4. 狼人族
今更だが魔王とか魔王軍とか、ありきたりな設定だと思う
ラノベとかゲームでは定番の設定だ…これはリアルなんだぞ。
因みに俺はアルフレッドを倒した時に、奴等に目をつけられたらしい。
お陰でセレーヌ周辺では奴等の襲撃が相次ぎ、その度に俺とエルザは現地へ駆り出された。
さて、問題はカストリアだ。
体駆は幼女のくせに酒を飲み、口調は上から目線。
おまけにこいつ、戦おうとしない。
ロリのニートとか、ロリコンでもない限り養おうとは思わんだろ。
俺はロリコンじゃないぞ。
「うーん…」
そんなことを考えながら、俺はクエストボードを凝視していた。
次は狼人族の集落で襲撃があったらしい。
だが俺はそんなことよりも、狼人族というワードが気になった。
亜人がいるのか、流石は異世界。
是非一度会ってみたい。
そういうわけで、個人的に行きたい場所でもある。
だが受注すれば、魔王軍の撃退をしなければならない。
非常にめんどくさい。
…プライベートで行けばいいのか。
あ、でも集落に行く→魔王軍いる→戦闘は必然だろうなぁ…。
だったら報酬が多い方がいいよな。
ということで、俺は撃退依頼を受注することにした。
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ー狼人族ー
亜人の一種。大衆的に人狼と呼ばれ、人間と比べて腕力や脚力が強く、戦闘では攻撃性に長けている。集団で集落を作り、防衛に特化している。また、悪魔の気配に敏感である。
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「人狼の集落ぅ?」
エルザが不満げに呟く。
「なんでそんなに不機嫌なんだよ?」
俺が尋ねるとエルザは、
「人狼は悪魔の気配に敏感なんですよ…はぁ」
と返した。
「お前、そういえば悪魔だったな」
以前、魔王軍と戦ってた時にそんな話を聞いた気がする。
「私が悪魔だとばれたら、タクトさん達も連帯責任で殺され兼ねませんよ」
「おおう…マジかよ」
じゃあエルザはお留守番かな?
「私も行きますよ」
「俺の心を読むなよ…しかし、ばれたら殺されるんだろ?どうやって正体を隠すつもりなんだよ?」
「認識阻害魔法を使えば、ある程度は誤魔化せるでしょう」
そういうことか。
「危険な賭けだが、乗った」
その後、二日酔いで寝ているカストリアを叩き起こし、例の集落へ向かうのだった。
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例の集落は山奥にあった。
周囲は隔壁で囲まれていて、魔王軍でも侵攻は不可能だろう。
実際、ところどころ攻撃された形跡こそあるが、貫通はしてなかった。
門には厳重な警備が敷かれていて、正面突破は無理だろう。
俺達は門番に身分証を見せて通過したが、門番の一人がエルザを怪訝な目で見詰めていた。
隔壁の内側は、和を感じる村だった。
昔の日本の村って感じだ。
「まるで極東の集落だな」
カストリアが呟く。
極東…って確か、欧米では日本を指す言葉だったよな。
この世界にも、日本に当たる場所があるのか。
世界地図とか見てみたいな。
「カストリアさんは極東に行ったこと、あるんですか?」
「過去に少し、な」
エルザの質問に対して、彼女はそう答えた。
「極東ってどんな国なんだ?」
俺も少し疑問を持ったので、案内所を探しながらカストリアに質問した。
「テンノウって奴が國を治めてるらしい。基本的に魔物はいない、人間と妖怪の國だ」
「妖怪か…」
日本人としてはすごく興味のあるワードだ。
と、そんなやり取りをしていると、人狼の少女がこちらを好奇の目で見つめていた。
透き通った黒色の瞳で俺と同じ黒いくて艶やかな長い髪。
道行く他の人や人狼は様々な色をしているが、黒の瞳に黒の髪を持つのは、彼女しか居なかった。
「どうしたんですか?」
エルザが尋ねてくる。
「…あ、すまん、なんでもない」
俺は先に行っているエルザとカストリアの方を振り向くと、
「ねぇ」
肩の近くで、声が聞こえた。
萌え系のアニメ声だ。
少し驚いて、ゆっくりそっちを振り返ると、先程の少女が、吐息の届く距離まで接近していた。
「どしたの?」
少女が小首をかしげて尋ねてくる。
距離がすごく近いから無駄に緊張してしまう。
「あー、えっと、この村の長老?長?の家を探しているんだが」
「案内してあげようか?」
「…いいのか?」
「私も行こうと思ってたし、ついで」
少女はそう云うと、俺の手を引いて歩き出した。
エルザたちもその後ろをついてきた。
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集落は思いの外広くて、辿り着くまでに時間がかかった。
少女が扉をノックもせずに開けると、
「ただいま」
と家の中に向かって呟いた。
もしかしてこいつ、あれか?
長の家族なのか?
「…貴女は何者ですか?」
エルザが質問するが、彼女はただ無言で手招きした。
全てを見透かすような、黒瞳が見詰めてくる。
客間らしき部屋に案内され、彼女は並べられた椅子のひとつに腰かけた。
「私はカゲロウ。この集落の長の娘」
そんな気はしたが、やっぱりそうか。
「私はエルザ、この紅い髪の人がカストリアで、黒髪の人がタクトです」
エルザは若干不機嫌そうな表情で云った。
「そう、タクトきゅんっていうんだ」
「きゅん…?」
わっかりやす。
まさか最初にこっちを見詰めてたのも、そういうことなのか?
何故かエルザはカゲロウのことを睨んでいるし、どういうことだ。
「エルザよ、嫉妬はよくないぞ」
カストリアが云う。
エルザが嫉妬する要素があっただろうか、甚だ疑問なんだが。
「し…嫉妬なんて、してないです」
エルザがそっぽを向く。
「なぁ、さっきから、何でずっと俺の方をーー」
俺が質問しようとすると、カゲロウがそれを遮って、そう発した。
「一目惚れしました」
「ーーは?」
まてまて、今なんてーー。
「私と、交際してくれませんか?」
カゲロウが云い放つ。一瞬の沈黙。
「なっーー!?」
それを切ったのはエルザだった。
「一目惚れって、馬鹿なんですか?タクトさんのこと、何も知らないくせにーー」
「わかるよ、全部。年齢も、身長も、今まで何をしてきたかも、全部」
エルザの言葉を遮って、カゲロウが反論する。
「タクトきゅん、この世界の人じゃーー」
俺は彼女が何を言おうとしているのかを察して、彼女の口を咄嗟におさえた。
カゲロウはそれを引き剥がすと、
「そういうことなので、交際して下さい」
改まって、そう云った。
「…まだ誰かと付き合ったりする気はないんだよなぁ」
「そう…ならその気にさせてあげるよ、私が」
ふと、何かが俺に向けられているのに気づいた。
それは、エルザの杖だった。
「おいお前、何をーー」
「リア充め、爆発しろぉっ!」
その杖から魔法がはなたれるーーと思いきや、まさかの物理攻撃。
「痛っ!?」
「今日のところは、命だけは助けてあげます」
「お前、嫉妬かよ…その杖は?」
「いっぺん死にますか?」
エルザが鬼の形相で睨んでくる。
なるほど、今度は魔法で俺を殺そうとしてたのか。
「っておいッ!?やめろ、いますぐその杖をどけろっ!!」
何を冷静になっているんだ俺は!?
危うく死ぬとこだったぞ!?
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その日の晩は、長宅で寝泊まりすることになった。
「宿でよかったんだが…」
俺がそう呟くと、エルザが反応して、
「一泊分浮くんですから、いいじゃないですか」
と的確な指摘をした。
「そうだけどさ…」
問題はそこじゃない。
カゲロウと同室ってことだ。
「何か不満…?」
彼女が少し不安そうな表情で呟く。
「不満しかないんですけど」
夜間に襲って来そうなんだよね。
すごく不安。
「まさか、私がタクトきゅんを襲うと思ったの?」
「だから不満なんだろ…」
俺は小さくため息をついて椅子にもたれかかった。
するとカゲロウが俺の肩を掴んで、
「できることなら、今すぐ襲いたいっ…!」
そう云い放った。
亜人だからか、思ったより力がつよい。
エルザがジト目でこちらを見てくる。
カストリア?あいつならもう酔って寝たよ。
というかエルザさん、見てないで助けて!
俺が目で訴えると、エルザはため息を一つ。
「離れて下さい、カゲロウさん。タクトさんが困ってます」
エルザがカゲロウにそう指摘した。
するとカゲロウは彼女を見るなりニヤッとして、
「ははぁん…もしかして、嫉妬?」
と返した。
それと同時に俺の後ろに手を回して抱きついてきた。
「…してません」
エルザは一瞬、間をおあて答えた。
「口頭では誤魔化せても、私の"眼"は誤魔化せませんよ?」
カゲロウはニヤニヤしながらエルザに云う。
「ど、どういう意味ですか?」
エルザが少し驚いたように反応を示す。
「慧眼と云えばわかる?」
「慧眼、ですか」
慧眼…仏教の何かだったよーな。
「貴女のことは大体分かるよ。嫉妬してるでしょ?タクトきゅんのこと、好きでしょ?」
カゲロウが更に云う。
「嫉妬もしてないし、好きでもないですっ!」
しびれを切らしたように、エルザが大声で、必死に否定する。
「私が、タクトさんに気があるとでも云いたいんですか!?」
この反応は…図星か?
別にそんなに嬉しくはないけど。
「俺、もう寝るわ」
「一緒に寝よ、タクトきゅん」
「やだ」
俺は少し居心地が悪くなって、寝室に向かった。
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朝起きた時、俺は違和感を感じた。
ちょっと体が重い。
ついでに云うと、右耳に吐息が掛かって少しゾクゾクする。
恐る恐る右側を見やると、カゲロウが恍惚とした表情でこちらを見詰めていた。
「おはよう、タクトきゅん」
俺は咄嗟に枕元に置いていた刀に手をかけた。
「私…タクトきゅんに斬られるなら本望だよ」
駄目だこの娘。効かない。
しかも抱きつかれているので、自由は奪われている。
「お前…魔王軍が近付いてきているというとに、緊張感なさすぎないか?」
「魔王軍なんて、大したことないよ」
発言とは裏腹に、カゲロウは俺から離れて武装し始めた。
「多分今日、隔壁が破られる」
カゲロウが呟く。
「…」
「タクトくんの力…借りるよ」
「あぁ」
二人だけの空間に、二人の声が響き、すぐに長い静寂に包まれた。
その静寂は痛い程に、俺達を締め付ける程に、空間を支配した。
ーーまるで、後の出来事を暗示していたかのように。
2017/6/10 誤字訂正