3. 戦の兆し
ある日のことだった。
その日はよく晴れていて、夏のような暑さだった。
いつものように冒険者ギルドへ行くと、ギルド内は何やら騒がしかった。
「何かあったのか?」
俺は不審に思って、一人の冒険者に理由を尋ねた。
「出やがったんだよ…魔王軍が…!」
魔王?魔王軍?現実感のないワードが出てきたな…。
ギルドの話だとセレーヌ付近に存在する村、リムリスが襲撃されたらしい。
で、魔王軍討伐の要請が出ているそうだが、誰も受注しない、と…。
やっぱり異世界にはいるんだな、魔王。
面倒な要素が一つ増えた。
「ふむ、魔王軍ですか」
俺の後ろからエルザひょこっと顔を出して呟く。
もともと背が低いので俺の背中の後ろから顔だけ出す形だ。
「いたのか、お前」
「当たり前じゃないですか」
エルザはジト目で俺を一瞥した。
そして、直ぐ様クエストボードに視線を移した。
「騒ぎの元凶はこれですかね」
「そうだな」
さて、どうしようか。
これを受注するのも一つだが、戦力的に心配だ。
「…行きましょう、討伐」
「は?」
おい、こいつ今なんて言った?
魔王軍討伐に、行くと言ったのか?
「バカかお前?」
「至って真面目ですが?」
こいつ駄目だ…感覚が狂ってやがる…!
リアルでボッチだった俺が言うのもなんだが、こいつ明らかにおかしいわ。
手練れです感を出している冒険者ですら受注を拒むレベルなんだぞ。
それを新人冒険者の俺達が受注とか…。
いや、待て。
仮にこれをクリア出来たとしたら…。
…有名になると色々めんどくさそうだ。
「やっぱ魔王軍討伐は諦めようぜ…めんどくさいし」
俺がそう云うとエルザは、
「人が困っているのに、タクトさんは動かないんですか!?」
と、演技くさい言い方で云ってきた。
本心じゃないだろ。
しかし、云われてみれば、誰かが困っていることに変わりないのか…。
「いや待て、俺は正義の味方じゃないぞ」
「問答無用です」
エルザがクエスト用紙をクエストボードから剥がして、クエストカウンターへ持っていった。
こうして俺は魔王軍討伐という、限りなく勝機のないクエストへ駆り出された訳だ。
**********************
リムリスはセレーヌの北西に位置する村で、主に農業を営んでいる、所謂農村だ。
当然ながら魔王軍に刃向かう術など持ってはいないだろう。
精々農具で抵抗する程度だと思う。
さっさと歩いていってリムリスに到着すると、思ったよりも酷い状況だった。
抵抗した村人は皆殺しにされたのだろうか。
「相変わらず酷いことをしますね…」
エルザが呟く。
そう言えばこいつ、躊躇なくこのクエストを受注したよな。
何かあるのか…?
「なぁ、エルザ」
「なんですか?作戦ですか?」
「なんでお前、これを受けようと思ったんだ?」
俺が尋ねると、エルザは少しの間目を閉じて、
「魔王軍の関係者に、私の知り合いがいるのです。それを粛正するために戦ってるんです」
成る程、そういうことか。
よくあるタイプの言い回しだな。
俺ははぁ、とため息をひとつ吐くと、改めて村を見回した。
視界に魔王軍の兵士は見当たらないが、潜伏魔法とかがあってもおかしくない。
注意深く辺りを観察していると、人影が。
「エルザ…あそこに誰かいる」
俺が人影を指差すと、エルザもその方向を向いた。
「魔王軍ですかね…確認してみますか」
「だな」
魔王軍は殲滅対象だ。
あれが村人なら救出、魔王軍なら戦闘だろう。
一歩を踏みしめて人影に近づくと、それは忽然と姿を消した。
「タクトさん!後ろ!」
エルザがそう叫ぶので一歩前に飛び出して後ろを振り替えると、そこには紅の衣を纏った男がいた。
俺の体があった場所には、そいつの剣が置かれていた。
「危ねぇ…死ぬとこだったぜ」
俺が安堵の声を漏らすと、エルザは強ばった声で、
「安心するのは早いです。あいつはアルフレッド。魔王軍第一大隊の隊長です」
と囁いた。
あぁ、大隊長さんですか。
気を抜いたら確実に殺されるな。
「まさかかわされるとは、見事なものだな」
アルフレッドとやらが呟く。
「エルザがいなかったら死んでただろうな」
俺が返すとアルフレッドは剣で俺の体を斬ろうとしてきた。
俺はそれを刀で受け止めようとしたが、それをかわされる。
結果、腹部を横に一閃された。
「ぐっ…!」
一歩下がって致命傷は避けたが、刃物で切りつけられるのは始めてだ。
かなり痛い。
「エレクティリカ!」
エルザの方向から雷が走り、アルフレッドへ向かう。
恐らく先程のやり取りの間に詠唱していたのだろう。
そいつはそれをいとも簡単にかわすと、狙いをエルザに変えた。
そのまま彼女に接近していくが、俺がそれを阻止しようと、首めがけて刀を一閃すれば、それは難なくよけられた。
攻撃が当たる気配が、まるでしない。
追撃を試みたが、先程の傷が疼いて体が止まってしまった。
エルザが杖でアルフレッドの攻撃をいなすと、
直ぐにその場を離れて距離をとった。
「久しいですね、アルフレッド」
エルザが呟く。
「裏切り者が何を言っている」
アルフレッドが返す。
半ば険悪な空気が流れてはいるが、俺はこの会話で、察した。
エルザ、元魔王軍じゃなかろうか。
それか、こいつが粛正の対象か。
まぁ今はどうでもいいことだった。
「タクトさん、本気でどうぞ」
要約すると、さっさと固有魔法使えってことだろうか。
「あー、うん」
俺が間の抜けた返事をすると、アルフレッドは標的を俺に変えた。
鋭い眼光が向けられる。
俺は戦慄した。
しかし、次の瞬間。
アルフレッドの周りは、黒い雷で囲まれていた。
彼の動きを止めるかの様に。
「逃がしませんよ?」
「…」
アルフレッドは無言のまま標的をエルザに戻すと、エルザも腰に携えていた小刀を抜いた。
「確か貴方の剣の腕はなかなかのものでしたね」
小刀片手にアルフレッドに接近すると、彼はエルザの一撃を容易く回避し、小刀を持っている腕を掴んで脚をかけ、エルザを投げた。
「ー磁界を紐解き、仇成す者の剣に負荷をー」
同時に俺は詠唱を開始した。
エルザは受け身をとって地面に転がるが、その隙を、アルフレッドは見逃すはずがなかった。
アルフレッドが剣でエルザを斬ろうとした。
だがーーー。
「電磁界!」
アルフレッドの剣は地面に突き刺さった。
「貴様…何をした…?」
「ただの魔法を使っただけさ。その剣はもう抜けないぜ」
俺は然り気無く電磁力を発動する。
この魔法、なんと無詠唱で使える。
速攻性は高いが、威力が低いのが難点だ。
まぁそれはーーー、
「ー磁界を紐解き、仇成す者に制裁をー」
電磁砲ーーーレールガンで解決だがな。
俺が詠唱を開始すると、アルフレッドは俺に向かって駆け出した。
詠唱を阻止するつもりだろう。
「させませんっ!」
しかし、エルザの放った魔法が命中し、アルフレッドはうめきながらその場に伏せる。
魔法は鍛練を積み、習熟すれば無詠唱で使えるそうだ。
以前、そんな話をエルザから聞いたきがする。
「貴様ぁっ……!」
彼はエルザを睨みつけた。
次の瞬間、
「電磁砲!」
磁石のレールに大きな電流が流れ、魔力によって精製された弾丸が、高速でアルフレッドに放たれる。
それが着弾すると、大きな爆発を起こし、クレーターの様に地面を穿った。
そこに、アルフレッドの姿は無かった。
「彼奴、どこ行きやがった」
俺がぽつりと漏らすと、
「帰還魔法でしょうね。ですが、タイミング的に攻撃を受けた直後でしょう。これでしばらく第一大隊は動けません」
「第一ってことはまだあるんだろう?」
俺が質問すると、
「魔王軍は全八つの大隊から成ります」
と返された。
八つ?多くね?いや普通なのか?
軍とかけ離れた生活を送っていた俺には、よく解らない。
「とりあえずクエストはクリアですね」
「そういえば、これクエストだったか」
**********************
見事、魔王軍ーーただし隊長のみーーを退けた俺達は、達成報告を済ますとやはり見ず知らずの冒険者に話し掛けられる。
称賛の声が多数で、ほぼ全て聞き流していた。
「だからめんどくさいと言ったのに…」
「余計疲れますね…これ」
エルザが疲労を露にする。
俺も先の戦闘で負った傷が痛い。
だがそんなことを知らない他の連中は、空気の読めない発言をする奴もしばしば。
「お前ら、魔王軍を退けたそうだな」
俺達の前に…幼女?少女?が立ちはだかる。
身長は俺の2/3ぐらい。
俺の身長が170前後だから、こいつは120ぐらいだ…幼女だろ、絶対。
「何か用ですか?疲れてるので手短にお願いします」
エルザが露骨に嫌そうな顔をする。
「お前ら、私の下僕になれ」
「嫌だ」
俺は即答した。
何故異世界に来てまで行動を縛られなければならんのだ。しかも幼女に。
というか初対面で下僕になれとか、どゆこと。
俺、信頼できる人の言うことしか聞かない主義なんで。
…信頼できても聞かない時はあるが。
「待てよ、冗談に決まってるだろ」
その幼女は俺を制止しようと、横を過ぎ去る俺の腕を掴んだ。
「はぁ…」
「共に行きたいと言っているんだ」
「疲れてるので後にしてくれますか?」
俺が迷惑そうに言うと、
「良いのか?これを断ったら後悔するぞ?」
と言ってきた。
「変な自信ですね」
エルザが呟く。
「…とりあえず、名前は?」
「カストリアだ」
幼女が平坦な胸を張って名乗る。
「あー…」
「どうした?」
エルザが何かに気づいたような声を漏らし、俺は質問した。
「…有名な冒険者ですよね」
後悔って、そういうことね。
こうして、三人目の仲間(?)、カストリアが加わった。
周りから変な目で見られなければいいけど…ロリコンとか思われそうだ。
俺は空を見上げてため息を吐くと、ポツポツと小雨が降り始めた。
カストリア=クイン 人間? 爆塵
セレーヌで名を馳せている高ランク冒険者。19歳。使用武器は槍。
2017/5/27 修正
2017/6/10 誤字訂正