6. 闇の跳梁
人狼の里を後にして、セレーヌに帰還した俺達は、宿屋で休息をしていた。
あれから多少の時間が経ったが、未だに疲れがとれない。
エルザはベッドで幸せそうに眠っているし、カゲロウは俺から離れようとしない。カストリアは…酒に溺れて熟睡中だ。
「というかカゲロウ、暑い」
俺が彼女を引き剥がそうとするが、流石は人狼、俺ごときの力ではビクともしない。
「今、起きているのは私達だけなんだよ?」
「だからどした?」
「決まってるじゃん…タクトきゅんを襲うチャンスだっ!」
カゲロウは俺から手を放すと、俺に飛び付こうとしてきた。
だが…甘い、甘いぞカゲロウ。
「クレイト」
俺は一瞬の隙をついて、魔法を唱えた。
クレイトは相手を沈黙させるデバフ魔法だ。本来は魔法の詠唱を妨害するのに使われるが、どうやら本物の沈黙状態にできるらしい。
要は、強制的に黙らせることができるわけだ。
便利だ、便利すぎるぞクレイト。
因みに少々金はかかったが、気にしない気にしない。
「~~~っ!」
カゲロウが何かを伝えようと、必死にジェスチャーする。
だが俺はそれを無視し、眠ろうと横になった。
その時ーーー。
「~~~!」
カゲロウが俺にのしかかってきた。
見ようによっては俺が彼女に床ドンされてる状態だ。
「ちょっ、おいっ、何を…」
「ハァ…ハァ…」
カゲロウは恍惚とした表情で俺を見詰めている。息も荒い。
様々な要因を考えて、この場を逃げることができない俺の気持ちを考えろ…。
というか、クレイトに効き目切れてないか?
「タクトきゅん」
「あ?」
「このまま…襲っていい?」
「いいって言うと思う?」
俺は声のトーンを低くして応えた。
「え、言わないの?」
こ、こいつ…。
「今殺気が湧いたぞ」
「ちぇっ…」
そのままカゲロウは…カゲロウは俺の胸に顔をうずくめた。
効果音をつけるなら、ボスッて感じだな。
普通はそんな音出ないけどな。
「タクトきゅーん…」
「……」
俺は無視した。
しかし、カゲロウはそれを気にせずに続けた。
「タクトきゅんの鼓動が、気持ちいいよぉ…」
俺は無視した。大事なことなので二回言った。
こんな状況で我ながら呑気だとは思うが、睡魔に身を任せて眠ることにした。
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「どうした?」
俺はただただ空を見詰めている女性に尋ねた。
「いや…カゲに逢いたいなぁって」
「…流石はシスコン」
「同類の貴方に言われたくない」
「何も言えない」
俺にはかわいい妹がいる。名前はエルザという。
過去に魔王軍の第三大隊長を勤めていたが、現在は我々を裏切って敵側についている。
はっきり言って俺は彼女側につきたかったが、どうしてもそれができない理由がある。
エルザといると、俺の欲望が抑えられないのだっ!
「それにしても…よくこんな塔を建てたねぇ」
彼女が柵から身を乗り出して見下ろした。
「これが俺の魔法の力さっ」
「はいはい…あまり調子に乗らないでよ、"ステラ"」
「分かってるって」
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「うーむ…」
俺は今、クエストボードとにらめっこしていた。
魔王軍関連のクエストを探していたら、偶然、砂漠の塔を攻略するクエストを発見したのだ。
「砂漠に塔…これは…」
どうしたよ、エルザ。
「十中八九兄貴の仕業ですねっ」
「お前、兄貴いたのか」
エルザの兄か…嫌な予感しかしねぇ。
「どうせシスコンとかその類いだろ」
「よくわかりましたね。妹としてはずかしいです…」
エルザがため息を吐く。
まぁ…その気持ちは分からなくもないさ。
シスコンとかブラコンって、めんどくさいよなぁ…。
「砂漠の塔、ねぇ…塔ってだけで怠いけど。どうする?」
「それはもう、兄貴を成敗するしかないですよ」
エルザはそう言ってクエストボードから紙を引き剥がすと、カウンターに持っていった。
「クエストは決まったか?」
カストリアが質問するので俺は、
「…砂漠の塔」
と呟いた。
「塔…だと…」
「分かる、分かるぞその気持ち」
でも仕方ないんだ。
エルザの兄貴を懲らしめるため(らしい)なんだ。
ここは耐えろ、耐えるんだカストリア!
「なんで、そんな面倒なクエストにしたんだ!?」
「…言うなよ」
まぁ、言いたい気持ちはわかるけどさ。
その後、色々準備をして砂漠へ向かった……。
「砂漠ってどっち?どこ?」
「そこからですか…」
なんか我ながら心配だぞ、これ。
エルザ曰く、山とは反対の方角らしい。
そして、洞窟を越えなければならない。
これは…これは…。
想像以上に面倒なクエストだぞ…。
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「ステラ様、偵察団から報告です!セレーヌより冒険者がこちらへ向かっているそうです!」
「ほう…その中に、エルザはいるか?」
「少なくとも似ている人物は確認されたそうです!」
ついに来たか、エルザよ…。
「全勢力を以て迎え撃て。それから、その少女は殺さずに捕らえろ」
「了解しました!」
さぁ、来るがいい冒険者。
貴様らはこの俺が…ステラ様が消炭にしてやる…!