黒髪ふんわり幼馴染系少女 さなと優位性 2
あれから下の階にいき、冷蔵庫から麦茶をとりだしたおれは見事に不貞腐れていた。自分が一生懸命考えた設定をどこの誰ともわからない奴に一蹴されたからだ。物に八つ当たりをする子供のように階段をどしんどしんと踏みならしながらニ階に上がっていき、勢いよく自分の部屋のドアを開ける。
部屋の中に黒髪で幼さの残る顔をした美少女が正座をしていた。
「あ、橘君。勝手に部屋入ってごめんね?」
俺を橘君と呼んできたのその少女は、どこからどう見てもおれが投稿している小説の幼馴染キャラの沙奈だった。なぜ俺の旧姓を知ってるかはわからないがとりあえず一つ思うことがある。またこのパターンか……。
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「お前出せるのエリザだけじゃないのかよ!」
きいていないぞとばかりに俺は叫ぶ。
「きいてるわけないでしょ、ナオトには言ってないもの」
ここ数日ですっかりこいつと過ごすのに慣れてしまったが、いまだに下の名前で呼ばれるのはむずがゆい。この横暴野郎を女子と呼ぶのはいささか引けるが、それでも見た目は女子っぽい何かなのである。散乱している教科書から人の名前を見つけていきなり呼び捨てにするその根性は女子とは言えないが。
そんなおれを余所にこいつは平気で人の家に泊まり、飯を食い、こうやって生活している。どうも人間でないのは本当らしく、初日から服が全く変わらないのに汚れていない。おまけに夜ですら25度を超える猛暑が続いているのに、肩だしのニットを着ていながら全く汗をかいていないのだ。髪とかも寒色系だし白い浴衣とか着せたら雪女っぽくなりそうである。
「何ができるか教えてくれ、まさかキャラクターを全部実体化できるのか?既製品のキャラでも可能か?キャラ以外にも道具とか食べ物は出せるのか?そもそもお前は一体何なんだ?」
俺は顔を耳元に近付けそう矢継ぎ早に聞いていく。ここ数日間何回も聞いているのだが一向に答えてくれる気配がない。おもいっきりしつこく聞いてみたことがあるがパソコンの奥深くに隠されている秘蔵フォルダの動画を1つ消しやがった。これ以上聞けば全部消すぞと脅されたも同然だ。
「煮詰まったときはこれが手っ取り早いわよ、この間上手くいったんだから」
今日もきいてみたがどうやら教えてくれる気はないらしい。ちなみにどうでもいいけど、その煮詰まるの使い方も誤用だ。煮詰まるに、作業が進まないなんて意味は本来ない。当たり前だが食べ物などが煮詰まることが語源なのだから本来は完成する、いい具合にまとまってきているみたいなイメージが正しい。
「本当にうまくいくのか?」
沙奈が出てきた衝撃でマヒしているが容赦のない感想に切りつけられておれのモチベーションはいま絶賛低下している。なにしろこういう感想をもらったのは初めてだ。
「いいからいいから、幼馴染のポテンシャルを信じなさい」
ブリザードみたいな髪の色をしておきながら今日もこいつは太陽のように笑ってそう宣言した。
おれたちがバカ話をしている時
「名前、呼び捨てなんだね……。」
と沙奈が呟いていたのを俺は確かに耳にしていた。