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「よく弾くねぇ」

 学校にもろくに行かないでピアノばかり弾いているわたしに、いつもそれだけ言った。

 怒ることもしない。学校からかかってくる電話には何て答えているのか知らないけれど、最近はもう午後になっても電話は鳴らなくなった。

 勉強なんてできなくても困らない。この家から出ることなんて殆どないのだから、分数の計算ができなくたって、漢字が書けなくたって不便じゃない。先生も、そんなことは教えてくれなかった。

 そんな放任主義の先生は、大人から子どもまで大勢の生徒を持っているから帰りが遅い。

 それでも、どんなに夜中でも待っているわたしに、先生は「コンビニで何か買えよ」とぼやきながらご飯を作ってくれた。

 お世辞にも上手いとは言えない。

「まずいね」

「うっさい」

「味じゃなくて、味もだけど、この料理ごともらってくれる人、見つけなきゃまずいよ」

 先生は火の点いてない煙草を咥えて、自分の手をしげしげと見つめた。

「この指はピアニスト仕様なのさ」


 先生は三十が近いというのに独身で、わたしを見てはよくこうぼやいた。

「コブ付きかぁ…」

 そんなとき、わたしは決まってピアノを弾く。

 かの有名な『結婚の曲』は、自分で勝手に音符を減らして弾きやすくしたものだ。いつになることやら分からないが、いつかは訪れるであろう、誰かさんの結婚式のために。

「ワーグナーとでも結婚しろっての?馬鹿にして。私だってねぇ…」


 それからしばらくして先生は結婚した。

 同じピアノ教室で、やっぱりピアノを教えている若い人で、わたしもよく知っている「いいひと」だったから余計、お邪魔虫になるのが嫌で。

 その日のうちに家出をした。

 四時間後、公園でお巡りさんに見つけられたわたしを迎えに来たのは、白い礼服姿のままの「いいひと」だった。三百メートルの道を手を繋いで帰りながら「先生で良かったの?」と訊くと、彼は笑って答えた。

「良かったかどうかは、後にならないと分かんないよ」

 よく意味が分からなかった。

 それは、わたしが子どもだからなのかもしれないけど、わたしが学校に行ってないからなのかもしれなかった。

「あの人、年増だよ」

「聞かなかったことにしてあげるよ」

 家に帰ると、ジャージ姿の先生がソファでテレビを見ていた。わたしたちを見て「おかえり」と「おやすみ」を続けて言うと、大きな欠伸をしながら寝室に入っていった。

「…見る目ないんじゃない」

 温めたシチューは相変わらずの味で、にんじんがかたいし、じゃがいもはほとんど形がなかった。

「視力は悪いんだ」

 苦笑いを返されて、「ご愁傷さま」の代わりに「ごちそうさま」を言うと、わたしたちは川の字で眠った。

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