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十一話「どらごん!(前)」(ね、蒼太のバイクってどこの?)(うん?ヤモハのTZRだけど)(じゃ、もじゃ子と一緒なのね!)(確か2ストの話しあったなぁ・・・)

 ――あれは、まだ春が例年よりも遅く、突き刺すような肌寒さが居座る三月の半ばだった。


 ――怯えた彼女の眼が、俺を拒絶していようとも震えた彼女の肩を見たら放ってはおけなかったんだ。


 「とりあえず、うちに来いよ。」

 交わした言葉は多くもなく、さして大きな出来事を経たわけでもなかったが、俺の人生はその日から豹変した。

 だが、その選択は今でも間違えていなかったとそれだけは信じたい。


 これは青年と一人の竜との出会いの話。


 ・・・・・・・・・・・・


 今朝は久しぶりに退社して、家で寝るという当たり前のことを――重ねて言うが久しぶりに、行えて迎えた朝だった。

 そんな朝でも変わらず俺は出社のために、よれよれのスーツを身に纏い同じような顔をした人達と共に駅で電車を待っていた。

 連勤日数など、とうに数えるのをやめた。残業時間も、出社日数も数字の上ではどうせ規定時間に監査対策のために少し盛られるくらいだと知っていたから。

 気分はシベリア送りの列車待ち。

 いや、最早考えるのをやめていた。息を吸うように起きたら髭を剃って、適当なエナジードリンクを流し込んで、息を吐くようにスーツを着て電車待ちの列に並ぶ。

 そんな生活の中で、今朝はまさに奇跡だった。なんと朝の列車で座れたのだ!

 普段であれば電車は立っているほうが好きなので、譲るところだがすでに疲労が思考まで居座っていた俺は吸い込まれるように座った。


 ――心地よく揺れる列車。窓からは久しぶりに暖かい日差しが射し込み、足元からは暖房の熱気が心地よくて、膝に抱えたバックが生き物のように暖かく思えた。


 意識が途絶する。

 当たり前すぎて恥ずかしながら、心地よさに一瞬寝てしまっていた様だ。

 無理やりに意識引っ張り挙げ、危機感から扉の上の電光板を見ると会社の駅から三駅ほど過ぎていた。

 とりあえず、停車した駅で降りる。

 会社のある駅へ向かおうとした直後、戻る電車のどこかで人身事故による運行見合わせがアナウンスされた。

 急いで、乗り換えて向かうルートを探す。

 最短でも出社時刻より、十分程度遅れるのは間違いなかった。

 俺の頭にはある上司の顔が脳裏に浮かぶ。それを思うと溜息が漏れだした。

 その上司はとにかく時間にうるさかった。

 出社時間もそうだが、各々に割り振られた作業時間なども厳しいのだ。

 それだけならまだいい。だが、自分が遅れそうになると他人を巻き込んで他人の時間を巻き込む、その癖他人には自分のことを棚にあげて言ってくるのだ。

 おそらく、嫌味や小言を言われた上にその上司の作業に付き合わされる口実を与えるのだろう――それが目に見えて、それが嫌で嫌で頭が痛かった。


 ――頭が痛かったから、自動販売機に向かった。


 その時だった。

 自然と、ごくごく自然とボタンを押そうとした自分の右手を、逆の手でとめた。

 何の躊躇いもなく、エナジードリンクである『ファイト一億と二千発』を買おうとしていたのだ。

 記憶を探る。

 同じように極自然に、朝もエナジードリンクを飲んでいなかったか?

 その事に違和感を覚える。

 何かおかしくないか?という気持ち悪さ。

 というか、本当に気持ち悪くなって急いでトイレに走ったら吐いてしまった。

 吐いたら物凄くすっきりした。

 すっきりしたら心が決まり、自分でも驚くほど軽い足取りで電車を乗り換え、東京駅へ向かい新幹線の切符と、弁当を買った。奮発して、ジョジョ院の焼肉弁当を。


 自分でもびっくりした、吐いて数十分程度でも駅弁が食べられたというのは。


 腹を満たし、新幹線に揺られた。

 他の人が自分と同じ状況になったら何を思うだろうか?

 ――もう二度と会社へ向かわないという決心をして座る、地元へ向かう新幹線というのは。


 会社への怒り。開放感。後悔。甦る嘔吐感もあるかもしれない。

 自分はそんなことよりも、ただひたすらに――眠たかった―――。


 新幹線の止まる駅から、電車やバスを経由していくと徐々に人が少なくなっていくのが分かる。

 目的地への最後のバスを降りる。

 約20年いた街は当然ながらよく知っていた筈だったのに、数年ぶりに帰った町は今まで全く感じたことのなかった懐かしい香りがした。

 ふるさとを歩く。

 時間が止まったような街に、自分自身も過去へ戻っていくような感覚と余所者のような疎外感との板挟みで心境は複雑だった。


 「ああ、変わらないな。」

 そしてたどり着いた我が家。

 俺の家は、曽祖父の代から続く弁当屋だった。

 年季の入った看板は「弁当屋ひまわり」の文字がかすれていて、開けようとすると意地でも一回は引っかかる扉、染み付いたソースの香り、全てが変わっていないように見えた。

 「いらっしゃ・・・あれ?蒼太くんじゃない?そうよ!蒼太君よ、ちょっとみんなーー!!」

 俺に気付いたおばちゃんはサエ子さんと言って、この店のパートさん達のボス的な立ち位置の人だった。

 そして、サエ子さんの言葉にぞろぞろと奥から三年前から変わらない面々が出てきた。

 「蒼太くん久しぶり~!お父さん達も心配していたわよ!」「なんかげっそりしてない?大丈夫?ちゃんと食べてる?」「何々?急に帰ってきたってことはもしかして縁談!!」「だめよー東京の悪い子に騙されていたら私達がとっちめてあげるわ!」「あなたは蒼ちゃんのなんなのさ」「何よ私の馬鹿息子よりもずっと可愛い息子よ!!」「や~ね~」「「「あっはっはっは!!」」」

 押し寄せるおばちゃんたちの言葉にも、やっぱり懐かしさと安心感があった。

 「皆さん、今日は普段より帰りが遅いですね。」

 「えー?私たちに会いたくなかったの~??」

 「あ、いやそういうつもりでは・・・・」

 「やーね!冗談よ冗談!今日から数日ちょっとおおきなイベントがあってね!今日は量が多かったのよ」

 「あー、そうなんですか」

 「ええ、だから直治さんもしばらく家にいられないとか言ってたわね~」


 おばちゃんたちと別れ、業務用の機器が並ぶ厨房を抜けていくと別棟の母屋がある。

 ちなみに、直治というのは俺の親父の名前。

 店は、店頭売りの弁当もあるのだが、現在14時近くという昼時も過ぎていて、さらにイベントの手伝いなどで普段は15時閉めのところを今日は早々に店じまいとのことだった。

 店のレジはおばちゃんたちが日替わりでやっているのだがどうやら最近、新しい女子大生の子が来ていると、サエ子さんが言っていた。

 母屋の扉を開くと急いでいそうな母と鉢合わせた。

 「あれ?え?蒼太!?え、ちょっと、とりあえずお帰り!ごめん今日からちょっと――」

 「サエ子さん達から聞いたよ。悪い、急に帰ってきて。」

 「帰ってくるのはいつでも構わないよ、だけどごめん!何も出来ないけど・・・あ、時間が!ごめんね!うちにあるのは勝手に使っていいから!ゆっくりしていきなさい!」

 そういって母は、店の方に走っていった。

 居間、俺の部屋、そして――。

 俺は庭にある一つの倉庫の鍵を開く。

 「えっほ・・・げほっ・・・流石に埃がすげーな・・・・」

 

 うちの中も、俺の部屋も、時間が止まったように何一つ変わっていなかった。

 無駄に広い庭に、単車一台がすっぽり入る倉庫がある。

 高校時代、バイト代をつぎ込んで沢山走った相棒のカバーには埃が積もっていたが、返してやると塗装がきらりと光った。

 「ああ、でもやっぱ――時間が経っているんだな」

 毎日乗っていれば、握るたびに削られるブレーキディスクも鉄錆色に変色し、カウルの端々にも錆が見え、スロットルもスムーズに返せなかった。

 

 ――多分、あの時の俺は相当おかしかった。今なら、断言できる。


 キーを回し、スイッチをかけるとエンジンが掛かった。

 そしてバイクと同じく倉庫に置いてあったジャケットの埃をたたいて払い、メットを被ったがフルフェイスは匂いがとても耐えられるものではなかったので半ヘルを被り、店の脇から出る門を開け、バイクに跨り走り出したのだった――。



 実家から、一時間も走ると景色は一気に変わる。

 水面だけが静かに揺れる田んぼ道。それを大きく囲う山々。

 雪解けこそしているようだったが、それでも60キロ以上で顔面に受ける寒さは正直言葉に出来ないほどきついものだ。

 半ヘルだし。


 ――本来なら、寒さに耐えかねて早々に帰ることを考えていたと思うがやはりあの時の俺はおかしかったな。


 そんな身体の状態など一切感じられないほどに、頭は別のことで一杯だった。

 携帯の電源は切った。今頃、上司達はどんな顔をしているだろうか?悔やんでいる?嘆いている?最早、それ所ではない程にてんてこ舞いだろうか?

 それを考えるだけで、正直わくわくしていたのだ。


 時間が経って、家に帰って、徐々に気が緩んで来たのだろう。

 錆が落ちる音がする、クラッチレバーも妙に重い、マフラーから時々変な音がする。

 それでも俺はスロットルを戻すことはなかった。

 バイクの中でもツーストロークというのは少し独特だ。低回転域だと重く、取り回しの癖が強い、さらに言えば排ガスの匂いも結構きつい。

 だが、回転数が上がっていって、あるところを超えるとその真価を表すのだ。

 突き抜ける快音と、目覚めたように軽くなる車体。

 そんなバイクに合わせて、あがっていく鼓動。心臓から脳天へ沸いていくテンション。

 「はははっはー!!きーもちいいーー!!」


 ――そんな事を叫んでいた気がする。ああ、思い出すと頭が痛い。


 納車して、初めて走ったようなハイテンション男はしばらくして。

 「あわわわ、やべっ、やべって!!」と叫ぶことになる。

 付き合いきれないと言わんばかりに、エンジンが突如エンジンが断続的な音に変わり、そして沈黙する。

 安定感を失う車体。

 推進力の失った120キロを超える鉄の塊からは、舗装されていない土道の感触を直に伝える。

 ガス欠だった。

 燃料の確認などしていなかったし、最後に入れたのは三年前だ。頭悪いほどに当たり前のことだろう。

 経験上、下手に焦ってフロントブレーキをかけようものなら右足か左足をバイクに引きずられながらスライディングになるのを知っていた。

 だから慌てずに、慌てずに、と逸る心臓を必死に落ち着けながら、車体を真っ直ぐに維持することに集中する。

 少しでも大きくハンドルを切れば倒れる。すぐ横は田んぼだ、それにダイブすることだけは回避せねば。

 10メートルほど前に、深い茂みが見えた。

 奇しくもその茂みは昔、バイクで突っ込んだことのある場所だったのでその先が深い泥地帯とかそういうものが無いことを知っていたのだ。

 火事場の馬鹿力というのか、咄嗟にそれを思い出しエンジンブレーキで調節しながら茂みにバイクの顔を埋める形で静止した。

 「ふううう・・・・あぶねえ・・・・」

 ゆっくり、サイドスタンドを立て、バイクから降りようとした時。

 ガチャン。

 鈍い音を立て、車体は転がった。

 サイドスタンドが錆で一瞬つっかえた。

 一安心して、気が緩んだ俺はスタンドを蹴りだした勢いで降りようとしたために、倒れる車体から逃げるので必死だった。

 「ああ、あーもー・・・・」

 血の気の引いた脳がやっと冷たくなってくると一気に怒りが湧いてきた。

 「なにやってんだ・・・・・。」

 茂みに身体を預け、俺も倒れる。

 辺りは既に暗くなっていた。

 冷静になって、「チェーンが切れたりだとか、オイル漏れとか、都市部でガス欠になんなくてラッキーだったな。」とかそんな風に自分に言い聞かせた。


 何やってんだ。


 そう自分で口にした瞬間、今起きたことだけではなく仕事や、明日からや、これからや、同僚や、上司や、いろんなことが自分の思考に流れてきそうで怖かった。

 だから、とりあえず必死にバイクのことだけを考えて蓋をした。

 そうして、バイクを起こそうと決意したとき、ぽたぽたと雫が自分の手に落ちる。

 「って、雨かよ・・・泣きっ面に蜂ですか・・・」

 雨が降り始める中、バイクを起こすと、左のクラッチレバーが90度に曲がっていて余計に嫌な気持ちになった。

 幸いだったのは、自分が昔よく走っていた場所だったこ事、そしてここから少し行った場所に友達の家がある事だった。


 ただの鉄の塊に車輪をつけただけの物に体重を預けながら、さっきまで気持ちよく走っていた道を戻る。

 雨が刻々と体温を奪っていく。

 足や手の指の先から感覚が乏しくなって、しっかりとハンドルを掴んでいるのかすら怪しく思えてくる。

 ライディングジャケットは厚く、ある程度の雨に対する備えもあるが、それ故に首筋やグローブの隙間から伝ってくる雨粒が冷たく感じた。


 刻々と闇は深まっていく。

 街灯の乏しい田んぼ道は、一歩踏み外せば奈落に向かうような怖さがある。

 東京で絶えることの無い街灯に、見慣れた所為なのか自分を覆う闇は人生でも指折りで怖かった。


 右を向いても、左を向いても、黒檀に塗り潰された中、前に見えた、一つの灯り。

 思い出した。そうだ。そういえば、ぽつんとあるバス停があった。


 「確か屋根もあったよな・・・よし・・・一休みしよう・・・」


 指に息を吐きながら、力を込めなおす。

 あのバス停、昔見たとき怖かったな。顔無しとかト○ロとか雨宿りしてそうな――。


 「え?」


 そのバス停にたどり着いたとき、その景色に俺は魅了された。

 十字に伸びる道の一角。

 バス停には木造の屋根があり、その下に年季の入ったベンチが雑然と置かれている。


 そのベンチの上に


 『その銀の髪は流れるシルクのように煌いていて――』


 いたのだ


 『その濡れた肌は、真っ白で――』


 足を小刻みに振りながら


 『真紅の瞳がこちらを――』 


 寒そうに自身の尻尾を抱いた少女が


 『――――――尻尾?』



 虚空を見上げていた少女の真紅の瞳がこちらを捉える。

 銀の長髪が、濡れて肌を透かしているワンピースにくっついていた。

 そして抱き枕のように、その大きな尻尾を抱いていた。


 その景色がまるで一枚の絵の様に美しく見えた。

 その少女に畏怖でも、恐怖でも、驚きでも、はたまた情欲でもなく。

 ただ、美しさに魅せられていた。

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