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 舗装されてない道を、私は先生の旦那さんに手を引かれて歩いていた。そこはいろんな乗り物を乗り継いで着いた、小さな村で、こんなところに来たのは初めてだった。ここで旦那さんは育ったのだと言う。

 私がしきりに辺りを見回していると、随分後ろから「疲れた疲れた」と言いながらのろのろ歩いてくる先生が見えた。それからずっと前の方に大きな家が見えた。玄関の前に黒い猫が座っていたが、私達を見るとツイとどこかへ行ってしまった。しばらくして、追いついてきた先生の肩にちょこんと座っているのを先生が投げて寄越すと、猫は変な声で泣いて逃げていった。

「嫌われてんなー」

 自分の動物虐待を棚に上げて、先生が言った。

 その家は、旦那さんのお父さんとお兄さんと妹さんと、お兄さんの奥さんと男の子が一人、住んでいた。先生の親はもういないので、私がおじいさんと呼べるのは旦那さんのお父さんだけらしい。おじいさんという人を見るのは初めてではなかったような気がしたけれど、随分前のことで思い出せなかった。

 家にはピアノがなかったので、私は仕方なく男の子に連れられてあっちこっち歩いて回った。

「あれなに?」

「あ?ああ、案山子か。都会の子供は案山子も見たことないんか」

 その言い方があんまり意外そうだったから、私は思わず「本で読んだことはある」と言い訳した。本なんか読まないけど。

「暑そう」

「そっか?もう秋だぞ、涼しいもんさ」

 涼しいとは思えなかったけれど、暑いのが嫌だとは思わなかった。彼は「きっと空気がキレイだからだ」と言った。

 私はてっきり山登りでもするのだろうと気が重かったが、彼が連れて行ったのは不自然に削られた山の赤肌にある洞窟だった。入り口は狭くて中は暗くて、昼間なのにそこだけがひんやりしていた。

「防空壕だよ。知らないか?」

「知らない」

「学校で習うだろーが」

「知らない。行かない」

 彼は「ふーん」とだけ言うと、ずんずん先に進んで行った。

「東京にだって昔はあったさ」

 中には何の為か木の枝が積んであって、他には何もなかった。奥は思ったより深くて、私は男の子の後ろを躓いたり額を打ったりしながら一生懸命ついて行ったのに。

「夏はここがいちばん涼しいんだ」

 彼はそれだけ言って、湿っぽい地面にごろりと寝転がって眠ってしまった。仕方ないので隣に座って起きるのを待っていた私も、いつの間にか眠ってしまっていた。


 奥さんが夕飯の支度をしているのを見学していた私は、すごいものと目が合ってしまった。それは銀色でザラザラしていて、目玉がぎょろっと私を睨んでいた。奥さんが包丁で勢いよく顔と体を切り離すと、形の歪んだ頭が口を大きく開ける。私は怪奇な超音波を想像して、声にならない悲鳴を上げると先生の背後に逃げ込んだ。

「何だ、魚が怖いか」

 その言葉に私は絶句した。今まで自分はこんなものを食べていたのかと思った。私はそのときまで、下ろしていない魚を見たことがなかったのだ。

「まさか魚が切り身で泳いでるとか言うんじゃないだろうね、この子は」

 先生はひとしきり笑って、「甘やかしすぎたかね」と言った。いつのことを甘やかしたと言うつもりなのか分からなかったけれど、確かに私は無知だった。ピアノのこと以外は何も知らなかったし、興味も湧かなかった。

 それから、居間でおじいさんの膝に陣取っている黒猫を見つけた。よく見ると手と足の先が白かった。ピアノみたいだと思った。縁側でゴロゴロ欠伸をしているところと愛想がないところは、先生に似ていた。

 夕飯の間、私は一度も刺身に箸をつけなかった。食べたら、あの目に呪われるような気がした。 

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