十二話「どらごん!(後)」(ねーソウタ!VCでペンギン戦争ってないの?)(ゲームボーイが最後だったかな?そういやレミアとやった最初のゲームはそれだな)(うん!凄く面白かったからまたやりたい!)
闇も深まった夕暮れ、木造の待合所の屋根を雨粒が叩き続ける。
たった一つ、ぼんやりと照らす灯りの下にいた一人の少女。
少女の衣服は、太腿半ば程のワンピースのみ。
ただその腰元からは細く伸びた蛇の尻尾のような物が見えた。
その長さは少女の胴と同じくらいで、そんな現実離れした光景だったが――そんなことよりも、と割り切れるくらいにその少女と待合所も含めた一枚の光景が美しく見えて、魅せられていた。
「えっと・・・君、どうしたの?」
やっと、思考が動き出した俺は少女に声をかける。
寒そうに肩を揺らして、虚ろな目で虚空を見上げる少女が不思議と怖さはなかった。
上げていた顎を下げることなく、少女は俺の方に頭を倒す。
真紅の瞳が、灯りを反射して一瞬煌いた。
「あ・・・・」
俺を捉えた少女の表情が、怯えた顔に変わる。
「ごめん!心配になって声をかけただけで俺は――」
「あああ・・・・いやぁっ!!」
「待っ――!」
這うようにあとずさった少女はそのまま逃げるように走り出した。
「そっちは田んぼが!!」
少女が走っていった先は、暗闇に潜む田んぼだ。
バイクのハンドルを投げ出し、俺は必死に少女の背に手を伸ばす。
掴んだ――!
「にゃんっっ!?」
ただ、その掴んだ感触は、冷たく硬かった。
その感触に、全身の神経が逆立つような気持ち悪さがこみ上げた。
「うおおおっ!」
それでも、足を踏ん張り、掴んだ謎の硬い物を手繰り寄せ、少女の腹を抱えて道の方へ倒れこんだ。
「ぐっ・・・・いってえ・・・あ、おい!大丈夫か!?」
少女を見る。
「―――。」
息を呑んだ。
俺から離れた少女は、体育すわりになって必死に頭を抱えて「いや、殺さないで、私は何もしない、しないから、だから・・・だから、どうか殺さないで」と涙声で繰り返していたのだから。
俺が立ち上がると少女の肩と、そして信じられないことだが尻尾がびくっと跳ねた。
状況なんて何一つ分からない。
そんな俺が出来たことは、自身のライディングジャケットを脱いで少女の肩にかけてやることだけだった。
「え・・・・?」
少女が抱えた手の間から俺を見る。
また、紅い瞳が煌いた。
そんな瞳に、ああ俺死ぬんだなとぼんやりと思った。
――丁度、職も失ったことだし母親の顔を見れた。存外、死ぬには丁度いい日なのかもしれない。
――それに、こんな美しい死神に殺されるのなら悪い気はしないしな。
本気でそう思えたからか、心で諦めると思考が楽になった。
「寒いだろ?それも濡れてはいるが、無いよりはましだろうし雨に濡れてしまうからあっちに戻ろうよ」
出来る限り優しく諭すと、少女も小さくうなずき俺から少し遅れてバス停へ入ってきた。
二つ、長いベンチの両端に座る。
スーツの上は自分の部屋に投げてきたので、ライディングジャケットの下はYシャツだった。
適当に水を払う。
風が吹くたびに、突き寒さが刺さる。
「ん・・・・ん・・・」
少女が、ジャケットの肩を掴んでこちらに向ける。
おそらく、返すという意味だろう。
「ああ、大丈夫だよ。それより・・・」
ううむ。何から触れればいいのだろう。
俺が実際に触れたのは、きっとあの尻尾だろうけど・・・。
「えっと、君のそれは・・・」
恐る恐る、尻尾を指差すと、少女が「あっ」って顔をして一瞬で尻尾が消えた。
そして、俺を見てぶんぶんと顔を振る少女。
「いや・・・顔を知らないみたいな顔されても・・・今見えてたし・・・」
今度は首をかしげる少女。
「いや、そんなとぼけた顔されても・・・だから見えてたって!」
少女の眼が少し細くなる。
「そんなかわいそうな人を見るような目はやめて!!あった、あった・・・よな?」
おどけた俺を見て、声を殺すように笑った少女。
その姿に、――ああ、良かった。と心で安堵を溢す。
少女の笑顔につられて俺も笑った。
「なあ、君は・・・帰る場所はあるの?」
間が少しあって、少女は静かに首を横に振った。
「・・・・君は人間なのかい?」
さっきよりも間が空いて、俺を見定めるような視線が向けられる。
――少女は首を横に振って、そして同時に尻尾が再び現れた。
流石に、それには驚きを隠せなかったが俺は少女の眼を見据え最後の質問を口にした。
君は人を殺すのか?――と。
その瞬間。少女は一瞬で俺の顔まで距離を詰めると、俺の眼を殺しそうなほど睨みながら首を横に振った。
「それなら、よかった。じゃあさうちに来ないか?」
――後にレミアと言う名前を知ることになる少女の、そのときの顔は今でも忘れられない。開いた口をぱくぱくさせてたあの顔が。
「・・・・・・・え?」
たった、それだけを発するのにかなり間があった。
「あの・・・その・・・怖く・・・ないの?」
少女の絞り出すような声に、俺は笑ってこたえる。
「うーん、まあ、危害は加えないんだろ?それなら大丈夫だ、こんなところにずっといても風邪引くだけだしな。で、どうする?」
こくんと、少女は小さく頷いた。
俺は突き放して、倒れたままのバイクを起こす。
「とりあえず、バイクがガス欠でな。友達の家にガソリンを分けてもらわないとだな・・・」
ぐっと、全体重をかけたバイクが進み始めたかと思ったとき、急に感触が軽くなった。
軽くなって軽くなって・・・・俺の身体も浮きかけた。
驚いてハンドルから手を離して、後ろを見ると少女の尻尾が軽々と120キロを超えるバイクを持ち上げていた。
「・・・・・この・・・方が、楽?」
少女は、何気ないような表情でバイクを持ち上げて歩き出した。
俺はそのとき、正直、今更に本気で怖いと思ったのは内緒。
俺の足取りは断然、軽やかになり夜道を歩くペースも上がった。
時々振り返ると、5メートルほどあけて少女も着いてくる。・・・尻尾で掴んだバイクを掲げながら。
特に会話もなく道を行く、俺は何回か来た道だったけど間違えると取り返しがつかないので、道を間違えないようにするので必死だった。
・・・まあ、あと怖かったし何を話したらいいのか分からなくなってたのもある。
車など滅多に通らないが、たまにすれ違うときは合わせて少女の姿が消えていたので気付かれることはなかった。
徐々に民家が増えてきて、そして友達の家まで一つ角を曲がるところまで来た所で少女にバイクを下ろしてもらった。
「すぐ戻ってくるから、少し待っててね。」
少女は無言で頷いたのを確認して、俺は友達の家の扉を叩いた。
友達は就職に出ていなかったが、親父さんは俺のことを覚えていて快くガソリンを分けてくれた。
「本当に風呂入っていかなくていいのか?風邪引くぞ?」
「いえ、すみません。急いで帰らないといけないので。ガソリンとヘルメットありがとうございます!明日にでも返しに来ますので。」
「いーよいーよ!馬鹿息子が良くお世話になったんだ、それにこういう時に助け合ってこその人間だろ!」
「俺もそう思います、本当にありがとうございます!」
「おーぅ気をつけてな!」
バイクに跨り、少女の待っている角へ曲がる。
ヘッドライト照らされ、眩しそうな少女の傍で今度はしっかりと、サイドスタンドを立て停車した。
借りたヘルメットを少女の頭に乗せ、後ろへ乗るように促す。
「2ケツは久しぶりだから、なるべくゆっくり走るけど君もなるべく車体が倒れたら、倒れたほうに身体を預けてね。それだけで変わるから。」
「ここもってね、ここ。」
腰をポンポンと叩き促すと、少女の小さな手が腰を掴む。
2ケツの時の発進は普段の数倍緊張する。
それほどに感覚がかわってしまうのだ。
ゆっくりと、左足を踏み込み、クラッチを離しながらスロットルを開けていく。
不安要素はたくさんあるが、一番はクラッチレバーがL字になっていることだな・・・。
結局、何事もなく無事に家に着いた。
父も母も今日は帰ってきてなかったのは本当ラッキーだったと思う。
少女にタオルを渡し、風呂の準備をして、少女が入っているうちにおにぎりと味噌汁、あと冷蔵庫に入ってた漬物という簡単なご飯を作った。
そして、入れ違いに俺が風呂に入ってあがって居間に戻る時、扉に手をかけると笑っておにぎりを頬張る少女の姿が見えた。
その姿が凄く嬉しくて、胸が一杯になった。
俺が居間に入ると少女の顔は少し強張ってしまったが、その前の表情を見ていたから微笑ましいものだ。
少女はこさえたおにぎりを全て食べ終えると、頭をこくこくと揺らし始めた。
特に会話も無いものの、寝まいと必死に耐える姿は見た目どおりの少女らしさを感じる。
「ここが俺の部屋だから・・・えーっと、よしまだ布団あるな・・・あれ綺麗だ・・・」
俺の部屋は、俺が引越しのときにおいていった物はそのままにおいてあるのだが、埃などはあまりなく掃除をしてあったようだ。
布団も同じく、定期的に干してあるようで綺麗に畳まれていたのにふかふかだった。
「・・・三年間、帰らなかったの悪かったな。」
俺の言葉に不思議そうな表情の少女。
「ああ、悪い。これが毛布だから寒かったら適当に引っ張り出して使ってね。じゃあ、俺はさっきの部屋で寝るから何かあったら声かけて」
少女が頷くのを確認して、俺は部屋の扉を閉める。
そのとき。
「・・・・あの・・・・美味しかった、です・・・おやすみなさい。」
と、声がした。
「ありがとう。おやすみ。」
と、答えて俺は居間のソファーで眠った。
その日、夢を見た。
雪山に、俺の部屋がぽつんとあって俺はそれを見て「母ちゃん、ありがとう」と言って、その部屋に敷いてある布団を被る。
それでも風雪が強まっていく。どんどん、どんどんと俺は寒さに震える。
だが、急に雪は消え暖かい春が来る。
春の陽気に俺は眠るという、そんな夢だった。
「・・・・んぁ・・・・朝か。」
「――ん?」
俺が、昨夜寝るときにかけていた毛布は一枚だった筈なのに、もう一枚掛けられていた。
その毛布は、俺の部屋にあったはずの物。
「あの子が掛けてくれたのかな。」
それ以外の場合はこの家に座敷童的な奴がいるということになるから、ぜひとも彼女だと信じよう。
「蒼太?あなた、なんでそんなところに寝てるのよ?」
扉が開く音がしたと思ったら、母親が帰ってきたようだ。
「うーん、テレビ見ていたら眠ったみたい」
「あなた、昔からテレビ好きだったものねー」
「そんで、母ちゃんだけ帰ってきたのか?」
「うん、今日も手伝いに行かなくちゃ行けないからすぐ出るよ。店を開けないとサエ子さん達が入れないからね。」
「そっか、そうだな。」
「ご飯食べた?どうする作ろうか?」
「あー、いいよ勝手にやる。」
「ごめんね、何もしてやれなくて」
「いいよ。それよりさ・・・」
「どうしたの?」
「ただいま。」
「おかえりなさい!」
おかえりなさいと笑顔で言った母ちゃんは、そのまま店の方へ走っていった。
母親のああいう顔は、なんか恥ずかしくて嫌だな。
「あ、おはよう」
「・・・・他の人間」
「ああ、さっきのは俺の母親。鉢合わなくて良かった」
「うん・・・私も、人間は・・・あまり・・・」
「とりあえず、朝ごはんにしようか」
「・・・・・ありがとう。」
焼き魚、雑穀米、味噌汁、納豆とか漬物とか。ザ・和食な朝食になった。
朝食を作りながら、本当母親と、少女が会わなくて良かったと強く思う。
息子が帰ってきたと思ったら少女誘拐紛いのことをしてるとか、控えめにいって卒倒ものだからな。
箸を苦にすることなく、少女は黙々と食べ進める。
大きなリアクションはなくとも、おいしそうに食べる少女。尻尾も一緒に跳ねていたのが面白い。
「ふうー・・・なんかつられて、食べた食べた~」
「・・・ご馳走様、でした。」
「お粗末さまでしたよっと」
食器を洗い、テレビを眺めながら少しのんびりする。
(うう・・・会話が・・・)
少女も指をこねているし、少し退屈だろうか。
「ね、ゲームする?」
「・・・・げえむ?」
その日、少女はゲームに出会った。
俺が、今とはキャラがまるっきり違うレミアを知るのは一緒にゲームをしてからの事だった。
その後、彼女と暮らすこととなって、引っ越したのだがその話はまた別の機会。
・・・そして、時刻は現在に戻る・・・
――俺はコンビニの横道を見て、レミアと出合った時の田んぼ道を思い出して自動ドアをくぐった。
そして三人は邂逅し、物語は動き始める。