタは家で待ってて」
短いやり取りで、レミアもシルさんの後を追う。
さて、俺は――。
「綾乃どうする?シルさんはきっとレミアが俺の家に連れてきてくれるだろうけど」
「行く!」
俺の最後の言葉を待たず、言葉を返した綾乃。
「じゃあ、とりあえず甘いものでも買って家に行くかー。」
コンビニを出ると雨が弱まっていた。
雲の隙間から時折月が見え、雨音のない深夜は世界が死んだように静寂が町を覆う。
「しかし、綾乃こっちに住んでいたんだな。」
「うん、本当この近くだよ。勤めは横浜だけどね」
「横浜ならもう少し近い・・・例えば町田とか、海老名の方とかあるんじゃないか?」
「ほら、私達の地元って山ばっかりじゃない?せっかくなら海が見たくてここにしたの」
共に歩く綾乃という女の子は俺が幼稚園の年の頃、隣の家に引っ越してきた一個下のいわば幼馴染だ。
しかし――。
最後に会ったのは彼女が専門学校に通ってた頃で、まだ学生特有の面影を残していたが今はどこか垢抜けて大人っぽく見えた。
「しかし、蒼君。あれですね、大人っぽくなりましたですね!」
「そうか?寧ろ、俺よりも綾乃の方が大人っぽくなったと思うぞ?」
「ふふん、そうでしょうとも!制服姿を『おお、馬子にも衣装だな』ってどこかの失礼なお兄ちゃんに言われた女の子だって成長するのです!」
「あれは中学のときじゃないか・・・というか忘れてしまえそんなこと」
「嫌なのです、墓場まで持っていくつもりです」
「一刻も早く忘れろ!」
「蒼君の墓場に刻んでやるですよ」
「しかも、俺のかよ!!」
ちなみに『蒼君』という呼び方は、中学に上がる前『蒼兄ちゃん』と呼ばれていたが流石に同じ中学では恥ずかしくて色々案を出し合って決定した呼び方だ。
それでも、綾乃は時と場合によっては『そうにいちゃん』とか『あおくん』とか使い分ける。
あおくんと最初に呼ばれたのは綾乃が中学にあがった時、前述の発言を俺がしたときだったな。
基本怒られるときに使われる。基本ニコニコしている子なだけに、怒っていると笑顔で『あおくん?』と圧が掛けられる。超怖い。
「それにしても、もう何がなんだか分からないです・・・。なんで蒼君が――」
「うーん、とりあえず綾乃がシルさんから聞いてた話を教えてもらっていいかな?」
「えっとね・・・」
歩きながら俺は綾乃とシルさんが暮らすことになった経緯を聞いた。
レミアも最初不思議がっていたな、『シル姉、お金そんなに持っていないでしょ!?』って。
ドラゴンの金銭感覚は俺にはよく分からないが。特にレミアは一億あげるとか言い出す奴だしな・・・。
「しかし・・・それでよく暮らそうと思ったな。もう半月ぐらいになる訳だしな」
「うん・・・まあそうなんだけどさ・・・なんか・・・」
綾乃が言い澱むのも、それでも受け入れた気持ちは俺には少し分かる。俺だって、自分が特殊な状況であったにせよ、それでもドラゴンと暮らしているわけだしな。
それに。
「それに、綾乃何気に寂しがりだから一人ぐらいが寂びしかったんだろ?」
「そんなことはないですよ!!」
「えー?本当か~?」
「本当です!!むー蒼君のバカバカバカぁ!」
「痛い痛い、ごめん悪かったって」
ぽかぽかと叩いてくる綾乃だが、実際はそんな痛くは無い。
戦場ゲームで撃たれたら「痛い痛い!」と言ってしまう様なアレだ。
「もうっですよ!・・・・それで、蒼君の話を聞いてもいいですか?」
「ああ、そうだな。だけどその前に、綾乃。」
「なんですか?」
「――ドラゴンが居るって言ったら信じるか?」
隠しておいたほうが良かったのかもしれない、――それに、話しても信じるほうが無理な話だし笑われて終わりだったかもしれない。
それでも、綾乃は真剣に俺の言葉を聞き彼女の思いを口にした。
「―――、―――――。」
ガチャ、と静かに玄関の扉が開く音がする。
先に帰っていた俺と綾乃はコンビニでついでに買ってきたおにぎりなど軽食を取っていた。
「綾乃は、少しここで待ってて」
「うん・・・分かった・・・。」
俺は用意していたバスタオルを持って玄関へ向かう。
レミアの後を着いて入ってきたシルさんは顔を伏せていた。
「お帰り。とりあえずほら、冷えただろ?これで拭いて、先にシャワー浴びてきな」
「ソウタ、その・・・アヤノって人は?」
「中で待ってるよ。シルさんのこと心配してたよ」
「やっぱり、私っ――」
「シル姉。とりあえず、話をするって約束でしょ?逃げても何にもならないよ。」
シルさんの手をつかんで脱衣所へ向かうレミア。
少し大人びたレミアがこそばゆかったが、流石に今は茶化してる場合ではない。
二人がシャワー浴びているうちに、俺は濡れたレミアの合羽を玄関に掛けてから紅茶を淹れた。
時折、綾乃をみると流石に落ち着かない様子できょろきょろしていた。
「綾乃、そこの戸棚にクッキー缶があると思うから出してもらってもいいか?」
「う・・・うん!ここ?」
綾乃に手伝ってもらいながら、ドラゴン姉妹が出てくるのを待ち。
――そして、二人が出てきた。
「・・・・・・アヤノ。」
絞り出すように、まず一番に声を発したシルさん。
頭に深くバスタオルを被ってやはり俯いているのを見ると、いまだ顔は合わせにくいみたいだ。
小声でレミアが「こんな落ち込んでるのは久しぶりに見るよ」と言っていたし、やっぱり思うことは沢山あるのだろう。
思い返せば当初の、「毎日だってきっと来るわ」というレミアの予想は外れて、来ても一週に数回程度だった。
しかも楽しそうなシルさんの姿に「なんだかんだで人間界楽しんでいるじゃない。」と半ば呆れてるように言ってたこともあった。
きっとそれは、シルさんと綾乃との生活が楽しかったのも要因の一つだろう。
綾乃も実際にさっき話していて、楽しかったと言っていたし、「前にご飯を作らなくてはいけないので」と言っていたあの笑顔や、納得できる要因は一つ一つあった。
だから、だからこそ、だ。
嘘をついていた後ろめたさが大きくなってしまったのだろう。
それでも、こんな近所に居ればいつかはこうなる日は必ずあった筈だ。
――逃げても何にもならないよ。
というレミアの言葉は間違いない。
「えっと、その・・・・その、シルさんとレミアさんがどらごん?というのは本当なのですか?」
その綾乃の声に、言葉は返さず尻尾と角を現すシルさんと、一拍あけてレミアも現す。
「わっ・・・本当なのですね・・・流石に今現実に見ても、信じられないですが・・・・。」
そして少し沈黙の時間が生まれたので、「とりあえず、おなかも空いただろ?紅茶とクッキー、あとコンビニで甘いもの買ってきたから食べながら話をしようか。」そう切り出した。
「あっ!買ってきてくれたの!ありがとソウタ!」
四人がけのテーブルに俺とレミア、綾乃とシルさんが向かい合う形で座る。
俺の対角に座るシルさんの顔が一瞬見えたが、目元が赤く腫れていて泣き腫らしたようで、きっと家に戻ってくるまでにレミアと色々話をしたのだろうと想像が出来た。
「もー、せっかくソウタの淹れた紅茶なのにしんみりしてちゃ冷えちゃうわ!」
レミアが切り出す。
「アヤノさんはシル姉が人じゃないと知ってどうするの?」
「レミア・・・そんな直接聞いたら・・・。」
「私は――!」
心を決したように、俺もほとんど聞いた事の無い綾乃の大きな声が響いた。
「私は・・・正直何がなんだかもうわからないです。それでも、シルさんが行くところが無いのなら、私を食べるとかしないのなら一緒に帰りたいです!」
「え――あ――?」
声になっていない呻きのような声が、シルさんから漏れた。
「それとも、シルさんは嫌ですか?あっ本当に食べるつもりでした・・・?」
「い、いえ、ですが・・・アヤノは怖くないのですか?人間は、ソウタさんもですが私達のようなものは怖いものでしょう!?」
小刻みに震えるシルさんの肩。
「それは、そうですね・・・出会ったときになら驚いていたですきっと。でも、今の私にはシルさんに尻尾があろうと怖くは思えないのです」
「で、ですが・・・!」
「シル姉。シル姉はどうしたいの?」
「わ、私は・・・・」
幾ばくかの沈黙があった。誰一人として、シルさん以外は声を発しない。
この一言は、シルさんの言葉でないと意味が無いと全員が思っていたように思う。
「それは、私だって・・・アヤノと居ていいのなら、一緒に居たいです。また一緒に絵を描きたいですわ・・・!」
「じゃあ、それでいいじゃない。アヤノさんだって最初からそういっているのだから、ね?」
言い切ったシルさんに、レミアが綾乃に笑みを向けて問う。
「ええ・・・ええ!もちろんですとも!」
「じゃあ、アヤノさん!今後ともうちの姉、ちょっとめんどくさいけどお願いね!」
そして、話はまとまり皆でコンビニスイーツを食べた。
ただシルさんはずっと泣きながらありがとうと、ごめんなさいを繰り返していた。
「じゃあ、私達も帰るです。蒼君、レミアさん、色々ありがとうね」
「おう、なんかあったらいつでも来ていいからな」
「レミアさん・・・いや、蒼君。レミアさんを食べたらダメですからね!レミアさんもいつでもうちに逃げて来ていいですからね!」
「あ、はい。ではお気をつけて、シル姉もしっかりしなさいよ!」
流石に疲れたのか静かに頷くシルさんは、初めてレミアと会ったときの仕草にそっくりで姉妹なんだなと実感した。
ゆっくりマンションの会談を降りていく二人を見送って、俺達も部屋に戻る。
「そういえばレミア、綾乃は人間なのに大丈夫だったな?」
「えっ、ああ・・・そうね。それ所じゃなかったのもあるかしら。」
「そっか、そうだよな。」
「それにね」
「それに?」
「アヤノさんからシル姉の香りがしたから、かも。」
「そうか~・・・ふぁあ・・・俺達も寝ような、久々に布団で寝ようぜ・・・」
「そうだ、ソウタ!買ってたデザートの中に『ぷにひょっぺ』が無かったからまた行こう!」
「うん・・・?ま、そうだな。よし寝よう~」
俺は、レミアの合羽の水を少し払い、掛けなおして全く使われない各々の部屋にあるベットへ向かった。
「私は、それでもシルさんが望むなら一緒に居たい」
そう綾乃が言ったとき、俺はレミアの顔が浮かんだ。
きっと、俺のときもこんな顔をしていたのかもしれないな。
――こそばゆい。
・・・・・・・
丑三つ時の町を歩く。
なんかもう疲れたような気もする、だけどそれ以上に嬉しいのかな?
なんとか大きな仕事を一つ終え、終電で帰宅してシルさんへ手土産にアイスでも買おうとしたら全く関係ない土地で蒼兄ちゃんに会うし、同居してる人はドラゴンとか言われるし。
もう何がなんだか。
私だって、シルさんのことは不思議には思ってはいたの。
それでもシルさんが話してくれたら何とか力になろうくらいに考えていた。
私の隣を歩く女性の正体はドラゴン。
「あの、シルさん。もしかして飛べたりするのですか?」
今更、距離が生まれてしまった気がする。だから、せめて私は変わらずにシルさんと話したかった。
「え、ええ・・・」
「本当!!私、夜景を空から見るのが好きで・・・可能ならお願いしたい、です」
「では、初めは怖いでしょうが暴れないでくださいね」
そういうとシルさんは、本物の竜になった。
シルさんの髪色と同じ桃色の鱗が翼の骨を沿うように伸びていて、それ以外は鋼色の鱗に覆われていた。
二足で立ち、顔のラインからしゅっとしていて、その姿は凛々しいグリフォンのようだ。
もしくはメタリックなチョ○ボ。
私は、ゆっくりシルさんの背に跨った。昔、受験のときに蒼兄ちゃんのバイクの後ろに乗ったときを思い出す。
あの時と同じように、私が驚かないようにゆっくり優しく進み始める。
「わあー!」
高度はどれくらいだろうか、さっぱりわからない。
雨雲はすでに消えていて、星空へ向かってぐんぐんとあがっていく。
寒さや息苦しさなど全く無かった、これもドラゴンさんの力なのでしょうか?
眼下には、ネオンが瞬いていた。
藤沢を超え、東京や横浜の方も微かに見えるほどの高度に来た。
風が吹く。
大きな翼を操り、ホバリングするシルさんの首筋?に身体を預ける。
「私ね、シルさんが嘘ついてことなんてどうでも良く思えるほど、これからは何にも気にせずシルさんが家にいてくれることの方が嬉しいのです。」
「アヤノ・・・。」
夜景が綺麗だ。
眠らない町の明かりとそれになぞられるように黒い建物の影が、コントラストとなって幻影的だ。
修学旅行で飛行機から見た東京の夜警が忘れられなかったが、360度広がるこっちの方が、断然美しい。
そして、身体を預けると冷たそうなシルさんの鱗は暖かくて気持ちよかった。
「シルさん、これからもよろしくね」
「はい。アヤノありがとう・・・」
風が吹く。
雨雲など無いのに、風に乗って暖かい雫が何滴か私の頬を掠めていった。
私は、跨るドラゴンさんの頭を撫で続けた。